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2025年3月23日 (日)

日南線・志布志線・大隅線の路線の変遷

今回は大隅半島周辺の路線、具体的には日南線、志布志線、大隅線の変遷についてのお話です。
参考資料は停車場変遷大事典、Wikipediaほかのネット情報です。

1913年12月
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・後に日南線、志布志線、大隅線となる路線は、1913年12月時点ではまだこんな感じです。
・赤江(現南宮崎)~内海(うちうみ)間は1913年10月に開業した宮崎軽便鉄道線です。軌間は1067mmです。
・飫肥(おび)~油津間は1913年8月に開業した宮崎県営鉄道飫肥線です。軌間は762mmです。

1915年7月
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・1915年7月に南隅(なんぐう)軽便鉄道の鹿屋(かのや)~高須間が開業しました。軌間は762mmです。

1917年9月
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・1916年5月に南隅軽便鉄道は大隅鉄道に名前が変わりました。

1925年3月
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・1920年6月に宮崎軽便鉄道は宮崎鉄道に名前が変わりました。
・大隅鉄道は両側に延伸が行われ、1923年12月には串良~古江間の路線となりました。鹿屋駅はスイッチバックです。
・都城を起点として志布志線の建設が行われ、1925年3月には志布志までつながりました。

1932年12月
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・1931年9月に宮崎県営鉄道飫肥線は飫肥~東飫肥(旧飫肥)間が延伸されました。
・1932年8月に宮崎県営軌道の大藤~星倉間が開業しました。貨物線のようです。
・1932年12月に西都城~隼人間が全通して日豊本線として再編され、この結果志布志線の起点は西都城となりました。

1936年3月
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・1935年6月に大隅鉄道は国有化され、古江線となりました。軌間は762mmのままです。
・1935年7月には宮崎県営鉄道と宮崎県営軌道も国有化され、油津線となりました。同様に期間は762mmのままです。
・1935年10月に古江東線志布志~東串良間が開業しました。東串良~串良間は600mほどなのですが、間に串良川があります。
・古江東線の開業に伴い、古江線は古江西線に改称されました。
・1925年に志布志まで開業した志布志線は東に延び、1936年3月には大堂津まで達しました。

1937年4月
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・1936年10月に古江東線東串良~串良間が開業しました。これにより串良駅で古江東西線が接続しましたが国有鉄道同士でありながら軌間が異なるという珍しい接続です。
・1937年4月には志布志線の大堂津~油津間が開業し、油津線の油津駅は元油津駅に改称されました。油津駅と元油津駅は400mほど離れてはいますが、串良駅と同じように軌間の異なる国有鉄道同士の接続が行われたもとのと思います。

1943年8月
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・1938年10月に古江西線が改軌され、晴れて志布志~古江間が同じ軌間でつながりました。これに伴い古江東西線は古江線に改称されました。また改軌の際鹿屋駅のスイッチバックは解消されています。
・1941年10月には志布志線が北郷まで延伸されました。この区間は油津線と重複する区間が含まれますが、古江線と違ってこちらは改軌という扱いではなく油津線は廃止となり、新たに志布志線を開業したという形になっています。
・元油津駅もその扱いでいったん廃止された後に志布志線の貨物支線の終端駅として再開設されているのですが、駅への出入りルートは志布志側からに付け替えられています。
・1942年11月(1943年8月?)に宮崎鉄道はバス会社と合併して宮崎交通となりました。

1962年7月
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・1960年7月に志布志線貨物支線の油津~元油津間が廃止されました。
・1961年4月に古江線古江~海潟間が開業しました。
・1913年開業の南宮崎~内海間は1962年7月に廃止されました。

1972年9月
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・1963年5月に日南線南宮崎~北郷間が開業し、同時に既存の北郷~志布志間も日南線に含まれることとなりました。宮崎交通線は青島~内海間を除いておおむね日南線と同じルートでしかも1067mm軌間ではありましたが、国有化はされませんでした。
・1972年9月に海潟~国分間が開通し、志布志~国分間が大隅線となりました(同時に海潟駅は海潟温泉駅に移転・改称されました)。
・この頃が日南線・志布志線・大隅線の最盛期ですね。

1996年7月
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・ここからは衰退の歴史です。
・1987年3月14日に大隅線志布志~国分間が廃止されました。
・その2週間後の1987年3月28日には志布志線の西都城~志布志間が廃止されました。両線合わせて約140kmが一気に廃止されたわけで、志布志駅は分岐駅から終端駅になってしまいました。
・1996年7月に宮崎空港線が開業し、分岐点に田吉駅が新設されました。

 

日南線、志布志線、大隅線の各線は、それぞれが北側(日豊本線側)から南に向かって伸びていくのが自然な気もしますが、実際には1962年7月の図に象徴されるように志布志線を軸にして日南線、大隅線は南から北に向かって伸びていきました。これらが日豊本線とつながって盲腸線がなくなり、理想的な形態となったように思いましたが、そう長くは続かなかったのが残念です。

 

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