山陰本線配線図(出雲市・西出雲)
米子・出雲市周辺の山陰本線の線路配線のご紹介です。
今回は出雲市駅、西出雲駅です。
配線図は最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものが中心です。
最初に出雲市駅周辺の広範囲の空中写真(国土地理院USA-R514-4-52(1947年10月))です。
・この時点ではまだ出雲今市駅です。出雲市駅になるのは1957年4月です。
・①は山陰線京都方、②は一畑電気鉄道線、③は出雲鉄道線(後の一畑立久恵線)、④は山陰線幡生方、⑤は大社線です。5方面に線路が伸びる、交通の要衝です。
出雲市駅の配線図です。1958年3月です。(※1)
・米子駅ほどではありませんが、車両基地や貨物駅、貨車操車場機能を備えた大きな駅です。
・山陰線のホームは2面3線です。1番線のホームは両側が切り欠かれており、一畑松江線と大社線の着発線が設けられています。両側が切り欠かれているのは珍しいように思います。
・出雲鉄道は1954年5月に一畑電気鉄道に買収され、同社の立久恵線となっています。国鉄線の間に割り込む形でホームが設けられています。
・但しこの立久恵線、1964年7月の豪雨災害で休止となったまま1965年2月に廃止されてしまいました。
最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものです。
・1998年に高架化されたため、昔の面影は全くありません。
・島式ホーム2面という点では松江駅と同じですが、微妙に違うのは下り列車が上り本線に進入できるところですね。
出雲市駅周辺の国土地理院空中写真です。
・USA-R514-4-52(1947年10月)を加工したものです。
・出雲鉄道線のホームが確認できます。1958年の配線図で描かれているホームから受ける印象とは違ってかなりささやかな雰囲気です。

・CCG761-C28A-13(1976年10月)を加工したものです。
・京都寄りに上りの仕訳線・貨物積み下ろし線が設けられています。
・立久恵線は廃止されてホームはなくなっています。
・1964年に一畑松江線の出雲市駅は写真左方向に少し移動し、名前も電鉄出雲市駅に変わって1番線の切り欠きホームには発着しないようになりました。

・CG893X-C13-6(1989年4月)を加工したものです。
・1982年に電化され、隣の知井宮駅に出雲電車区が設けられました。
・1983年に貨物の取り扱いが廃止され、1976年の写真で確認できた京都寄りの上りの仕訳線・貨物積み下ろし線は更地になっています。
・この時点でも旧出雲客貨車区の面影は残っており、構内にはまだ客車を留置するだけの設備は残っているように見えます。

・CG961X-C10-5(1996年11月)を加工したものです。
・高架化工事が行われています。この頃には車両基地としての機能も廃止されていたのではないかと思われます。

・CCG20242-C8-12(2024年11月)を加工したものです。
・高架化工事が完成してさっぱりした駅になりました。
次に西出雲駅です。
・車両基地に隣接する駅で、上下本線のほか回送列車用でしょうか副本線が1本あります。
・下り列車は2・3番線に到着可能で、2・3番線から出発が可能です。
・上り列車は1~3番線から出発が可能ですが、到着可能なのが1・2番線なのか1・3番線なのかはわかりません。
知井宮駅(西出雲駅)周辺の空中写真です。![]()
・CCG762-C1-7(1976年9月)を加工したものです。
・左側に知井宮駅があります。
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・CG832X-C1-4(1983年5月)を加工したものです。
・伯備線電化に合わせ、1982年に知井宮駅の幡生寄りに出雲電車区が設けられました。
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・CCG20242-C10-9(2024年11月)を加工したものです。
・知井宮駅は1993年3月に西出雲駅に改められました。
・出雲電車区はその後出雲運転区を経て現在は後藤総合車両所出雲支所という名前になっているようです。
・1983年の写真で電車区用地の白く見える部分は将来拡張されるものかと思ったのですが、ほとんど変わっていないようです。ただ、検修庫付近に転車台が新たに設けられています。
配線図は
※1印・・・NZさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。
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