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2023年5月 8日 (月)

石勝線配線図 その2(十三里(信)~清風山(信))

石勝線の配線図のご紹介の2回目です。
今回は、十三里(とみさと)信号場、新夕張駅、楓信号場、オサワ信号場、東オサワ信号場、清風山信号場です。

 

最初は十三里信号場です。
1998年2月(※1)
05199802sstm
・十三里は1962年に駅として開業しました。
・一線スルーではありません。

最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものです。
05202000sstm
・ちょうど50年後の2016年に駅としての役目を終え、信号場化されました。

 

次に新夕張駅です。
1998年2月(※1)
06199802sssy1
・1892年に紅葉山駅として開業し、石勝線開通の1981年に新夕張駅に改称されました。正確には石勝線開業時に移転していますので、改称と言っても紅葉山駅とは施設は別モノです。
・分岐駅であることを考慮しても、貫通4線と行き止まり1線の計5線の本線は豪勢なつくりのような気がします。
・南千歳方、上落合方に対してはどの本線にも進入可能で、どの本線からも進出可能です。夕張支線に関しては場内信号機が描かれていませんので進入側のルートはわかりませんが、進出側については1番線からの進出はできません。

最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものです。
06202000sssy
・夕張支線が廃止される少し前の状態ですが、すでに気動車着発線は撤去されています。夕張支線廃止後は、少なくとも南千歳方⇔3番線のルートは廃止されているようです。
・2番線の新得方の安全側線が廃止されています。出発信号機~接触限界をGoogleマップで計測したら120mくらいでした。「何だ?150mないじゃないか?」と思ったのですが、今は100mあればOKなのですね。
・南千歳方はすぐトンネル(第一紅葉山トンネル)で、下り場内信号機はトンネルを抜けた先にあります。このため下り場内信号機~駅中心は1km以上離れており、場内注意の場合は45km/hで延々走行することになります。

 

次に楓信号場とオサワ信号場です。
1998年2月(※1)
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・楓という名前の駅は1907年に夕張線の支線上の駅として開業したのですが、石勝線開通時に移転(と呼べるかどうか)していますので新夕張駅同様施設は別モノです。ローカル列車着発用の行き止まりホームをわざわざ設けているあたり、「ローカル列車をこの先には行かせない」という強い意志が感じられます。
・オサワ信号場は石勝線開通と同時に開業しています。
・楓駅は上下本線が区別されていますが、オサワ信号場は一線スルーです。

最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものです。
07202000sskdos
・楓駅は2004年に信号場化されてローカル列車が来ることはなくなり、3番線はその存在意義を失いました。
・楓駅の上下本線間の側線の分岐は横取装置になっています。

 

次に東オサワ信号場と清風山信号場です。
1998年2月(※1)
08199802hosh
・東オサワ信号場も清風山信号場も石勝線開通と同時の開業です。
・両信号場とも一線スルーです。

最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したものです。
08202000hosh
・清風山信号場の保守用の側線の分岐は横取装置になっています。

 

配線図は
※1印・・・モクムールさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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コメント

十三里信号場って、もともと駅だったんです。勉強になりました。

新線区間の信号場の配線ですが、一線スルーで書かれていますが、元は両開き分岐器だったと思われます。
数年前に乗りましたが、高速化工事で、ほくほく線のトンネル内の信号場と同じような両開きをムリやり高速で通過できる様ゆるいカーブにして、一線スルーにしたような感じです。
最初の設計図と施工時の図面が違うのか?同じ頃造られた、三陸鉄道や阿武隈急行が一線スルーの配線なので(運用は左側通行)ちょっと違和感があります。
開業時は、それなりのポイント制限があったのでしょうね。

「一線スルー」という言葉を耳にするようになったのは(あくまで個人の感覚ですが)比較的最近のことのように感じます。それだけ高速化に対する要望が強かったのだと思います。
Wikipediaによれば1995年頃に石勝線の高速化工事が行われているようですので、この頃に一線スルー化されたのでしょうか。

 1線スルーの思想は古く、将来の幹線と想定された丸森線(現:阿武隈急行)と赤穂線は1線スルーの配線でした。
 ただし運用は左側運転で開業しています。両線とも曲線はR800以上でしたから、駅構内を含めて全
区間を100km/hで運転可能でした。実現しなかったのが残念です。

 石勝線の各信号場は両開きのポイントで開業しています。ポイント番数は判りませんが、20番両開きであれば制限90km/hです。
 この20番両開きポイントは、山陽本線倉敷駅で山陽・伯備の分岐、北陸本線近江塩津で北陸・湖西の分岐に使用されています。

C6217さん
なぜ左側通行としたのかが不思議ですね。

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