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2022年9月 7日 (水)

長井線配線図 その2(今泉・白川信号場)

長井線各駅の配線図のご紹介のその2です。
今回は今泉駅と白川信号場です。

こちらの記事もご覧下さい。
 今泉 1979/7/19

 

1961年1月。(※1)
196101osr2
・長井線(長井軽便線)の今泉駅の開業は1914年で、米坂線の開通(米沢方1926年、坂町方1931年)はその後です。
・今泉駅と白川信号場はいずれも独立した停車場ですので、当然のことながらそれぞれに場内・出発信号機が設けられています(但し白川信号場は出発を兼ねる場内信号機ですが)。
・白川信号場には砂利線があったのですね。駅でないのは事業用だからでしょうか。どのような運転・入換を行っていたのかに興味を惹かれます。
Usar280916194905
・国土地理院空中写真USA-R2809-16(1949年5月撮影)を加工したものです。
・画像中央部の白っぽく見えるところが砂利線だと思います。白川の河原から砂利を運び出すのでしょうか。
・機回り線用の分岐器があるようにも見えます。

 

1979年7月。
197907osr21
・これは以前ご紹介したものです。
・長井上本から米沢方への出発が可能です。
・長井下本から赤湯方、米坂下本から米沢方への進路は折り返し用でしょうか。

1989年10月。(※2)
198903osr2
・1988年に長井線が山形鉄道に転換されているのですが、この図を見る限りほぼ国鉄時代のままのような感じです。
・1984年に白川信号場が今泉駅に統合された関係でしょうか、旧白川信号場の下り場内がなくなって旧今泉駅の下り出発で米坂線・長井線の進路を振り分ける形になっています。ただし上りは従来通り第1・第2の2段階の場内のままです。

 

最後に前面展望動画から作成した最近の様子です。
202000osr2
・下り方向に関しては、出発信号機が2番線・4番線とも1進路しかありませんので、線路的には繋がっていますが米坂線と山形鉄道線間を列車として直通することはできないようです。
・上り方向に関しては場内信号機が第1・第2の2基ありますので、単純に考えれば米坂線と山形鉄道線間の直通ができそうなのですが、どうなんでしょう。Wikipediaを見ますとJRの検測車が山形鉄道線に入線することがあるように書かれていますので、それも関係しているかもしれません。もっとも今泉駅には入換標識が設けられていますので、入換で転線すれば米坂線と山形鉄道線間の行き来は問題ありません。

 

今泉駅の未公開写真をいくつか。

19790719h01osr2
1979年7月19日撮影です。坂町・荒砥方です。

19790719h08osr2
・米沢・赤湯方です。

19790719h03osr2
・跨線橋から米沢・赤湯方です。

19860608b02osr2
・1986年6月8日撮影です。米沢・赤湯方からです。中央の渡り線は今はありません。

19860608b03osr2
・転車台です。

 

配線図は
※1印・・・NZさん
※2印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

長井線の開業が先ということで、今泉駅は山形鉄道開業までは、長井線所属の駅だったのでしょうか。

:やわやわとまれさん
停車場変遷大事典を見ますと、今泉駅は転換時に長井線から米坂線に所属が変わったと記されています。
一方白川信号場は今泉駅に統合される前に米坂線に所属変更(但し日付未解明)と書かれており、そうであれば白川信号場部分は長井線所属→米坂線所属→統合により長井線所属→転換により米坂線所属という妙なことになりますね。

ご教示、ありがとうございます。今泉駅の所属はやはりそうでしたか。白川信号場の紆余曲折、なぜなのだろう・・・

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