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2021年12月 1日 (水)

肥前山口駅での分割併合 その1

NZさんから1976年の長崎本線の配線図をご提供いただきましたので、手元にあった時刻表1976年12月号を元に、この当時の肥前山口駅での列車(定期列車のみ)の分割併合の様子を整理してみました。

まずは下り列車です。ほぼ運転時刻順です。
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・肥前山口駅で行われるのは列車の分割のみで、全部で19回です。分割後の列車の行き先はすべて長崎と佐世保です。分割前の列車番号が長崎行きに引き継がれ、佐世保行きは1459Mを除いて4000番台となります。このあたりは規則性があります。
・但し列車の種類としてはブルトレ・客車急行あり、電車特急あり、気動車急行あり、気動車・電車ローカルありとバラエティに富んでいます。
・「西九州」は別府発久大本線経由の長崎・佐世保行きのため列車番号が偶数になっています。「出島」と「弓張」の併結では「出島」がメインですが、「西九州」と「出島」の併結では「西九州」がメインです。

 

続いて上り列車です。
197612ntueu
・上り列車の場合は下り列車よりも複雑です。
・まず、336列車や430Dのように始発駅が長崎・佐世保以外の列車があります。
・また、336列車のようにローカル客車列車の併合もあります。
・基本的には長崎方面からの列車と佐世保方面からの列車の併合ですが、「出島2号」では分割と併合の両方が行われます。まず長崎から併結されてきた「ちくご」が切り離されて先に出発し、その後佐世保からやってきた「弓張2号」を併結して、佐賀までは佐賀線に入る「ちくご」の4~5分後を追いかけます。
・「ちくご」と「出島」の併結は上りだけか、というとそうではなく、実は下りにもあります。但し下りの場合は分割併合が行われるのが肥前山口駅ではなく佐賀駅であるため、「肥前山口駅で分割併合する列車」には含めませんでした。小倉からやってきた「出島5号・弓張4号」307Dが佐賀で分割され、「弓張4号」が4307Dとして先発、「出島5号」は熊本から佐賀線経由でやってくる4502D「ちくご」を併結して肥前山口までは「弓張4号」の7~8分後を走って長崎に向かいます。肥前山口駅以外で「出島」と「弓張」の分割併合が行われるのはこれが唯一です。
・356D・430Dでは唯一佐世保線列車の列車番号である430Dが併結後に引き継がれます。これはナゾです。

 

また、肥前山口駅での分割併合には直接関係ありませんが、ちょっとおもしろいネタをいくつかご紹介します。
・先に「肥前山口駅以外で「出島」と「弓張」の分割併合が行われるのはこれ(「出島5号・弓張4号」)が唯一」と書きましたが、「肥前山口駅以外で長崎発着列車と佐世保発着列車の分割併合が行われる列車」ということになると、この「出島5号・弓張4号」以外に夜行の「ながさき」も該当します。「ながさき」の長崎編成は大村線経由であり、早岐で分割併合が行われます。
・340Dと342Dの関係も変わっています。340Dは長崎始発ですが、この時点では博多行きの車両と鳥栖行きの車両が連結されています。諫早に着くと編成が分割され、博多行き車両だけが340Dとして出発するのですが、残された鳥栖行き車両は340Dが出発してから24分後に342Dとして340Dの後を追いかけます。その後肥前山口でそれぞれ佐世保からの4340D・4342Dを併結しますが、その差は徐々に開いていき、鳥栖には340Dの43分後に342Dが到着します。最初は併結されていたものが途中で分割されるものの分割後も同じ路線を追いかけるように走る・・・こんな列車って他にあるのでしょうか?
・「かもめ・みどり」の小倉発着列車の本数が上下で合っていませんが、これは「みどり」を併結しない「かもめ」単独列車があるためです。下り「かもめ5号」2019Mが小倉発長崎行きで、上り「かもめ2号」2012Mが長崎発博多行きです。「かもめ」単独列車ですが付属編成は肥前山口回転車ですので広い意味では「肥前山口駅での分割併合」かもしれません。
・長崎行き339Dは肥前山口で佐世保行き4339Dを分割するのですが、諫早では佐世保発の831D(大村線経由)を併結します。2331D、341Dも同様です。一ノ関駅での「たざわ」「むろね」「さかり」の分割併合のように、A駅でB駅行きの列車を分割し代わってB駅始発の列車を併結する、といった例もありますが、A駅でB駅行きの列車を分割し、C駅でB駅からの列車を併結する、というのも珍しい気がします。
・長崎本線・佐世保線は、交流電化ではよくあるように、電化されたといってもローカル列車はほとんどが気動車か客車です。電車列車は先の1359M・1332Mのほかは佐賀までの1337M・1350Mのみです。
・この界隈での列車の分割併合という点では、肥前山口駅のほかに諫早駅での大村線・島原鉄道、有田駅での松浦線があります。

 

今では上りローカル列車1本の併合が行われるだけになってしまった肥前山口駅ですが、かつてはこのような数多くの分割併合が行われていたのですね。

 

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コメント

同一線路の同一方向へ運転する併合は、確か東北本線で、先行の普通列車の後を急行列車が追ってきて、宇都宮で併結、というのがあったと思います。たしか〔なすの〕でした。
下りも存在した記憶がありますが、ちょっとあやふやです。

ただ、種別が同じとなると、この長崎本線以外記憶にないですね。

貨物列車は有効長や牽引定数の関係でよくありましたが。

北東航21さんが言われた東北本線の事例は、午前中の白河発上野行き急行「なすの2号」が、途中の宇都宮で黒磯始発の普通列車を併合するというものでしたね。仙センの455系が「なすの」に充当される唯一の運用で、ダイヤ改正の度に時刻変動はあったものの、けっこう長い間続いた気がします。時期によっては、その普通列車を途中で「なすの」が一旦追い抜き、宇都宮で待っていることもあったと思います。
下りでそういうパターンはなく、朝方に宇都宮発白河行きという電車の普通列車がありましたから、それで送り込まれていたのでしょう。

