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2024年2月 7日 (水)

函館本線配線図 (旭川)

久しぶりに函館本線各駅の配線図のご紹介の続きです。
今回は旭川駅です。

 

1958年6月(※1)
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・旅客駅のほか、貨物駅、貨車操車場、車両基地(機関区、客貨車区)、工場と、すべてそろった駅です。とにかく大きいです。
・1950年から1954年までは「構内駅」というものが設置されています。試験的に導入された制度のようで、駅から主として操車場部分を分離したもののようです。
・「市街軌道線」という文字が見えますが、旭川市街軌道ではなく旭川電気軌道と思われます。1973年まで貨物営業が行われていました。
・ほかにも「電灯線」とか「ガス線」とかよくわからない側線があります。
・函館線と富良野線の乗り換えは大変そうです。
・機関車走行線の配置が独特です。

1985年1月(※2)
198501hdas
・第1ホームと第2ホーム間にホームのない本線が2線設けられています。下り本線と第1ホームを移設したのでしょうか。
・貨物駅は北旭川に移転して、この時点ではほぼ貨物営業は行われていなかったと思われます。
・貨車操車場機能も1980年に北旭川に移転しました。下りの仕訳線はなくなっていますが上りはそのままです。
・1985年3月時点では機関区にはDLが105両、DCが98両、客貨車区には41両のPCが配置されています。結構な規模の車両基地です。
・旭川工場は1973年9月に旭川車両センターに名称変更されています。
・それにしても客留線は使いにくい気がするのですが。専用の引上線はありませんし、旭川終着列車の客車編成はどのようにして収容されるのでしょうか。

1998年1月(※3)
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・上り仕訳線群がきれいに撤去されてしまいました。

最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものです。
20200025hdas 
・その後2003年に車両基地が北旭川に移転しました。
・工場が閉鎖された時期がよくわからないのですが、下記の空中写真を見る限り1990年頃にはなくなっているようです。
・そして2010年に高架化工事が完了し、機能的な配線の駅に生まれ変わりました。

 

続いて国土地理院の空中写真を見てみます。
01usar26448194805hdas
・USA-R264-48(1948年5月)を加工したものです。
・この時点では富良野線ホームは函館線ホームと並んでいます。

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・MHO521-C7-13(1962年6月)を加工したものです。
・富良野線が移設され、ホームが遠く離れた位置になりました。仕訳作業と富良野線列車の競合を避けるための措置でしょうか。

06mho722xc68197205hdas
・MHO722X-C6-8(1972年5月)を加工したものです。
・稚内寄りの踏切が立体交差化の工事中です。

07cho7719c148c1510197709hdas1
・CHO7719-C14-8・C15-10(1977年9月)を加工したものです。
・工事中だった道路橋が完成しています。
・旭川駅~新旭川駅間が高架化されています。

08ho844xc97198408hdas1
・HO844X-C9-7(1984年8月)を加工したものです。
・ヤード系の貨物輸送が廃止されて仕訳線が不要となった頃ですが、ぱっと見にはよくわかりません。

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・HO893X-C4-16(1989年6月)を加工したものです。
・下り仕訳線と貨物積み下ろし設備が撤去されたように見えます。
・上り仕訳線にも貨車の姿はありません。

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・HO941X-C3-15(1994年7月)を加工したものです。
・上り仕訳線も撤去されました。
・工場は見事に更地です。

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・CHO20021X-C4-13(2002年9月)を加工したものです。
・工場跡地には早くも何かの施設ができています。

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・HO20069X-C7-6(2006年7月)を加工したものです。
・高架化工事中です。
・車両基地はなくなっていますが扇形庫だけがぽつんと取り残されています。

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・CHO20143-C9-10(2014年8月)を加工したものです。
・高架化工事が完成しました。
・稚内寄りの道路橋は逆に線路の下をくぐるようになりました。

 

配線図は
※1印・・・NZさん
※2印・・・SYさん
※3印・・・モクムールさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

富良野線は当初から列車としては函館本線、宗谷本線からは隔絶された配線だったのですね。
旭川経由で富良野線直通列車は設定が無いのは当然のことですが、イレギュラーでは存在したことがあります。

伊納・納内間の神居古潭トンネルで補修工事をする必要があって、1996年5月~8月にかけて、札幌発のオホーツク9号と下り利尻が、滝川・旭川間を富良野経由で迂回運転が行われました。深夜の富良野で客扱いしたこともビックリされましたが、旭川駅では9番線か10番線から上り引上げ線を使用して入換が行われたと思われます。

実はオホーツク9号には乗ったのですが、深夜の富良野に着く記憶まではあったものの、それ以降は夢の中で、今でも惜しいことをしたと後悔してます。

「当初から」→「構内改良後」ですね。1948年の空中写真の解説を見逃していました。

北東航21さん
それって富良野と旭川でスイッチバックということですね(旭川では同時に入換も)。結構スゴイ迂回運転だと思います。

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