単行機関車列車 その13(板橋)
単機回送のお話の13回目です。
今回は板橋駅発着となる貨物列車の関係で池袋駅~田端操間で行われていた単機回送です。
参考資料は以下の通りです。
'88貨物時刻表
鉄道ダイヤ情報1988年9月号
鉄道ダイヤ情報1988年12月号
1988年3月です。
・板橋駅始発・終着となる貨物列車、及びこれに関係する単行機関車列車のみを掲載しています。
・単機回送のお話と言っても単機回送は片道1本だけです。ですのでどちらかと言えば板橋駅に発着する貨物列車にまつわる機関車運用のお話といった方が正しいかもしれません(汗)。
・単機回送が発生している理由は単純に言えば板橋駅で入換を行う入換機の送り込み・返却なのですが、実際には貨物列車に併結されたり入換機が貨車をけん引して代わりにけん引機を単機回送するなどちょっと複雑です。
順を追って見てみます。
①21:30頃、東鷲宮から5598列車が田端操に到着します。貨物時刻表によれば積荷は砕石・セメントで、この列車は田端操からは5698列車となります。
②23:30頃、初狩から5288列車が田端操に到着します。貨物時刻表によれば積荷は砕石で、この列車は田端操からは5270列車となります。
③9:00前に5698列車が発車します。先頭は新鶴見のEF651000で、貨車を挟んで最後尾に田端のDE10が連結されています。
④5698列車が池袋に到着すると機回しが行われます。この結果先頭はEF651000で、次位にDE10、そして貨車という順になります。
⑤列車番号は再度変わり、10:00前に5299列車となって板橋に向かいます。
⑥次に10:20頃、初狩からの5270列車が池袋に向けて田端操を出発します。けん引機は高崎のEF65です。
⑦池袋に着くと貨車を残してEF65はさっさと田端操に帰っていきます。これが唯一の単機回送です。
⑧12:50頃、東鷲宮行きの返空5282列車が板橋を出発します。先頭はDE10で、貨車を挟んで最後尾にEF65が連結されています。
⑨池袋に着くとDE10は切り離され、先頭となったEF65は貨車を連れて5579列車として13:20頃東鷲宮へ向けて出発します。
⑩残されたDE10は置き去りにされていた初狩からの貨車に連結され、13:30頃5273列車として板橋に向かいます。
⑪17:30頃、DE10は初狩行きの空車を連ねた5272列車を引いて板橋を出発し、池袋で機回して5271列車として田端操に向かいます。
⑫EF65に付け替えられ、5289列車として田端操を出発するのは3:40頃です。
Wikipediaによれば1996年に貨物列車の設定がなくなったと書かれており、遅くともこの時までには単機回送もなくなったものと思われます。
ところで5598列車及び5579列車は前述の通り東鷲宮発着となっていますが、実際には東武鉄道線との連絡貨物のようです。この当時久喜~東鷲宮間にはこのための小運転線が設けられていたらしいのですが、線路配線や運転方法についてはよく知りません。ご存じの方、よろしくお願いします(汗)。
また板橋駅及び池袋駅の線路配線についてはKASAさんのHPが詳しいですので、是非ご覧下さい。
板橋駅
池袋駅
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ご無沙汰しております。記事中、私のHPをご紹介いただきましてありがとうございます。恐縮しております(汗)。
久喜~東鷺宮間の小運転線なのですが、国鉄・JRか東武の所属だったのかなど、詳細はよくわかないのですが、下記URLの動画を見る限りにおいて、東鷺宮から久喜までJR機が貨車を牽引してきていたのではと思われます。運転方式は、国鉄式に言うならば、構内運転方式でではなく、誘導による入換の方式でしょうか。
https://www.youtube.com/watch?v=eC0eb9aaov8&t=596s
動画でJR機に牽引された貨車が入線する線路が、JR所属なのか、東武所属の線路なのかもあわせて気になるところだと思いました。
投稿: KASA | 2025年5月15日 (木) 00時19分
初めまして。いつも楽しく拝見しております。
久喜~東鷲宮間の小運転線について、当地に縁がある者としてコメントさせていただきます。
・管理人様の記事にあるとおり、5598・5579列車は東武鉄道との連絡貨物です。
1988年当時は住友セメントのタキ1900+東武トキ1の編成で、タキは上白石発のセメント、トキは日鉄鉱業羽鶴専用線発の砕石を輸送していました。
・東武連絡貨物は、東鷲宮~久喜間の小運転線を通り、久喜駅で東武との受け渡しを行っていました。
・東鷲宮駅構内の入替と小運転線けん引の担当は、田端運転所(※)のDE10・DE11です。
(※1990年転属後は宇都宮運転所)
・小運転線の運転本数は、RailMagazine1988年12月号に掲載されている東武貨物ダイヤに記載があり、当時、「入1~入16」の8往復だったようです。
・KASA様のコメントにある、動画の貨車が入線する線路は東武所属だと思います。2003年の東武貨物廃止後は整理されて旅客列車用ホームが設置され、東武の久喜駅は1面2線から2面4線となりました。
投稿: むさぼう | 2025年5月15日 (木) 01時02分
KASAさん
いつも無断で勝手にリンクをしてしまって申し訳ありません(汗)。今後も続けますのでお許し下さい(笑)。
それにしてもステキな動画のご紹介ありがとうございます。「機関士さんから見えるのか?」と思うくらいのところで旗を振っている操車担当さんがカッコいいです。
むさぼうさん
情報ありがとうございます。
1988年時点で8往復も走っていたのですね。
投稿: f54560zg | 2025年5月18日 (日) 19時40分
むさぼう様
ご教示ありがとうございます。
1面2線時代の久喜駅にいってもっとよく観察していればと、今となっては悔やまれます。
f54560zgさん
私こそ、HPの方で無断リンクをしてしまっております。申し訳ありません。今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: KASA | 2025年5月18日 (日) 22時41分
昭和の終わりから平成の始めまで、高校への通学で板橋駅を利用していました。
11時台は授業中の時間帯でしたので単機回送があるなど知る由もなく、クレーンでトキから砕石や砂利が積み下ろされる様子や、偶々居合わせた13時台や17時台に走る貨物列車などをホームから眺めておりました。
黒い車体の東武のトキと茶色い車体のJR貨物のトキが駅構内のやや離れた別々の所に留め置かれていたが当時印象的だったのですが、そもそも運ばれてくる列車そのものが異なっていたのは知りませんでした。
ちなみに、板橋駅構内でタキを見た記憶がありません。(時間が合わず、私が偶々居合わせなかっただけかも知れません。)
大学へは板橋駅を埼京線で素通りすることになりましたが、その時期に貨物側線の東側に『信開ホテル東京予定地』と書かれたやたらと派手なオバチャンが写ったどデカい看板が建てられ「誰だこのババァは!」と思いましたが、その場所は後に「アパホテル東京板橋」になり、後から知りましたが国鉄清算事業団から購入した土地での東京進出第1号店だったそうです。
投稿: たけちゃん | 2025年5月21日 (水) 00時04分
KASAさん
こちらこそよろしくお願いします。
たけちゃんさん
通学のホーム上から貨物の積み下ろし風景を見ることができたなんて、なんともステキでしたね。
投稿: f54560zg | 2025年5月25日 (日) 21時35分