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2024年6月16日 (日)

日豊本線配線図 その20(宮崎)

日豊本線の配線図のご紹介の続きです。
第20回目は宮崎駅です。

 

最初は1958年6月です。(※1)
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・旅客駅のほか貨物扱所、貨車仕訳線、車両基地が設けられていますが、全体的に小規模です。特に旅客ホームが1面だけというのはちょっと意外です。
・1968年時点では宮崎機関区と都城客貨車区宮崎支区が置かれており、機関区にはC55やC57など18両のSLが配置されていました。旅客用のDCの配置はありませんでしたが、異色のキワ90が2両配置されていました。また客貨車支区には54両のPCの配置がありました。
・機関区の「石炭押上線」というのは、ネット上の写真を見ますと、石炭を積んだ貨車を高いところに押し上げて炭台に石炭を下すための線らしいです。

 

続いて1974年6月です。(※2)
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・南宮崎までの電化が完成した頃です。
・電化のタイミングでの改良かどうかはわかりませんが、上り本線として1番線が設けられているほか、日南線もしくは鹿児島方面への折り返し用でしょうか架線のない0番線もあります。車両基地も増強されています。
・1972年以降はC61も配置されていた機関区からはSLの姿が消え、代わりに大分から22両のDF50がやってきています。キワ90はすでになく、客貨車区も車両の配置がなくなりました。

 

最後に最近の様子です。(※3)
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・1979年に鹿児島までの電化が完成しました。
・1984年には機関区の車両配置がなくなり、客貨車支区は廃止されました。
・1986年に貨物扱いは廃止されました。
・1993年に高架化が完成し、個人的には興味が⤵しました。車両基地機能は南宮崎に移転したようです。

 

国土地理院の空中写真を見てみます。
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・MKU6213-C7-16(1962年9月)を加工したものです。電化前です。
・1958年の配線図と比べると写真上側の客留線が増強されているように見えます。

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・CKU7411-C9-28(1975年1月)を加工したものです。
・電化されましたが、全体の雰囲気は大きくは変わっていません。

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・KU903X-C11-5(1990年9月)を加工したものです。
・車両基地がきれいさっぱりなくなって高架化工事の真っ最中です。

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・CKU20053-C2-7072(2005年9月))を加工したものです。
・高架化が完成しました。

 

配線図は
※1印・・・NZさん
※2印・・・3RT生さん
※3印・・・キハ65さん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

 機関区の石炭押上線へのアプローチは模型のような急勾配でした。石炭満載の貨車をどうやって押し上げたのでしょう?
 心配していたらC55がさっさと駆け上がり、降りて来ました。碓氷峠どころではない急勾配なので、当然入線禁止のはず。現場の判断なのでしょうか。ボイラー水位は??
 日付は資料を探さねばならず不明です。以上、目撃の証人発言です。


確かにどれほどの勾配だったのか気になります。

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