山陰本線配線図(米子)
米子・出雲市周辺の山陰本線の線路配線のご紹介です。
今回は米子駅です。
先に国土地理院の空中写真とGoogleマップを見てみます。
・USA-R514-4-2(1947年10月)を加工したものです。
・ホーム部の真上が客貨車区で、その右側が機関区です。
・機関区には扇形庫は見当たりません。

・CG611YZ-C4B-110(1961年2月)を加工したものです。
・機関区に扇形庫と転車台が現れました。

・MCG672X-C8-18(1967年5月)を加工したものです。
・幡生寄りに操車場・貨物駅の用地が準備されています。

・CCG761-C22C-30・C23B-6B(1976年9月)を加工したものです。
・1972年に客貨分離が行われ、操車場と貨物駅が移転しました。
・このため米子駅の貨物側線が余剰となったようで、上りの仕訳線群には客車がいっぱい止められています。

・CG841X-C8-20(1984年5月)を加工したものです。
・あまり変わっていないように見えますが、操車場の機能は廃止されていたハズです。

・CG872-C10-3・C11-4(1987年5月)を加工したものです。
・操車場はがらんとしています。貨物駅はまだ稼働しています。

・CCG20092-C31-36・C33-35(2009年6月)を加工したものです。
・旅客駅の上り仕訳線群は撤去されています。
・旧操車場の仕訳線は一部が整理されたようです。

・Google マップです。
・2015年4月に貨物駅は伯耆大山に移転して廃止され、旧操車場も含めたこの一帯は廃墟のようになってしまいました。
配線図です。
1958年6月です(※1)
・今さらですが大きな駅です。旅客駅に貨物駅、貨車操車場、車両基地が設けられています。
・ホームは2面です。境線用に行き止まりの本線が設けられています。
・法勝寺電鉄線が描かれていますが、国鉄線と接続されていたのでしょうか。国土地理院の空中写真MCG622-C14B-10(1962年6月)ではこんな感じです。
左上が法勝寺電鉄の米子市駅です。線路は終端の先にも伸びていて急カーブで国鉄線に繋がっているようにも見えます。連絡運輸が行われていたわけではないとは思うのですが。
最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものです。
・前述の通り1972年に貨物駅と貨車操車場は幡生寄りの場所に移転したのですが、現在ではその機能はどちらも廃止されてしまっています。
・旧操車場の着発線の線路は幡生方では切り離されていますが、京都方ではまだ下り本線と繋がっています。使用されることがあるのでしょうか。
・米子駅の3~6番線に到着する上り列車は旧操車場の京都寄りにある渡り線を通過するわけですが、この渡り線は駅中心から600mくらい離れています。警戒信号ですと場内信号機から到着まで2分くらいかかりますので、ちょっとイラっとしちゃいそうです。
配線図は
※1印・・・NZさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。
« 山陰本線配線図(伯耆大山・東山公園) | トップページ | 山陰本線配線図(安来~松江) »

毎度貴重な資料をありがとうございます。
RMライブラリー209号「米子を走っていた電車」によると貨車連絡用の線路が繋がっていた様です。
蛇足で恐縮ですが、線路は繋がっていても旅客は乗り換えに10分以上の迂回を強いられていたそうです。
投稿: | 2026年9月18日 (金) 18時00分
名無しさん
情報ありがとうございます。
Wikipediaを見ますと法勝寺電鉄線は機関車は所有していないものの貨車は所有していたようですので、電車が国鉄貨車をけん引したのでしょうか。
投稿: f54560zg | 2026年9月20日 (日) 20時16分