米原配線図
米原駅の配線図のご紹介です。大量にあります(笑)。
申し訳ありませんが大きな駅のため細かいところはほとんど見えないと思います(汗)。このため一部については3分割して拡大しました。
Wikipediaを見ますと米原駅は1955年頃と1998年頃の2回、大きな改良工事が行われているようですが、ご紹介する配線図は1960年以降のものしかありません。1955年以前の配線に興味が湧きます。
最初は1960年頃です。
・大まかに言えば東京寄りに車両基地、中央部に旅客駅、神戸寄りに貨車操車場、といった配置です。
3分割しました。
・機関区と(多分)客貨車区が設けられています。
・1961年4月時点では機関区にはD51×3両、D50×2両、8620×7両、E10×5両、EF58×14両、EF30×1両、EF15×16両が配置されていました。SLはこの辺りではなく後述の転車台付近に常駐していたのではないかと思います。
・この時点では米原~田村間は電化されていませんので、EF30はSLに引かれて交直区間を行き来していたのでしょうか。
・北陸線の遠方信号機についてはKASAさんのHPが詳しいです。

・上下ホームが離れていて、その間に転車台があるという変わった配置です。
・元々のホームは下り側の3面のみであったところに、1955年頃の改良工事で東海道上り線がこの図の位置に移設され、上下本線間に仕訳線や車両基地を抱き込む形になったためにこのようなレイアウトになったようです。

・仕訳17~22番線は行き止まりです。まだ整備途上といったところでしょうか。
・神戸寄りの渡り線がナゾです。非常用でしょうか。
1985年3月です。
・機関区や客貨車区、転車台付近が手書きで抹消されています。
1990年8月です。
・仕訳線群が行き止まりになっています。
・機関区付近も線路が少なくなりました。単に省略されているだけなのかもしれませんが。
1992年1月です。
・機関区付近は検修庫も描かれなくなりました。
1992年4月です。(※1)

・転車台がなくなりました。
・仕訳線群も消え去ったような感じです。

・仕訳線群がなくなって貨車操車場部分がスリムになったため、今度は下り線を上り線側に移設したようです。
・ホームが2面廃止され、1番線にはホームがなくなりました。
・線路名称は伝統的な「東海道下り本線」「北陸下り1番線」といったものから1~8番線というシンプルなものに変わっています。
2006年4月です。
・なんと1997年3月の図とほとんど一緒です(笑)。但し東海道下り本線のホームがなくなっていますので、まったく同じではないというところがなんとも不思議です。
以下2025年7月6日追加しました。
1958年6月です。(※2)
列車の進路については別の記事で整理したいと思います。
配線図は
※1印・・・KASAさん
※2印・・・NZさん
それ以外・・・T.Mさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。
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組立駅一覧で、お送りしてませんでしたか?
投稿: NZ | 2025年6月29日 (日) 09時40分
線路名称が名称表記から番線表記に変わったのは、民営化の時に名古屋鉄道管理局からJR西日本に変わりましたので、大阪鉄道管理局標準の番線方式に変えたのではないでしょうか。
投稿: 平岡 | 2025年6月29日 (日) 17時41分
NZさん
忘れてました。後ほど追加させていただきます。
但し残念ながら1回目の改良工事の後ですね。
平岡さん
時期的には2回目の改良工事に合わせたような気もします。
投稿: f54560zg | 2025年7月 2日 (水) 19時25分
随分昔の話ですが交通博物館時代収蔵映画の連続上映会が毎週週末に開催されてました そんなある時昭和40年代頃の米原駅のドキュメント映画が上映されました多分ある日の米原駅の24時間風景を収めた映画でした当然当時ですので色々な車輛が出てきていた其れだけで楽しい映画でした最近大宮鉄道博物館では古い映画の映写会はやられているのでしょうか?
投稿: yoshikawa | 2025年7月17日 (木) 16時25分
yoshikawaさん
「米原駅24時」でしょうか。楽しそうです。
投稿: f54560zg | 2025年7月17日 (木) 20時26分