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2022年7月17日 (日)

紀勢本線配線図 その2(阿漕~徳和)

紀勢線の配線図のご紹介です。
第2回目は阿漕駅、高茶屋駅、六軒駅、松阪駅、徳和駅ですが、最近の前面展望動画やGoogle マップをもとに私が作成したもののみです(汗)。

 

最初は阿漕駅です。
20200003issk
・一線スルーと呼んでよいものかどうか微妙ですが、主本線は上下共用です。
・昔は貨車用の遷車台がありました。(写真は再掲です。)
19800308d01

 

続いて高茶屋駅と六軒駅です。
20200004issk
・高茶屋駅は完全な一線スルーです。下りは本線と下り1番線発着ですが、上りは3線全てに発着可能です。
・六軒駅は打って変わって普通の交換駅です。

 

続いて松阪駅です。
20200005issk
・のりば名称は、図の下から1番のりば、3番のりば、4番のりば、5番のりばです。2番のりばは欠番です。
・紀勢本線と名松線の分岐点は駅中心から2km以上も離れたところにあります。かつては駅から2線が並行していたのですが、珍しい形態に変更されています。
・名松線への出発は下り1番線に限定されます。
・和歌山市方において、下り線が上り線に合流するまでにちょっと距離がある意味がよくわかりません。19800311a01
・ホーム寄りには上下線間の渡り線も設けられており、この一帯はどのような使い方を想定していたのでしょうか。

 

最後に徳和駅です。
20200006issk
・一線スルーです。副本線の名称は上り1番線ではなく行き違い線です。

 

未公開写真を少しだけ。1980年3月の松阪駅です。

19800311a03
・亀山方からです。右は名松線、左が紀勢線です。

19800311a07
・駅に近づきました。

19800308b02
・下りホームから亀山方を望みます。

19800311a09
・信号扱所です。

19800311a02
・和歌山市方からです。

こちらの記事もご覧下さい。
 松阪 1980/3/8

これらの写真から、1980年当時の松阪駅の線路配線はこのようになっていたようです。19800205issk
・とりあえず線路名称を下から上2、上1、上本、下本、下1とします。Wikipediaによれば、のりば名称は下から1番のりば~5番のりばだったようで、名松線は主として上2発着でした。
・その後上2の線路を撤去、1番のりばのホームを上1に面するところまで延長して1番のりばとし、2番のりばを柵で閉鎖して現在の姿になったようです。

 

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コメント

三重の鉄道史ファン的には伊勢電の存在が大きく、地味になりがちな紀勢本線の配線図をありがとうございます。

阿漕駅近くの伊勢電の名残といえば、近鉄道路の岩田橋が有名で、走ったことがあります。いかにも複線の鉄道橋が片側一車線の道路橋になっていました。

高茶屋駅近くには、かつて県の運転免許センターがあり。本免許の学科試験や免許の即日更新その他に行くことを、県民の間では「高茶屋に行く」だけで話が通じました。

松阪駅の和歌山市方の上下線の合流が長いのは、戦前の参宮線時代の複線の名残と思われます。G.G.mapで追いかけますと、徳和駅まで複線用地跡らしきのが残っています。

名松線の併走区間撤去の理由は、阪内川の河川改修に伴い、紀勢線と名松線が別々にあった鉄橋を、紀勢線用だけを残して架け替えた為とのこと。時期は不明です。

PS. 送信ボタンを押した後、最近のコメント下には反映されず、あれっ。となりますが、リロードすれば出てきます。

f54560zgさん、皆さんこんばんは。ご無沙汰しております。
松阪駅の未公開画像、大変興味深く拝見しました。2枚目ですが橋梁部分のワイヤキャリアはこうなっていたのですね。
さて、その画像に「第二種機械連動機(断線形)」と思われる函が写っています。
拙ブログhttp://lbxnydr.cocolog-nifty.com/blog/2021/08/post-899a8b.html
で、松阪駅の伊勢奥津方の断線形連動機の画像を取り上げた時に「もう1本は亀山方場内信号機のワイヤルート上に至っているのでしょうか。」と申しましたが、まさしくこの函のことだと思われます。
今回も貴重な画像を取り上げていただき、ありがとうございました。

記憶の話で恐縮ですが、名松線の出発が下1になったのと、亀山方が2線並列から単線になったのは時期が異なります。
下1出発で並列だった時に乗車したことがあります。

moni5187さん
>運転免許センター
私の場合は鮫洲でした。(笑)
>松阪駅の和歌山市方の上下線の合流
この辺りの一部区間は戦時中まで複線だったのですね、知りませんでした(汗)。ありがとうございます。

3RT生さん
いつもながら3RT生さんはすごいですね。(驚)
ワイヤー式の安全側線の緊急防護装置はどのような場所に設けられていたのでしょう。松阪駅でも和歌山市方には設けられていないようですし。

>北東航21さん
貴重な情報ありがとうございます。そうであれば下1と名松線を結ぶ渡り線がどのあたりに設けられていたのかに興味が湧きます。

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