両毛線の気動車駅
先日の両毛線配線図 その2(佐野~足利)の記事で、「両毛線には1953年前後に開業して1967年前後に休止となった駅が11駅ある」といったことを書きました。
書いた後でいろいろ考えてみますと、考えれば考えるほど不思議でしかたなくなってしまいました(汗)。
ですので再度改めて整理することにしました。
まず、11駅のうち、7駅の配線図を掲げます。1958年3月です。
・申し訳ありません、東足利駅は半分が切れてしまいました。
・いずれもいわゆる棒線駅です。他の4駅も同様と推測します。
・東伊勢崎駅、下増田駅、東前橋駅のホーム長は90mのようです。
これら11駅の新設及び廃止の理由について、NZさんがブログに「新設は気動車運転開始、廃止は電化」といった趣旨で書かれていますが、その点については私も同感です。
ただスッキリしないのは、これらの理由はあくまで国鉄側の事情であって、その奥にある、利用者側の利便といったものが見えてこないことです。
まず11駅の新設に関しては、気動車化に伴って国鉄が自発的に駅を設けたというようなことは到底考えられるはずもなく、地元の要望を受けてのことと思います。以前より国鉄に対して駅設置の要望が出されており、これを気動車化の際に実現したのではないかと思います。
ただそれにしても一気に11駅の新設はあまりにも大盤振る舞いで、不自然です。
次に廃止ですが、国鉄がいったん開設した駅をそんなにいとも簡単に(?)廃止できてしまうのか、が不思議です。
利用者が少ないから廃止する例は確かに存在しますが、それは北海道や山間の過疎地のような場所であって、曲りなりにも関東平野の一角である地域で、しかも11の駅が一気に廃止されるということはなかなか考えずらいです。
ましてや地元の要望で設置した駅なのであれば相応の反対運動があって当然でしょうし、百歩譲っても新設した11駅のうち利用者の多い一部の駅は存続するのが自然です。
仮に実際に利用者が少なかったということであれば、逆に、なぜそのような利用者の少ない駅を国鉄はわざわざ新設したのかという疑問が生じます。新設に際して利用者数に基づく収支の見積もりが行われていなければ管理局や本社の許可が得られないと思うのですが。
電化の影響に関しては、電化の際に付帯工事としてホームや跨線橋の嵩上げ工事はよく行われますので、そう思えばホームの延伸はさほど大きな支障にはならない気がします。もっとも、電化により両毛線には新前橋区の70系4両編成が投入されましたが、前述の通り少なくとも東伊勢崎駅、下増田駅、東前橋駅は4両編成には対応可能なようで、ホーム延伸の必要はなさそうです。
他の駅が3両以下のホーム長しかないのであれば、この当時新前橋電車区には3両編成に組成された雑型(60、41、55など)が配置されていて信越線などで運用されていましたので、これらを使うことも可能だったかもしれません。それもダメならドアカットという手もあります。
ですので廃止に関しては電化がきっかけという気はするのですが、具体的に電化の何が支障となったのかはよくわかりません。
このような不自然さ満載の11駅の新設・廃止を一歩引いて考えてみますと、思い浮かぶのは二つです。
一つは「テスト」。地元からの要望に対して試験的に駅を新設し、利用者数が期待している数に達しない場合は廃止するということをあらかじめ地元に条件として提示したのではなかろうか、ということです。そうであれば一気に開業、一気に廃止も頷けますし、地元の反対もなかったのではないかと思います。
もう一つは「政治駅」。国鉄もある意味被害者で、無理やり開業させられて、ほとぼりが冷めたら廃止、という流れです。ちょっとうがった見方かもしれませんが(汗)。
以上、個人的な推測をダラダラと述べさせていただきました。
配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。
ありがとうございます。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。
