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2025年8月27日 (水)

高崎線配線図 その1(宮原~桶川)

高崎線の各駅の配線図のご紹介です。
今回は宮原駅、上尾駅、北上尾駅、桶川駅です。

 

最初は1969年3月です。(※1)

19690301tsmhao
・宮原駅、上尾駅とも中線タイプで上り本線側に本屋があります。このような線路配線が高崎線の典型です。
  東海道線各駅の配線の特徴 その1
・宮原駅は開業時から貨物扱いは行われていません。
・申し訳ありませんが桶川駅はありません(汗)。

 

続いて1978年3月です。(※2)
19780301tsmhao
・宮原駅には上り1番線が設けられました。

19780302tsog
・桶川駅にはホームのない下り1番線があります。
・1973年4月に一般車扱貨物の取り扱いが廃止され、翌5月には専用線貨物の取り扱いも廃止されています。
・ところでこの桶川駅の線路配線ですが、上下本線間の渡り線もなく、どのようにして貨車の入換を行っていたのかに興味がわきます。

 

続いて1984年3月です。(※2)
19840301tsmhao
・上尾駅は1980年8月に貨物扱いが廃止され、貨物側線がほとんどなくなりました。

19840302tskaog
・北上尾駅は1988年12月開業ですがすでに描かれていますね。書体が違いますのであとから書き加えられたもののようです。
・桶川駅に残っていた貨物側線はほとんどなくなりました。

 

最後に最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものです。
20200001tsmhao
・宮原駅には入換信号機らしきものがあります。車両停止標識も考慮してそのルートを推測しますと、
  中線大宮寄り→下り本線大宮方→下り本線→下り本線高崎方→中線高崎寄り
といった感じに思えます。つまり中線に到着した機関車けん引列車の機回し用でしょうか。そんな入換作業が過去にあったのか、今でもあるのか、そのあたりはよくわかりません。
・
宮原駅、上尾駅とも下り本線には第二場内信号機があります。

20200002
・
桶川駅には下り本線だけでなく上り本線にも第二場内信号機が設けられています。

 

こちらの記事もご覧下さい。
 
桶川 1978/9/27

 

配線図は
※1印・・・KASAさん
※2印・・・T.Mさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

上尾駅で、子供の頃、下り本線の外方にあった側線に脱線転轍機があるのを見たおぼろげな記憶があります。ずっと引っかかっていましたが、1978年の線路図で確認できました。ありがとうございます。
それにしても、1969年より側線が増えているのが意外です。

パソコン通信のNiftyserve(Niftyの前身)の鉄道ファンのサークルで宮原始発の団体臨時列車を運行したことがあります。客車列車で高崎方から回送され、けん引機はEF58でした。機回しはご説明のとおりでした。時期は1997年の信越線碓氷峠廃止以前だったように覚えています。行先が小諸駅でした。宮原は高崎支社と大宮支社の境界駅で、同様に水戸支社と首都圏本部の境界駅である常磐線藤代駅(水戸支社最南端)にも入換標識(信号?)が設置されています。

宮原は、国鉄だと高崎局の一番都心よりですから、ここで着回しして折り返えせるようになっています。

その心は、高崎方面から宮原で折り返すなら、高崎局だけでダイヤ手配乗務員・・・、ですが、高崎方面から大宮で折り返すとなると、東京北局?とダイヤ打ち合わせ・構内入れ換え作業手配・・・、となり、手間がかかりますから。

同じ理屈で、常磐線藤代にも入票があります。こちらは、デットセクション立ち往生時の救援絡みで使う場合あり。

 宮原の上り1番線はこの時期に何の目的で設けられたのでしょう。特急待避? 朝ラッシュの2面発着? このとき駅舎は橋上化されていますね。
 桶川の第2場内も目的不明。朝のダイヤはそんなに詰んでいたのですか? ならば何故桶川だけ?

宮原駅の上1番線が出来たのがそんなに古くないのも意外でした。これについては、皆さんおっしゃる通り局界の絡みで、ここで折り返す臨時列車があった(一般多客臨では快速「くじらなみ」が印象深いです)ため、ホーム容量に余裕を持たせたと私はずっと思っていました。ですから勝手な個人的推測で、かつて駅の下り方に背向渡り線があって上1番線から下り方へ折返しが出来たのかな?と思っていましたが、そうではなかったんですね。
もう一つの要因は、一大拠点の大宮駅がダイヤ乱れで詰まった際のバッファーの意味を想像してしまいます。
いずれにしても高崎線は「上尾事件」に象徴されるように、通勤輸送の増大に輸送力増強が追い付かない典型的な通勤ラッシュ線区でしたから、支社判断でも出来る範囲で輸送の安定化に取り組んだとしても不思議ではありません。

