鳥越信号場・南新庄配線図
今回は鳥越信号場と南新庄駅の配線図(というほどの大げさなものではありませんが(汗))のご紹介です。
その前にこのあたりの鉄道の歴史を振り返ってみます。
・1903年6月 舟形~新庄間が開業、福島からの鉄路が新庄に到達。
・1904年10月 新庄~院内間開業。
・1905年9月 福島~青森間全通。
・1909年10月 福島~青森間を奥羽本線と制定。
・1915年11月 新庄線(後の陸羽東線)の新庄~瀬見間開業。奥羽本線と新庄線は新庄以南で約5km並行。
・1917年11月 小牛田~新庄間全通により新庄線は陸羽東線と改称。
・1944年12月 新庄駅の福島方5.0kmの地点に鳥越信号場(初代)を開設。ここを奥羽本線と陸羽東線の分岐点とし、陸羽東線の鳥越信号場~新庄間の線路を撤去。
・1951年3月 鳥越信号場にて旅客乗降取り扱い開始。
・1960年12月 撤去されていた陸羽東線鳥越信号場~新庄間の線路を復活させ、鳥越信号場を廃止。代わって新庄駅の小牛田方4.9kmの陸羽東線上に南新庄駅を開設。
・1968年9月 新庄駅の福島方4.5kmの奥羽本線上に鳥越信号場(2代)を開設。
・1999年3月 鳥越信号場廃止。
・1999年12月 新幹線新庄延長開業。
(年月日及びキロ程は停車場変遷大事典によります)
独立して2本並んでいた線路が共用の単線化され、その後再び元の並列に戻ったというのは他に例を見ないのでは、と思います。
1958年6月(※1)
・これは新庄駅の配線図の記事でご紹介したものの一部です。
・この時代は奥羽本線と陸羽東線は共用ですが、「旧陸東」の文字がついた専用線(?)がかつての陸羽東線なのだと思います。
・奥羽本線と陸羽東線の分岐点として鳥越信号場(初代)が設けられていたはずですが、資料はありません(汗)。どのような配線だったのかに興味を惹かれます。
1961年1月(※1)
・陸羽東線が復活して鳥越信号場(初代)が廃止され、単線の並列状態に戻っています。
1989年3月(※2)
・2代目の鳥越信号場です。一線スルーではありません。
1989年3月(※2)
・同時期の陸羽東線の線路図です。
・実際には並行して奥羽本線が走っているはずですが、そちらは描かれていません。
・現在ではその奥羽本線は標準軌化されていますので、雰囲気としては峰吉川駅に似ています。
配線図は
※1印・・・NZさん
※2印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。
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標準軌化される直前の南新庄界隈ですが、奥羽本線と陸羽東線との間が線路一本分離れていました。恐らくここに初代の鳥越信号場があったのかと思います。
投稿: 名無し | 2022年2月28日 (月) 20時19分
名無しさん
情報ありがとうございます。
投稿: f54560zg | 2022年3月 6日 (日) 10時54分