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2025年11月15日 (土)

彦根折り返しの電車列車

彦根駅で折り返す旅客列車についてのお話です。

前回の記事の通り、彦根駅はホームに面した本線は上下本線のみのため、旅客営業列車の折り返しを行うのにはあまり都合の良い線路配線ではありません。しかしながら彦根駅終着・始発となる旅客列車が過去に運転されていたことがあり(京都方の電車列車と北陸線直通の気動車列車)、しかもそれらは彦根駅で折り返しを行っていたようです。
そこで今回は、これらの列車のうち京都方に対して折り返しを行っていた電車列車に目を向けてみます。

 

Wikipediaの「彦根駅」の項を見ますと「1985年3月14日:新快速が当駅まで乗り入れを開始(各駅停車にて)」との記述があり、また同じくwikipediaの「京阪神快速」の項には「1989年3月11日:新快速運転区間が全列車彦根駅から米原駅まで延長」 と書かれていましたので、このあたりの時刻表を調べてみました。

●時刻表1984年6月号
彦根終着・始発となる電車列車は見当たりませんでした。

●時刻表1985年4月号
彦根終着・始発となる以下の列車が見つかりました。
198504tkhnshscjk3
・上下各3本あります。朝夕のみです。
・上り列車のうち726Mは全区間各駅停車ですが、4686M、4688Mは草津までは新快速です。各駅停車になっても列車番号が変わりません。
・下りの3本は草津または京都から新快速となります。列車番号は変わったり変わらなかったりと不規則です。
・726Mは3635Mとして折り返すのだと思いますが、これ以外については相方となる営業列車が見当たりませんので、回送列車でやってくる、もしくは回送列車として出ていくのでしょう。さすがに米原へ回送することはないと思いますので、たとえば彦根~野洲間などで回送が行われていたのではないかと推測します。

●時刻表1986年3月号
変化はありませんでした。

●時刻表1986年11月号
198611tkhnshscjk3
・彦根終着・始発列車はかなり増え、全時間帯に渡って上り11本、下り9本となりました。
・上りの706Mは各駅停車ですが、それ以外の10本は新快速として彦根駅に到着します。
・下りの2本は草津または京都までは各駅停車ですが、それ以外の7本は新快速として彦根駅を出発します。
・営業列車同士での折り返しは6回のようで、それ以外はどちらかが回送列車だと思われます。

●時刻表1987年10月号
変化はありませんでした。

●時刻表1988年3月号
この時刻表からは米原終着・始発となる新快速列車が登場していますので、彦根・米原両駅発着の新快速を抜きだしました。198803tkhnshscjk3
・彦根終着・始発列車は日中の時間帯の上下6本に減りました。すべて彦根まで新快速としてやってきて、新快速として戻っていきます。
・米原終着・始発列車は上り5本、下り6本で、下りの2本は途中まで各駅停車です。
・朝夕は米原まで新快速が運転されるのに、日中は彦根折り返しとなっているのはなぜなのでしょう。

●時刻表1989年3月号
・彦根終着・始発となる列車はなくなり、新快速はすべて米原発着となりました。
・上りの米原行き新快速は全部で26本で、すべて米原まで新快速としてやってきます。
・下りの米原発の新快速は全部で30本で、そのうちの4本は草津または京都までは各駅停車です。

 

彦根駅での折り返しは1番線で行っていたものと思われます。(※1)
06198503tkhnhs
この時期に彦根駅の1番線(上り本線)に設けられた下り出発信号機54Lは、ホームでの列車の折返しを行うためのものと考えて間違いないと思っています。入換作業を行って1番線から3番線への転線を行うのであればこの信号機は不要ですが、さすがにそれは大変そうです。

 

鉄道ダイヤ情報1989年2月号にダイヤが掲載されています。その一部を抜粋しました。
1988031017tkhidgsk
・時刻表1988年3月号と同じ時期と思われます。
・6往復は単純に彦根で折り返しています。
・次の上り列車が来る前に出発しているところを見ても、1番線での折り返しで間違いないと思います。

 

1989年3月の新快速の米原延長により彦根折り返しの電車列車は発展的解消を遂げたことになります。
現在では1番線の下り出発信号機も撤去されて、彦根駅は静かな中間駅に戻りました。
12202000tkhnmhhs1

 

人口から見たら彦根と米原(当時は町)では圧倒的に彦根のほうが多いとは言え、
・一駅先が列車運転上の拠点駅である米原であるにもかかわらず、
・信号機を増設してまで
・わずか4年の間だけ
彦根駅折り返しが行われていたという事実は興味深いものがあります。
米原~彦根間にある「境界」が関係していたりするのでしょうか。

 

配線図は
※1印・・・T.Mさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

f54560zg様
フライングすみませんでした。
また、記事を読んで勘違いしていた事に気づきました。
彦根延長は117系100番台増備とセットと思っていましたが、増備前にまず朝夕延長し、増備後日中も延長なんですね。
米原延長は221系増備後ですね。

こんにちは。いつも楽しく拝見しています。
米原駅が名古屋鉄道管理局から大阪鉄道管理局に移管されたのが、昭和62年3月なので、新快速が米原延長されたのと時期が一致していますね。
また、それ以前、車扱い貨物列車が大幅に減少したため、ダイヤに余裕ができ、彦根駅上り本線を占有して、新快速が折り返しできるようになったと思います。