宮原駅橋上駅舎化により上1番線が設けられ島式2面4化されたのは、埼京線の延伸を想定していたからではないでしょうか。(埼京線は当初高崎線方面への延伸が計画されていました。) その暁には現在の上りホームが高崎線用、下りホームが埼京線用になったと思われます。大宮~宮原間には複線分の線増用地が確保されており(現在ではそのほとんどが駐車場として使われています)、上尾駅の下りホーム外側にも、ホームをもう1面増設できるスペースがあります。

皆様
コメントありがとうございます。

>宮原の入信
今後も使われることがあるかもしれませんね。

>宮原の上1
私はクモイ103さんと同じように思っていたのですが、Sommerreiseさんのコメントを読みますとそれもありそうな気がしてきました。

>宮原の上1
ですね。

大宮の鉄道博物館が出きる前の事フラッと出掛けて上野から高崎線に乗り換えた(多分)当時はまだ湘南新宿ラインも上野東京ラインも無い時代でした
大宮迄行き其の儘次の宮原迄乗車何とはなしに宮原で下車さて此の先何処にゆこうか・・大宮から藍玉ニューシャトルが近所を通っているので徒歩で其方へ向かう事にした当時途中に大手の建設会社の資材置き場があり土木工事用の重機が置かれて歌が其の中で隧道や地下上下水道工事等に使用するダンプトロッコが山積されていた比較的新しいトロッコで連結器も当然ついておりピンリンクで無くウイリンソン型自動連結器を使用していた実物をみたのは其の時が初めてで写真撮影した市の儘東北上越新幹線沿線に向かいニューシャトルで大宮へ戻った
其れから10数年後鉄道博物館へ行くとき久々に宮原迄行き徒歩で鉄博へ向かいましたが途中例の建設用重機置き場は無くなっており残念でした

yoshikawaさん
宮原駅から鉄道博物館へはそこそこ距離がありそうですが、結構頑張りましたね。

はじめまして。MMBMと申します。

宮原中線の入信は最近まで高崎支社管内の工事列車が機回しで使用していたようです。現在は工事列車は事業用気動車になり、エンド交換のみで折り返せるので入信は使われていないかもしれません。

桶川の上り第二場内は朝ラッシュ対策かと思われます。
7時台の高崎線は15両編成で最短4分間隔で運転されており、桶川・上尾・宮原の3駅は60秒の停車時間が設定されています(北上尾のみ30秒)
現行ダイヤの桶川場面においても7:18~7:54の間で4分間隔で運転されています。
混雑対策と大宮以南に遅れを持ち込まない工夫であると思いますが、停車時分が変わる桶川に第二場内信号機を建植することで、後続の進入をスムーズにさせる狙いがあると推察します。

余談ですが朝ラッシュの東北方面では久喜・白岡・蓮田・東大宮で45秒停車がありますが、大宮の手前となる土呂は30秒停車です。

長文失礼いたしました。

ほぼ同じような列車密度の宇都宮線(東北本線)について、各駅の第2場内信号設置状況をユーチューブの前面展望動画で確認してみました。遠方から古河(3灯)、久喜(4灯)、白岡(3灯)、蓮田(5灯)の各駅にありました。

直前に書いた第2場内信号の設置状況は大宮方向へ向かう上り列車に対するものですが、宇都宮方向へ向かう下り列車に対しても、白岡(4灯)、久喜(4灯)、古河(5灯)、小金井(4灯)の各駅にも設置されています。

第2場内信号機設置駅について、高崎線についてもユーチューブの前面展望動画で確認してみました。
大宮方面行きの上り線は、熊谷、桶川に設置されています。熊谷方面行きの下り線は宮原、上尾、桶川の各駅に設置されています。ちょっと意外なのは、上り線で大宮寄りの上尾、宮原に設置が無く、あまり必要でもなさそうに思える下り線の宮原、上尾に設置されていることです。

つい直近でも宮原駅折り返しのニッチな需要の臨電が計画されていますね!
https://www.jrview-travel.com/reserve/travelItem/detail?courseNo=25B0215
この列車だと入信は不用でしょうが、なぜわざわざ宮原なのかと思っておりましたところ、局境とのことで納得です。

yoshikawaさんご記載の建設会社ヤードは大成建設ですね!当該地は現在、小学校、マンション、公園、そして以前はカルソニックカンセイの本社もありましたが、こちらは取り壊されて巨大データセンターを二棟建設中です。街の空洞化が起きるのではと懸念しております。

MMBMさん、コスモスさん
そうなんですよね、どちらかと言えば上り線のほうが第二場内信号機が設けられた駅が多いんです。ちょっと不思議な感じがします。

がむしゃらさん
昔は宮原発着の海水浴臨があった記憶しています。「何で大宮でなく宮原?」と思ったものでした。

埼玉県北部から、上越国境を越えて日本海側にある新潟県の海水浴場へ向かう海水浴客を主な対象として、1968年(昭和43年)夏に 高崎 - 笠島間で海水浴臨時「くじらなみ」が運行開始されました。1972年(昭和47年) 夏から宮原始発に変更され、1977年(昭和52年)夏まで続きました。翌1978年(昭和53年)には熊谷発に変更されました。最盛期には2往復体制で運行されましたが、2004年(平成16年)から1往復になり、2010年(平成22年)が最後の運行でした。私は上りの列車に青海川から乗ったことがあります。