« 両毛線配線図 その3(山前~下新田) | トップページ | 両毛線配線図 その4(岩宿~駒形) »

NZさんところを含め興味深く拝見させていただいています。
昭和30年代といえば、戦後のベビーブーム生まれの方々が中学高校に上がる頃で、全国的にもスクール需要が一気に急増したとされています。両毛線でも昭和20年代後半にその事が予測され、並行する道路が整備されるまで気動車でしのいで、と当方は推測してみたのですが、如何でしょうか?。
当時、高校の生徒さんらは、舟木一夫さんの「高校三年生」や、吉永小百合さんの「寒い朝」とかを、口ずさみ♪ながら、ウキウキで気動車通学されていたのではと(^^;)。
投稿: moni5187 | 2025年5月 1日 (木) 17時36分
moni5187さん
私の妄想以外にもいろいろと推測ができそうですね(笑)。
投稿: f54560zg | 2025年5月 1日 (木) 22時27分
手持ちの本に、「鉄道資料轣轆 114 高鉄運転史 昭和62年3月31日発行 日本国有鉄道高崎鉄道管理局 運転史編纂委員会」という書籍があります。これに両毛線の気動車駅に関する記述があるか確認したところ、昭和35年7月1日に高崎小山間3往復、小山桐生間1往復を客車から気動車に置き換え、その後逐次置き換えを進めたとの記載だけで、気動車駅等に関することは見事にスルーされています。なにか書きにくい事情があったのかもしれません。
投稿: コスモス | 2025年5月 2日 (金) 08時41分
私鉄だと駅の統合という可能性があるのですが、両毛線の場合それがあったのでしょうか?
阪急だと雲雀丘花屋敷駅とか。
三岐鉄道北勢線は三岐鉄道移管以降にいくつかの駅統合と新設と廃止がなされてる。
このへんはどうなのかな・・・
投稿: ゆかわあきら | 2025年5月 3日 (土) 03時04分
コスモスさん
情報ありがとうございます。
謎を解くヒントがなかなか見つからないです(汗)。
ゆかわあきらさん
一気にできた11駅が一気に消滅していますので、統合は考えずらいかな、と思います。
投稿: f54560zg | 2025年5月 4日 (日) 21時24分
国鉄が信頼されていれば若干の我儘は許されるだろう
赤字が顕在化した直後だしね
鉄道の駅とバスの停留所を比較すると、駅には外灯があるのが普通なのに停留所にはある方が珍しいので
それで鉄道廃止してバスのが有利とか言い出すのらから、この国の人はお人よしなのかと思ってしまう
利用者の利便? そんなもの国鉄からJRにかけて存在しただろうか…特急富士号の食堂車なんて、個室寝台車からかけ離れていましたし、その理由が車両運用っていうんだから民間とはかけ離れていますね
あと60、41、55を雑型というのは一寸…
投稿: | 2025年5月 5日 (月) 07時17分
国会図書館にて、平田一夫編集「群馬の鉄道資料集(昭和23年以降)」(2000年)という本がありましたので閲覧してみました。
p81に、昭和41年6月6日上毛新聞の記事抜粋がありました。
表題「複線・電化の条件は両毛線の無人駅廃止」
内容(一部抜粋)
・両毛線複線電化工事は着々進んでいるが、国鉄はこの程沿線自治体及び複線電化期成同盟に対し「11の無人駅の廃止」を正式通告
・口頭ではあるが複線電化の一条件となっていたため県も対応に苦慮
・廃止理由
①無人駅停車は高速化及び増発の支障
②無人駅ホーム嵩上げ及び有効長延長の費用が嵩む
③利用者が少なく経済的に合わない、等々
・地元民…請願駅として地元負担したのに廃止とは何事かと、地元企業も巻き込み存続陳情運動を活発化させている。
やはり大揉めに揉めたようですね。
投稿: | 2025年5月 6日 (火) 21時24分
やっぱり揉めますよね。それでも廃止を強行(?)したのにはアヤシイ裏事情が?・・・
投稿: f54560zg | 2025年5月10日 (土) 09時53分