新快速、時刻表、最高速、境界、ほかをキーワードにネット鉄していました。興味深い記事をありがとうございます。

1987/3、JR発足直前に境界が、醒ケ井-米原になった後の、
1988/3、最高速が110km/hの117系新快速が、米原まで運行されるようになっても、日中は彦根折り返しだったのは、
ご紹介いただいた、鉄道ダイヤ情報1989年2月号のダイヤにスジを入れると、米原(操)と米原間でクロスになり、ギリで米原で、即折り返しできなかった為、ではと思われます。
1989/3、最高速が120km/hの221系新快速が投入されて、彦根折り返しが解消されたとのことで、117系新快速も走るこの時に、どのようなダイヤになったのか、興味津々です。
現在の新快速は、最高速が130km/hの223系や225系で、京都~米原を2時間で往復するダイヤが組めるようです。

補足です。妄想の連投、大変失礼いたします。
1988/3、米原での即折り返しがギリ無理なら、15分ずらして、京都(日中の)毎時00分発の下り新快速になって、米原で5分ほどで折り返せば、それだけで済む話。と思い直して、

Rail・Artブログ さまのブログに掲載されている
1987年7月 新快速の時刻
http://blog.livedoor.jp/railart/archives/5365132.html

熟読しますと、京都(日中の)毎時00分発の下り新快速は、湖西線の近江今津始発で、京都で併合する事になると気づきました。ならば、米原で20分ほどで折り返して、30分ずらして、京都(日中の)毎時15分発の下り新快速になれば、と思いましたが、草津始発と草津で併合する事になります。

1988/3、草津(日中の)毎時24分発を草津始発に、草津(日中の)毎時54分発を米原始発に変更して、彦根折り返しを解消すればベストだったのではと思いますが、
1989/3、221系が投入されて、湖西線を含めて新快速の時刻が、(大幅に?)改正されたのではと推測しています。

皆様、コメントありがとうございます。
結局のところ新快速が彦根止まりだったのは車両不足のためで、その後の増備や速度向上による運用効率アップで米原折り返しを実現したということになるのでしょうか。
私にとっての新快速は、やっぱり153系です(汗)。

moni5187様

このサイトの米原駅の配線図を見ますとホームでは大阪方へ折り返しが出来ないように見えますが、出来るのですか?

>スノラビ さま
米原配線図への、ご案内ありがとうございます。
1986/3の、3分割されている配線図を貼り合わさせていただき、確認しましたところ。東上1から東下1へは、東2でスイッチバック一回で、折り返すルートがあるように見えます。
Googleマップで計測すると往復で1500mぐらいのようですから、20km/hで走ったとして計算上は4分半になります。

1989/3、新快速の彦根折り返しが解消され、米原まで延長された際は、実際はどうだったのでしょうか。

皆様 こんばんは
管理人様 ご無沙汰しております。

平成元年(1989年)3月 JR西日本 「東海道・山陽線電車運用図表」を見ますと、当時新快速の米原発着は30分毎でしたが、米原駅到着後折り返して出発するまで30分以上の時間がとられていました。このため、新快速電車の必要編成数は増加しています。
ダイヤ上では、上りホームに新快速電車が米原駅に到着した時には、下りホームに別編成の新快速電車が発車を待っていたようです。

米原で折り返す場合、
今もそうですが、入れ換え信号機で複雑なルート通りますから、
乗務員のエンド変え含めると、それなりに時間がかかります。

彦根で折り返すなら、乗務員にホームをダッシュしてもらって・・・。

あとは、他の方が述べているように、米原が名古屋局ってのも関係して、米原で複雑な入れ換えやりたい時間に、列車入れてくるな、じゃないかなど・・・。

480042さん、通過せんさん
確かに米原に比べれば彦根折り返しは短時間で済みますね。
でも新幹線や北陸に向かう人にとっては彦根行きは恨めしかったと思います。

初めまして。幼少期に彦根駅折り返す117系の新快速に何度か乗ったことがあります。聞いた話だと管理局の違いで新快速を米原に入れてもらえなかった?とか…。(変な列車いれてくるな!ってなもんですかね)当時の幼い記憶で、何故米原方面へ行くホームに行くのかなぁって思ってました。

昔も管理局境界が障壁になった事があるようです。九州も久留米'(門管)電化の際、非常に手狭で電化終点に向かないと判断され、一つ先の荒木駅(熊管)を電化終点にしようとしたが、その間に管理局境界があって調整が大変だったと本で読んだ事があります。
ところでヤード抱き込み式の駅は折り返し運転の際に必ず入換を強いられるようで、どちらかというと不向きですね。米原に似た門司駅を思い出しましたが、上り門司行き(→下り折り返し)いう列車は記憶になく、実害はなかったのかと思います。

しげやんさん、キハ65さん
管轄の違いというのは、刑事ドラマでもよくありますが、やっかいですね。
彦根米原の問題であれば本社が仲介とかしないのでしょうか。

確かに門司駅と米原駅は似ていますね。門司駅の場合は門司港駅が折り返しの役に立っている感じです。

 国鉄時代の新快速は関西私鉄の無料特急の大鉄局版ですが、国鉄としては管理局限りの普通列車の扱いですから列車が輻輳してしかも名古屋局管内の米原駅には入れない列車でした。しかし新快速が止まる駅は京阪神直結で家がどんどん建つということで、播州地方や滋賀県内では命綱の列車でもありその延長、停車は県市のレベルでは行政課題でした。ですから新快速の彦根延伸は信号機を新設してでもしなければならなかったのです。
 88.3月号で朝夕だけの米原乗り入れが始まりましたが、117系だけなのでこれもかなり頑張って乗り入れた感があったように思います。89.3月号では221系が登場して潤沢に電車が使えるようになったので、やっと全列車直通になりました。
 なんせ彦根から大阪まで通学している人がいましたからね。私の学部は男ばかりなので直接知りませんでしたが、女性は「在来線で通える範囲」ということでもっと遠くから通っている人もいたようです。

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