コスモスさん、情報ありがとうございます。
ずっと以前になくなっていたと思っていたのですが2010年まで運転されていたのですね。

昨日、がむしゃらさんもコメントされた宮原折返しの団体臨時列車(臨「電」ではありませんね)を見物に行ったところ、やはり中線でした。
ところで、8月30日にSommerreiseさんがおっしゃった、島式2面4化が埼京線延伸を考慮したものという説ですが、改めて現地を眺めると、ホームの狭さに不安を感じました。現在の上りホームを高崎線上下に、下りホームを埼京線の折返しに使用するとなると、朝ラッシュに大変なことになりそうに思えます。埼京線延伸への対応と本気で考えていたのか?と疑問が湧きました。「幻の計画」に文句を言っても仕方ありませんが(笑)

クモイ103さん
確かに実際のところはわからないですね(笑)。
とりあえずそんなことも考えられる、ということで・・・

宮原駅上り1番線の使用開始は1972年、赤羽ー大宮間の通勤新線建設の表明は1973年ですので関係しないのではないでしょうか。

すたさん
私の疑問を補強する方向性のコメントを頂きありがとうございます。但し、通勤新線の建設表明が1973年ということは、場合によってはそれ以前の数年?に及ぶ、記録に現れない検討の経過があるかもしれません。表面的な事象の前後関係だけをもって「関係なし」と断ずることは出来ないと私は考えます。

クモイ103さま
言葉足らずですみません。以下の点も踏まえた上で「関係しないのでは」と考えましたので、補足します。
「但し」以下の点はそのとおりで、所詮、一趣味人の推測ですから、「関係しません」という断定形ではなく「関係しないのではないでしょうか」という問いかけの形にした次第です。この辺りお含みいただければ幸いです。

1 通勤新線は、1973年に東北新幹線の工事計画変更(※1)を地元に打診する際に併せて提案されたものだが、その区間は赤羽-大宮間であり、通勤新線を宮原で接続する計画は、後年、構想を具体化する過程で生まれたものではないか(※2)。
※1 1971年10月認可の工事実施計画では戸田付近から地下トンネルで大宮付近に至るものを高架構造に変更。
※2 1977年10月に国鉄建設局が主催した「第28回 停車場技術講演会」の資料(国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能。以下「講演会記録」という)で宮原までの計画案が確認できるものの、それより前の資料では確認できていない(私が見付けられていないだけの可能性大ですが、、)。

2 停車場改良などの施設改良工事は、将来の列車設定をある程度想定し、それに基づき工事計画を立案、予算の査定を受けて実施に移されるものと理解するところ。通勤新線の列車をどのように設定するかについては1977年当時においてもハッキリしない状況(※3)だったことからすると、1970年代初頭に通勤新線建設を前提とした工事は考え難いのではないか。
※3 講演会記録では「運転方式別列車本数、運行系統を計画する必要があり、現在、東三工で検討している」との記述。なお、この時点では高崎線電車の一部を通勤新線に直通することが案として挙げられ、宮原駅の島式ホーム2面は方向別に使用する配線案になっている(下りホームを通勤新線、上りホームを高崎線で使用するようにはなっていない)。

3 1972年当時、高崎線では桶川駅や北藤岡駅でも待避線設置工事が行われていたことからすると、宮原駅も高崎線の輸送改善の一環として改良されたのではないか。


管理人さま
コメント欄を長文で埋めてしまい、申し訳ありません。

すたさん
詳細な根拠のご教示とそれに基づいた確度の高い推測を示して頂き、ありがとうございます。
問いかけの表現を「断ずる」としたのは私の勇み足で、失礼しました。
もとより「宮原駅の2面4線化は通勤新線の計画とは関係ないのではないか?」というのが私の疑問なので、結果的にそれを後押しする内容に安堵しております。「宮原駅も高崎線の輸送改善の一環として改良されたのではないか」という結論に同意します。

 待避線の増設のこと、旅客輸送に話題が集中していますが、宮原の上り待避線新設は貨物列車のためではありませんか。
 現地を知らないので無責任発言にありますが、各地の操車場では押し寄せる貨物列車を一時待たせる線が熱望されていました。
 大宮操車場は東北・高崎の2線のほか常磐線も水戸線経由で引き受けていました。
 操車作業が計画どおりに行かないとき、手が空いたとき近くに待たせている貨物列車をすぐに引き込めるのは大きな魅力でした。
 宮原1番線が電車用の有効長の短い線路でしたら上記は私の勝手論になります。ご海容ください。

>C6217さん
1978年3月の配線図右上の表記によれば、宮原駅上り本線、上り1番線とも、
有効長535m、延長換算63
と同一です

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