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2026年8月 8日 (土)

客車回送列車 その6(和田岬線)

1988年3月時点で運転されていた客車回送列車(一部の例外を除き定期列車限定です)のお話の続きです。
今回は和田岬線です。
客車の運用については推測になります(汗)。

参考資料は
 時刻表1988年3月号
 鉄道ダイヤ情報1988年12月号
です。

 

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・この時代和田岬線はまだ客車列車での運行で、車両基地に隣接する鷹取駅と兵庫駅の間で客車の回送が行われていました。機関車の運用を見ると朝方と夕方にそれらしい列車があるのですが、種別上は試運転列車となっていて回送列車ではありませんでした。とは言えこの試運転列車が客車の回送の役割を担っているのは間違いなさそうです。試運転列車となっている理由はわかりませんが。
・ただ和田岬線の場合、個人的には客車回送よりは機関車運用に目が行ってしまいました。列車は全てプッシュプルだと思っていたのですがそうではなかったんですね。夕方の3往復は機関車1台による通常のけん引で、兵庫駅と和田岬駅で機回しが行われています。
・私は1980年に和田岬線に乗っているのですが、写真も撮っておらず、ほとんど記憶がありません。客車はオハ64でした。
・その後1990年10月に列車は気動車化され、さらに2001年7月には電化・電車化されています。電車になってからは西明石駅~兵庫駅間で回送列車が運転されているようです。

 

こちらの記事もご覧下さい。
 兵庫配線図
 和田岬・兵庫港支線配線図
 鷹取配線図

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コメント

1985年8月、朝一の列車で往復しました。プッシュプルなのに機回し線があって不思議に思っていたのですが、ちゃんと使う場面があったのですね。

気動車時代の1996年大晦日の夕刻にも行きました。(キハ+キサハ)×3のエンジンが2両に1台しかない日本一非力な気動車列車ですから、さすがに加速はそれなりでした。
この時は兵庫駅の和田岬線ホームが移転工事中で、旧ホームの先の方に設けられた仮設ホームに列車が着発し、現在のかさ上げされた新ホームは出来かけていたようでした。そして機回し線(のような位置の線路)に、予備編成が留置されていました。工事に伴い鷹取との間の連絡線が使用できなくなって封じ込めになっていたのではないかと思うのですが、実際はどうだったのでしょうか。

クモイ103さん
和田岬線ホームの結構な大工事ですよね。おっしゃる通り連絡線を一時的に使用停止していたかもしれません。

S62夏に537〜540列車で一往復しましたが、537はプッシュプル、540は和田岬到着後機回しして単機牽引でした。
機関車はDE10の時代で、予備車のスハフ422254が兵庫方1両目に入っていました。

鉄道ジャーナル別冊「国鉄私鉄客車列車1984」掲載の運用(大31運用)によると、午後鷹取を821レで出庫(回は付かない)、531から営業運用に入り、542の後は兵庫滞泊、翌朝521から運用で530後に820レ(同じく回は付かない)で鷹取入庫になってます。

北東航21さん
情報ありがとうございます。
兵庫で滞泊していた時代もあったのですね。

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