上越線配線図 その5(水上)
上越線の各駅の配線図のご紹介の続きです。
今回は水上駅です。
1968年10月です。(※1)
・太線は本線、細線は側線のようにも思えるのですが、中1番線は本線です。機回しに使用されることが多いようですが。
・水上機関区が設けられており、1968年3月時点ではEF16が10両配置されていました。
続いて1979年7月です。以前ご紹介したものです。
・ほとんど変化はありません。
続いて最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものです。
・中1番線は撤去されました。
・下り本線から上り列車の出発が可能になっています。水上駅で列車の運転系統を分離するための対応でしょうか。
1988年3月時点での水上駅での補機の解結状況はこんな感じでした。
・下り7本、上り8本が水上駅で補機の解結を行っています。
・補機の連結区間は新潟・秋田方面列車は水上駅~南長岡駅間、北陸方面列車は水上駅~宮内駅間です。石打駅での解結は行われなくなっています。
・単6775列車は五日町行きです。
・EF16時代の機関車運用はどのようなものだったのでしょうか。
国土地理院の空中写真を見てみます。
・USA-R1262-76(1948年4月)を加工したものです。
・水上駅前は線路と利根川に挟まれた三日月状の狭い地形になっています。
こちらの記事もご覧下さい。
水上 1979/7/15
水上 1979/7/15 その2
水上 1990/8/9 動画
2026年2月11日追加しました。1978年3月です。(※1)
配線図は
※1印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。
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国鉄時代の水上は局界駅でしたが、駅は高崎鉄道管理局、機関区は新潟局という変則駅でした。
旅客駅としは9割方が高崎上野方面、機関区は1
00%が峠越えの業務実態からすれば、とても合理的。
とはいえ、組織論的にはナカナカの勇断だったかと。
投稿: ねこまる | 2026年1月25日 (日) 08時19分
ねこまるさん
局界駅に両方の局の機関が同居する事例がここにもあったのですか。教えて頂きありがとうございます。
水上と関係ありませんが、青森では「青森駅」が盛岡局(→JR東日本)、「青森桟橋」が青函局(→JR北海道)でした。宇野も駅が岡山局(→JR西日本)で桟橋が四国総局(→JR四国)だった筈です。
投稿: クモイ103 | 2026年1月25日 (日) 08時46分
記事中の、USA-R1262-76(1948年4月)の利根川寄りに整然と立ち並ぶ建物は、国鉄官舎なのでしょうか。高崎局と新潟局が同居していたとのことで、昭和23年には、これくらい多くの職員さんが、働いていても不思議ではないと思うのですが。
投稿: moni5187 | 2026年1月25日 (日) 09時24分
管轄について補足させていただきますと、1950年8月1日に鉄道管理局が設置された際、上牧-水上間に高崎鉄道管理局と新潟鉄道管理局の局界が設けられて水上駅は新潟鉄道管理局の現業機関となりました(その前は石打-大沢間に東京鉄道局と新潟鉄道局の局界がありました)。
その後、地元の要望もあって1974年1月1日に水上駅の業務を高崎局に移管していますが、局界の位置は変わっていません。
また、宇野さん橋は1984年まで宇高船舶管理部の現業機関でした。
※1955年7月5日の船舶組織の改正で四国鉄道管理局から独立した地方機関で、宇高航路を所管。その後、1984年3月10日の組織統廃合で四国総局の内部組織(四国総局船舶部)になった経緯があります。
以上、参考になりましたら幸いです。
投稿: すた | 2026年1月25日 (日) 11時52分
すたさん
補足のご教示ありがとうございます。
宇野にはそういう経緯があったのですね。
投稿: クモイ103 | 2026年1月25日 (日) 21時18分
まだ、特急みなかみが定期列車だった頃
SLが運転されると客車が2番線留置になるから?か、定期列車の着発線が変わるのですが、昼頃着の特急と普通電車が共に1番線で折り返しとなってました。
特急が到着後に普通が到着折り返し、その後に特急が出発というダイヤでした。
特急到着5分後位に普通到着で特急が折り返し留置線に入る余裕が無いダイヤでした。
特急は降車確認後新潟方へ動き出しました。
そして最後部が出発信号機を過ぎた本線上で停止。
その後、1番線に普通電車が到着発車。
発車後、特急はホームへ戻され発車待ちとなりました。
配線図を見ても理解出来ない私ですが、ATS-Pだから出来る事なのでしょうか?
投稿: スノラビ | 2026年2月11日 (水) 20時36分
スノラビさんのお話しで、昔のことを思い出しました。
昭和40年代後半あたりだったと思いますが(正確な時期は忘却)、水上発14:20の上野行き普通列車に充当される115系7連が、下り本線の宮内方にある踏切手前でしばらく停車しており、その後2番線へ据え付けられていました。その位置にいつ来たのかは分かりません。
下り本線が引上線として使われているんだなと子供心に思っていましたが、今考えても、おそらく下り列車としてこの駅へ到着してからどういう取り回しで動いていたのか、ちょっと気になります。
投稿: クモイ103 | 2026年2月13日 (金) 09時50分
上越線南側は建設経緯から当時の東京局の所属でした。上越線が全通して水上機関区のELが石打まで運用するようになると、雪によるトラブルへの対処が行き届かない事例が多発しました。
対策として水上機関区を(駅も?)雪の経験豊富な新潟局へ移管することになりました。その他の経緯は皆様のご意見の通りです。
投稿: C6217 | 2026年2月13日 (金) 19時20分
>下り本線の宮内方引上げ
情報ありがとうございます。そのような取り扱いが行われていたのですね。
改めて前面展望動画を見てみましたが、下り本線を新潟方に進んでいくと停止位置目標がいくつか並んだ先、踏切の手前に車両停止標識が確認できました。
投稿: f54560zg | 2026年2月14日 (土) 15時44分