「同一線路の同一方向へ運転する併合」という切り口では、上野から上越線水上方面行きの列車と吾妻線直通の列車が、吾妻線分岐駅の渋川でなく手前の新前橋で分割・併合するパターンがありましたね。駅要員の配置を合理化する目的があったと考えられます。行楽シーズンに上野-渋川間で運転された臨時急行「伊香保」は、上下とも定期急行に併結され(下り「草津」、上り「ゆけむり」)、どちらも運転区間が被っているのに、ご丁寧に新前橋で分割・併合していました。これはおそらく、普段新前橋で回転している附属編成を活用したのではないか?と推測しています。なお、115系による「遜色急行」で知られた下り「ゆけむり2号・あかぎ1号」は、高崎で分割して「あかぎ」が新前橋通過で前橋へ向かい、「ゆけむり」は高崎-水上間普通列車となっていました。
あと、本州から鹿児島本線と日豊本線へ直通する客車列車の分割・併合は、小倉でなく門司で行われていました。これは小倉駅の線路配置の関係でしょう。気動車特急「なは・日向」は小倉分割でした。

北東航21さん、クモイ103さん
情報ありがとうございます。

>なすの
これも変わった列車ですね。宇都宮で併結するなら何もわざわざ岡本で追い抜かなくても・・・。

>渋川でなく手前の新前橋で分割・併合
路線の分岐駅で分割併合するのが基本でしょうけれど、諸般の事情でそうはならない例がちらほら見受けられましたね。舞鶴あたりでもあったような。

クモイ103さん、補足ありがとうございます。

急行が普通を岡本で抜くようにしたのは、おそらく急行編成の後部に普通編成を繋げたいのしょう。
先に普通を宇都宮に入れてしまうと、入換が必要になります。

たいへん興味深く拝見しています。
その1ということは、その2以降があって配線図とからませた分割併合の図解に期待したく思います。客車列車の場合、牽引機関車がどのような動きをするのか興味津々です。

北東航21さん
なるほど、そのような気もしますね。ただ、以前ご紹介した宇都宮駅の配線図を見ると誘導信号機が見当たらないんですよね。省略されているのかもしれませんが。

moni5187さん
ドキッ・・・・・(汗)

管理人様 こんばんは、ご無沙汰してます。
同一路線同一方向へ運転する併合は、短区間てしたが、舞鶴線小浜線にもあったようです。
資料不足と記憶が曖昧なのですが、敦賀行普通が東舞鶴迄先行し、その後を追ってきた急行(おそらく丹後敦賀行)と併結後、普通列車敦賀行になって小浜線を進んで行くものです。先行の普通列車が西舞鶴始発だった記憶があり短区間と記述しましたが、もし詳細を覚えておられる方がお見えになりましたら是非ご教示頂きたいです。
また我が地元私鉄には、種別が異なりますが同一方向同一路線に進んで行く分割をする列車もあります。
夜分に失礼致しました。また宜しくお願い致します。

同一路線同一方向分割併合シリーズ

列車の種別は変わってしまいますが、43−10の名寄本線にありました。

 623D 名寄8:21→興部10:08
ここで分割し、
2615D 興部10:14→遠軽11:30→旭川
 623D 興部10:27→遠軽12:20

 634D   遠軽16:09→興部18:15
2614D旭川→遠軽17:36→興部18:46
ここで併合し、
 634D 興部18:53→名寄20:32

2614D、2615Dは急行「オホーツク」です。

舞鶴線のこと、とりあえず昔の時刻表で一番取り出し易いところにあった1973(昭和48)年10月号で確認しました。
(その1)
京都発10:15の901D急行[丹後1号]は12:11着の西舞鶴で分割され、本編成は宮津線へ入って網野行き、分割された4901Dはそのまま舞鶴線を1駅走って東舞鶴12:24着。ここで待つこと14分、福知山から後を追ってきた普通列車955Dが12:38に到着すると、両列車は一つになり、12:44、小浜線普通4955Dとして敦賀(14:56着)へ向かいます。
(その2)
京都発13:22の903D急行[丹後3号]は15:14着の西舞鶴で分割され、本編成は宮津線経由城崎行き、分割された編成はここから普通4959Dとなって東舞鶴15:32着。ここでは15:12に先着していた福知山からの普通959Dが待っており、これを併合してそのまま4959Dとして15:38発、敦賀(17:53着)まで走ります。
逆方向でそういうパターンはなく、小浜線から来る列車と宮津線から来る列車が西舞鶴で併合する単純なパターンのみでした。
分割・併合のメインは路線が分岐する西舞鶴ですが、東舞鶴でも併合作業が行われており、渋川のような駅要員合理化の関係とは事情が異なるようです。

クモイ103様
早速お調べ頂きありがとうございました。
私の記憶が一部合っていて一安心です(笑)
私が覚えていたのは(その2)のパターンですね。普通列車は福知山始発で、丹後は西舞鶴から普通列車だったのですね。
(その1)のパターンはちょっと変わっていますね。急行が先に着いて後から来る普通列車を待っています。宮津線に向かう本編成の時刻の都合でしょうか?
また色々ご教示宜しくお願い致します。

皆様
情報ありがとうございます。
列車種別が異なるものを含めると
>同一路線同一方向分割併合シリーズ (笑)
に該当する列車はそれなりにありそうですね。

またクモイ103さんのおっしゃる通り、西舞鶴と東舞鶴の関係は複雑なようです。

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