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2025年10月18日 (土)

福島配線図

福島駅の配線図のご紹介です。
以前にご紹介したもののあまりにひどいものだったので、改めてデータ化し直したものも含みます(それでも見ずらいですが)。

 

1958年3月です。(※1)
31195806thhshs
・東北本線はまだ電化されていませんが、奥羽本線は1949年に直流電化されています。
・国鉄線の旅客ホームは3面5線で、ほかにホームのない貨物用の本線が4線あります。
・扇形庫付近が福島第一機関区、奥羽本線沿いの小規模な2棟の検修庫付近が福島第二機関区と思われます。
・左上は福島客貨車区(多分)です。
・旅客駅に貨物駅、車両基地、貨車操車場を兼ね備えた昔ながらの地方の主要都市の駅です。

 

1976年8月です。3枚に分けます。見ずらくて申し訳ありません(汗)。
1976081thhshs1
・旅客ホームは変化ありませんが、貨物用の着発線が1線増えています。
・1976年3月時点では、福島客貨車区にはローカル用の客車が181両配置されていました。

1976082thhshs1
・転車台は、残っていたのかどうかはわかりませんが少なくとも線路は切り離されてしまったようです。

1976083thhshs1
・福島第一機関区・第二機関区は1959年に福島機関区に統合されています。旧第一機関区部分は廃止され、旧第二機関区部分が拡張されています。
・1976年3月時点では、福島機関区にはED71を中心に97両もの電機が配置されていました。

 

1989年3月です。(※2) 2枚に分けます。
1989031thhshs
・東北新幹線が開業していますが、あまり大きくは変わっていないようです。
・旧客貨車区付近は検修線がなくなったくらいでほぼ以前のままです。この時代奥羽本線にはまだ客車列車が残っていましたが、おそらく福島の客車配置はなくなっていたのではないかと思います(福島まで来ていたのは南秋田の50系?)。
・貨物扱いは1978年に東福島に移転しており、貨物積み下ろし線群は若干縮小されています。
・1988年に阿武隈急行が福島駅に乗り入れるようになりました。以前の福島交通ののりばを阿武隈急行に明け渡したように見えます。

1989032thhshs
・この当時、機関区は運転所という名称になっていたようです。

 

1992年7月です。(※2) 標準軌部分だけです。
1992071thhshs
・山形新幹線が開業した時点です。
・在来線部分がないのが残念です。

同じく1992年7月です。(※2) 標準軌部分だけです。
1992072thhshs
・同様です。

 

2005年11月です。
200511thhshs
・以前ご紹介したものです。
・かつては機関区や客貨車区があったことがウソのようにサッパリしてしまいました。
・ホームは3面で変わっていませんが、一部が切り欠きのホームになっています。
・山形寄りの標準軌の電留線がモレています(汗)。

 

以下2025年10月22日追加しました。(※1)
1965101ouhsnghs

1965102ouhsnghs
・1965年10月から1968年10月の間くらいのものと思われます。

 

配線図は
※1印・・・NZさん
※2印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

1958年の図を見て「あれっ?」と思ったのは、下1番線の使用方が「東北下り貨物着発」なのに、青森方へ出発できない配線になっていることです。1976年の図では下2番線と共に青森方への渡りが設けられているようで、「改良」されたんでしょうか。

東北本線が交流電化で、奥羽本線が直流電化だった1968年以前は、奥羽線列車は蒸気機関車けん引で福島駅を出発して、駅構内の外れにある直流電化区間が始まる電化終端まで進み、そこでSLから直流電気機関車(例えばEF15形など) に交換されました。この煩雑な運用は、1968年(昭和43年) に奥羽本線の福島〜山形間が交流電化に切り替えられたことで解消されました。これにより、交流電気機関車(ED78形やEF71形など)が福島駅から直接牽引できるようになりました。福島駅構内を黒磯駅のような架線の交直を切り替えられる設備にしていなかったことによる運用上の工夫でした。

古い(例えば、昭和36年)奥羽本線のダイヤを見ると、福島〜笹木野間に、「中川扱所」と書かれた停車場線が記載されているのですが、これはどのような施設だったのでしょうか?

NZさん、「中川扱所」が奥羽本線の直流機関車に付け替える福島駅ぎりぎり構内の直流電化が始まるところだと思います。「扱所」という名称だったのですね。

クモイ103 さん

手元に東北本線 久田野〜福島間の線路図があり、作成時期が不明なのですが、福島機関区に直流、交流機が併存していた時期のものです。
件の、下2から東北本線下り方への線路ですが、下2から、奥羽下本安全側線と奥羽下本から奥羽上本への渡り線の間に、渡り線が書かれています。
おそらく、元の資料を作成したときの書き漏らしでしょう。国鉄の資料には、ありがちです。

******

コスモス さん

中川扱所の件、ありがとうございました。長年の疑問が解決しました。

件の線路図の福島駅関係部分を、管理人さんにお送りして、こちらでまとめていただくようにお願いしようと思います。

NZさん、情報ありがとうございます。やはり渡り線があったのですね。
私の最初の書き込みで「下1番線」「下2番線」はそれぞれ「下2番線」「下3番線」の誤りでした。失礼しました。

単線時代福島駅に於ける福島交通飯坂線との当時貨車授受の為であろう側線が存在していた事から当時貨物運行していたのでしょうね
福島交通軌道線は略全区間で貨物を扱っていた事からもトラック輸送未発達時代には極当たり前な事だったのですね

疑問が残るのは、東北本線福島駅が昭和35年3月に交流電化される前は、奥羽線の直流架線が駅ホームまであり、奥羽本線列車は中川扱い所での機関車付け替えは必要なかった運用なのか、それとも何らかの理由で付替えしていたのかということです。

皆様
中川扱所については私もよくわからないことがありまして、別途記事を作成したいと思います。
NZさんからいただいた配線図もその際ご紹介したいと思います。

1960年代半ば(東北本線交流で奥羽線直流時代)に中川扱所の機関車付替えを体験しました。記憶がおぼろげながら、D51けん引の客車列車が駅ホームから発車して、進行左側の直流機と右側の交流機の機関車基地に間まで進んで扱所で停車しました。D51が解放されて同機は交流基地側に逃げました。その後直流機(多分EF16)が列車に連結されて出発しました。私は2駅目の笹木野まで行って、上り列車で福島まで折り返しました。上り列車も直流機から蒸気機関車への付替えがありましたが、その手順についてはほとんど記憶がおぼろげです。 f54560zgさんの別途記事を楽しみにしています。

訂正します。2駅目の笹木野ではなく、庭坂まで行き、折り返しました。

コスモスさん
貴重な情報ありがとうございます。
SLけん引列車があったのですね。なかなかややこしいです(汗)。

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