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2022年6月22日 (水)

山形~北山形間の単線並列

前回の記事で山形駅~北山形駅間での奥羽本線と左沢線の単線並列について触れました。

この区間の歴史についてWikipediaを見てみますと
・1901年8月 山形~楯岡間開業。北山形駅は設置されず。
・1921年7月 山形~羽前長崎間開業。北山形駅設置。
・1927年9月 奥羽本線に北山形駅ホーム設置。
・1968年9月 奥羽本線の山形~北山形間複線化。
となっていますので、1927年から1968年の間は山形~北山形間は奥羽本線と左沢線の単線並列であったものと考えられます。結構長い間単線並列だったわけですが、私は全く知りませんでした(汗)。

単線並列だとすれば、単線並列ならではの列車の運転(同時到着・同時出発)があったのではなかろうか、という点に興味が湧きましたので、古い1967年7月の時刻表を引っ張り出して調べてみました。

調査方法は「山形駅着時刻または発時刻の差が2分以内の、同じ方向に進む列車」を拾い上げる、ということで、結果は以下のようになりました。

196707iass1
・2分差以内の到着が3組、2分差以内の出発が5組あります。単線並列が炸裂しています(笑)。あくまで時刻表に掲載されている列車だけですので、貨物列車等も含めるともっと多くなるのかもしれません。
・1440列車と1626Dは山形に7時56分の同時到着です。
・613Dと642Dも17時49分の同時到着です。
・この613Dは仙台始発で、新潟行き「あさひ2号」と酒田行き「月山」の併結です。山形で両者は分割され、「月山」は2613Dとなってスイッチバックして酒田に向かいます。つまり613Dと2613Dはほぼ同じ車両です。一方613Dと同時に山形に到着した642Dは、ひょっとしたら641Dとして折り返すのかもしれません。もしそうであれば、北山形から山形まで並走してきた車両が、共に折り返して再び北山形までほぼ並走という面白いことになっていたことになります。
・631Dは423列車の1分後の発車ですが北山形駅の出発時刻は逆転しています。もちろん北山形駅の停車時間の差もあるでしょうが、出足の遅い客車列車を気動車列車が途中で追い抜くようなことがあったのかも。上野発の夜行列車と左沢線の始発ローカル列車のデッドヒートも・・・。そんなことを想像するとワクワクしてきます(笑)。

 

このような楽しそうな運転も1968年の複線化で消滅してしまいました。
実際、1968年10月の時刻表を見ても、最も短いものでも4分の間隔があります。

 

ところが、1999年の新幹線新庄延伸に伴い、単線並列が復活します。
かつての単線並列は(奥羽本線+仙山線)チームと左沢線チームの競走でしたが、今度は(奥羽本線+山形新幹線)チームと(左沢線+仙山線)チームの戦いとなります。
2002年8月の時刻表では以下のようでした(同様に時間差2分以内の列車です)。

200208iass1
・8183Mと1433Mは例外です。
・1454Mと352Dの同時到着なども見られるのですが、個人的には、残念ながら以前の単線並列のようなワクワク感はありませんです(汗)。

 

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コメント

こんにちは。
単線並列ゆえの同時発車の探究、拝読しました。
結構あるものなのですね!
状況は、日によって微妙に異なったでしょうが、並走する場面はあったのだろうなと思いました。
奥羽本線・仙山線の着列車に合わせてダイヤを組むこともあったでしょうから、山形「発」列車(山形→北山形)に近似の発車が多いのはうなづけます。
軌間は違えど、今もあるのも面白いですね。かつての方が、編成両数が長かったと思うので、面白さが増していたように思います。

単線並列だった41年間、各々の閉塞は何だったのでしょうか? タブレット閉塞なり、いずれにしても相手駅を呼び出しての閉塞確保だったと思うので、奥羽本線、左沢線ともに、他にはない区別が必要だったのではないかと思いました。

>各々の閉塞
そうですね、ちょっと特殊ですね。奥羽線の北山形駅と左沢線の北山形駅は運転取り扱い上は別の駅として扱うしかなさそうです。

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