守山・栗東配線図
東海道本線の守山駅と栗東駅の配線図のご紹介です。
最初は1960年頃です。
・2番線は一見上下共用に見えますが、下り列車の発着はできません。
1992年1月です。
・1991年3月に栗東駅が開業しました。図ではホームが描かれていませんが。
・下り線側の貨物側線がなくなっています。Wikipediaによれば2003年まで貨物列車は発着していたようですので、廃止されたのではなく省略されているのではないかと思うのですが。
最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものです。
・守山駅は貨物側線どころか上下とも副本線が廃止されて一気に棒線駅になってしまいました。
・2003年の貨物列車の発着廃止以降に配線が変更されたようです。
国土地理院の空中写真で守山駅周辺を見てみます。
・USA-R576-No1-54(1947年11月)を加工したものです。
・下り線側を東京方面に向かって野洲川沿いに至る線路があります。砂利線でしょうか。

・CKK759-C31-9(1975年9月)を加工したものです。
・砂利線は廃止されたようですが、代わって上り線側を東京方面に向かう専用線と、下り線側を神戸方面に向かう専用線が確認できます。
配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。
ありがとうございます。
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守山駅は、かつて周辺に展開する工場群へ伸びる複数の専用線を抱え、滋賀県内でも有数の貨物取扱量を誇る活気にあふれた駅でした。2003年(平成15年)に貨物列車の設定が廃止されるまでは、駅の北側や東側に広大な側線(ヤード)が広がり、スイッチャーが忙しく入れ換えを行っていた模様です。
投稿: コスモス | 2026年6月 8日 (月) 17時36分
貨物扱い廃止後も暫く側線は残っていましたが、現在は副本戦も含め全てなくなってしまっています。側線跡は駐車場やマンションになっていますが、一部工場は現在も操業しているようです。ちなみに守山市は人口が増えており、滋賀県一子育てのしやすい町だとか。新快速も止まりますので、京都・大阪へ通勤通学もしやすいのでしょう。
投稿: すみもと | 2026年6月 8日 (月) 19時08分
守山駅の利用者が増えているのは、隣の野洲駅の東京方に電車区があって野洲駅始発が設定されているのと、新快速で大阪駅まで最速1時間(ちょい弱)、だからのように思います。
とはいうものの着席通勤できないと、辛いものがありますから、野洲始発の新快速に人気が集中しているかもです。朝の東海道線下りは、大津や京都で降りる方もいるようですが、
広い意味での当地でも、快速急行で鶴橋駅まで最速1時間(ちょい弱)で、かつて人口増日本一になりましたが、今となってはリタイヤ組が増えていまい、余裕で着席通勤できるそうです。
結局のところ雇用する側としましては、遠距離の高額な交通費(全額支給の場合は全額)を支給してまで、来て欲しい人材かどうかに関わってくる、ように思います。
投稿: moni5187 | 2026年6月10日 (水) 15時23分
守山の最末期は四日市からの石油タキだったと記憶してます。
今でも京滋地区でのコスモ系の販売店である上原成商事の専用線だったかと。しかも小型の35トン車ではなくタキ43000が来ていて末期はタキ1000も入っていたかと・・・この二車種は最西端が梅小路でした。
投稿: ゆかわあきら | 2026年6月13日 (土) 18時26分
上原成商事、下り線の神戸寄りのところですね。
長かった守山駅の専用線群も最末期は短くなっていたようで。
投稿: f54560zg | 2026年6月13日 (土) 19時44分