« 上越線配線図 その9(越後堀之内~越後滝谷) | トップページ | 水上~石打間列車ダイヤ »

2026年2月11日 (水)

上牧駅の側線と渡り線

上越線配線図 その4(沼田~上牧)の記事で、上牧駅の線路配線について「ナゾの渡り線と側線が設けられています」と書きましたところKASAさんから上牧駅に関する資料をご提供いただきました。ありがとうございます。今回はこちらをご紹介したいと思います。

 

まずは上牧駅の配線図です。1978年3月時点です。
197803jekmhs
・ナゾの渡り線と側線が描かれています。
・側線には「炭がら線」と書かれています。上牧駅では開業以来貨物営業は行われていませんので事業用の側線と思われますが、それにしても炭がら? 石炭の燃えカスの廃棄場所? 再利用場所? ナゾが深まります(笑)。
・転てつ器には常時鎖錠の記号が付けられていますので、いずれにせよ通常使用するものではなさそうです。

 

続いて上牧駅の運転取扱いに関する資料です。
197701jekmut
・「上牧駅における運転取扱いその他について」という表題の資料です。昭和52年(1977年)となっています。上牧駅における運転取扱いについてはもともと別の規定で定められていたものの、細部について補足するためのものでしょうか。
・左上から
1
 (1)
  ア
  イ
  ウ
 (2)
  ア
  イ
2
 (1)
  (ア)
  (イ)
  (ウ)
の順で書かれていたものが、右上に来て突然
  イ
から始まっています。アがありません。
「イ 転てつ器の転換を伴わない場合」ですので、本来であれば
「ア 転てつ器の転換を伴う場合」というちょっと気になる項目がありそうですが・・・。

197702jekmut
・う~む、これは難解です(汗)

197703jekmut
・線路閉鎖工事及び保守用車使用の取扱方の具体例として書かれたものらしいです。
・No.4のAは後閑駅から下り線で上牧駅まで行き、帰りは上り線で戻ってくる例です。この場合、上牧駅の転てつ器を転換して渡り線を使用するはずですね。
・Bは側線(炭がら線)に入り、Cは側線から出ていく例です。何か作業をするために側線に入るのか、それともただ単に本線列車を待避するために側線に入るのか、そのあたりはわかりません。いずれにせよ「炭がら」の文字は見当たりませんが、保守の際に炭がらを使用するようなことがあるのでしょうか・・・。
・No.5も渡り線を使用するはずです。

 

難しい資料でよくわからない部分も多いのですが、この時点での上牧駅の渡り線は保守作業の際に保守用車が使用するためのもののようです。現在であれば普通分岐器ではなく横取装置が使用されそうな気がします。
炭がら線という名称の由来はよくわかりません(汗)。大昔は炭がらに関する側線だったのかもしれませんが、この時点では名前だけが残っているような気がします。

 

KASAさんからは1978年3月の水上駅の配線図もご提供いただきましたので、上越線配線図 その5(水上)の記事に追加しました。

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。

« 上越線配線図 その9(越後堀之内~越後滝谷) | トップページ | 水上~石打間列車ダイヤ »

コメント

炭がら線については、上牧駅は高崎鉄道管理局、水上駅と水上機関区は新潟鉄道管理局の管轄である事が由来なのかもと思いました。昭和22年の高崎~水上間電化完成までは、高碕局の蒸気機関車が水上駅まで運用されていましたが、水上駅で火床整理の際に落とす炭がら(アッシュ)の処理をどうするのか? 水上機関区は電気機関車の庫ですから、高碕局の蒸機から発生した炭がらもついでに…とはいかず、上牧駅まで輸送して集積していたのかもと想像します。昔の事ですから、何事も他局に迷惑は掛けないという風土はあったようです。

今更ながら、前記事のすたさんのコメントを拝見して、上牧~水上間に局界が移動したのが電化の後と認識しました。電化前の時点では、鉄道管理局の管轄範疇は理由にならないかもしれないですね。大変失礼いたしました。

この保守用車の動き方を見ると、除雪用のMCRのための運転取扱かなと思いました。あのあたりも結構積雪はあったと思います。炭がら線の名称とは関係ありませんが。

pogeさん
局界のことはさておき、本来水上で捨てるべき炭がらを上牧まで運んだという推測はアリかと思います。

pogeさん、川越のクマさん、f54560zgさん、

記事とコメントでのご教示を興味深く拝読いたしました。

蒸気機関車時代、除雪用モーターカー、どちらについても考えが及びませんでした。ありがとうございます。

ユーチューブでみることのできる最近の上越線の前面展望動画などをみますと、渡り線も側線の分岐も横取装置になっており、「炭がら線」があったと思われるところには、 モーターカーの車庫のようなシャッター付きの白い建物があるようです。

KASAさん、貴重な資料をありがとうございました。
真実はわからなくとも、いろいろと推測するのは楽しいです。

以前、北海道の方から「春季、石炭ガラを雪面に散布し融雪を促進した。」とうかがいました。そんな用途でしょうか。

名無しさん
炭がらで融雪ですか。情報ありがとうございます。

名無しさん、ご教示ありがとうございます。

融雪剤として使われるとは知りませんでした。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 上越線配線図 その9(越後堀之内~越後滝谷) | トップページ | 水上~石打間列車ダイヤ »

過去の記事

2026年10月
日 月 火 水 木 金 土
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