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2026年7月22日 (水)

南稚内・稚内の歴史

今回は前回の記事に関連して、南稚内駅及び稚内駅の歴史に関する記事です。

 

最初に両駅付近の路線の変遷について。
1922年11月
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・1922年11月 宗谷線(のちの天北線)の鬼志別駅~稚内駅間開業。機関庫等の車両基地も開設。

1924年06月
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・1924年06月 天塩北線(のちの宗谷本線)兜沼駅~稚内駅間開業。

1928年12月
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・1928年12月 稚内駅~稚内港駅間延伸開業。

1939年02月
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・1938年10月 稚内桟橋仮乗降場開業。
・1939年02月 稚内駅を南稚内駅に、稚内港駅を稚内駅にそれぞれ改称。

1952年11月
195211sywnrz1
・1945年08月 稚内桟橋仮乗降場開業が実質廃止。
・1952年11月 南稚内駅が現在地に移転。

1989年05月
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・1977年11月 南稚内駅の専車以外の貨物営業を廃止。
・1983年04月 南稚内駅の貨物営業を廃止。
・1984年02月 稚内駅の貨物営業を廃止。
・1989年05月 天北線廃止。

勝手な推測ですが、おそらく当初はあくまで稚内駅(初代)が終点であって稚内港駅までの延伸は想定しておらず、そのため車両基地を稚内駅(初代)に隣接して設けたのではないでしょうか。ところがその後連絡船との接続改善のためわずか6年後には稚内港駅まで路線が延伸されることとなりました。これにより稚内港駅周辺の市街地化が進んだのか、それとももともと稚内港駅周辺の方が市街の中心だったのかはわかりませんが、稚内港駅を旅客ターミナルとしての稚内駅(2代)に改称するに至り、結果として旅客ターミナルと車両基地が離れることとなったように思います。
なお南稚内駅は当初の稚内駅(初代)の場所から移転しているため、車両基地に隣接しているといっても若干離れています。

 

次に国土地理院の空中写真を見てみます。
最初は南稚内駅周辺です。
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・USA-M456-13(1947年9月)を加工したものです。
・右端が南稚内駅で、1922年に開業した初代の稚内駅です。
・その下を右下方向に進むのが稚内駅に向かう線路で、南稚内駅は頭端式のため少なくとも旅客列車はスイッチバックする必要があったようです。頭端式を採用している時点でこの先に延ばすつもりはなかった感じがします。
・駅の旭川寄りには車両基地があり、扇形庫も確認できます。

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・CHO772-C2-9・C5-7(1977年10月)を加工したものです。
・駅が旭川寄りに移転しましたが(スイッチバック解消のため?)、車両基地はそのままですのでちょっと距離があります。

03cho20181c510201807
・CHO20181-C5-10(2018年7月)を加工したものです。
・扇形庫はなくなり、車両基地はコンパクトになりました。
・天北線も廃止されてしまいました。

 

続いて稚内駅周辺です。
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・USA-R3134-12(1947年9月)を加工したものです。
・稚内桟橋仮乗降場はすでに使用されなくなっていますが、痕跡は十分確認できます。

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・CHO772-C1-8(1977年9月)を加工したものです。
・埋め立てが行われてギリギリだった線路は少し海岸から離れました。中央下方向に向かう専用線らしきものも確認できます。
・高架化工事が行われて線路が一部付け替えられています。

03cho20181c49201807sywnks
・CHO20181-C4-9(2018年7月)を加工したものです。
・駅は頭端となり、側線群はすべてなくなりました。寂しい風景です。

最後に配線図です。
昔の配線図についてはWikipediaに掲げられていますのでそちらをご覧下さい。
以下は最近の前面展望動画やGoogleマップをもとに私が作成したものです

2009年05月です。
200905symwnwnhs3
・この頃は稚内駅は1面2線でしたが機回り線は既にありません。

2017年7月です。
201707symwnwnhs3
・稚内駅は棒線駅になってしまいました。
・南稚内駅には遠方信号機が新たに設けられています。

 

ところで「宗谷」「天北」「利尻」などの客車列車の回送編成の南稚内駅~車両基地間の移動はどのように行われていたのでしょうか。南稚内駅で機回ししていたのでしょうか。それとも推進? もしくはけん引機とは別に入換機がいたのでしょうか。
いずれにせよ南稚内の車両基地への入出区は今後も続くでしょうから、稚内方からも出入りできるようにすればよいのにと思ってしまいます。

 

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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