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2021年12月 4日 (土)

肥前山口駅での分割併合 その2

今回は肥前山口駅での分割併合時の車両の動きについて、時刻表1976年12月号の編成表と肥前山口駅の発着時刻から考察(?)してみたいと思います。

最初に肥前山口駅の線路配線のおさらいです。
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・下り本線は5番線、長崎上り本線は3番線、佐世保上り本線は1番線です。
・長崎上り場内、佐世保上り場内とも誘導信号機が設けられています。
・分割併合に対応したような機待線や引上線は設けられていませんね。

 

次に列車パターンごとに分割併合の流れを推測します(あくまで推測です)。

1.かもめ・みどり
これは時刻表に編成表が掲載されており、「みどり(佐世保)」が鳥栖寄り、「かもめ(長崎)」が長崎・佐世保寄りの連結となっています。肥前山口駅の発着時刻を見ますと、下りはすべて「かもめ」が先発、「みどり」が後発となっていますので編成との矛盾はありません。上りはすべて「みどり」が先着、「かもめ」が後着となっていますので、「かもめ」は誘導信号機で進入と考えればこれもつじつまは合います。
ただ上りの場合、最短では「みどり」到着の3分後に「かもめ」到着というケースがあり、「みどり」到着→「かもめ」誘導でノロノロ進入→連結前に一旦停止→再びノロノロ接近→連結→「かもめ」のドアが開く、という流れを考えると3分というのは結構忙しそうです。1riomyh
①下りの場合です。まず「かもめ・みどり」が到着します。おそらく5番線あたりではないかと思います。
②編成が分割され、「かもめ」だけが長崎に向けて出発します。
③残った「みどり」が佐世保に向けて出発します。
上りはこの逆になります。誘導信号機が設けられていますので、「みどり」の止まっている線路に「かもめ」がそのまま進入することができます。

 

2.出島・弓張
これは編成表が掲載されていませんが、発着時刻を見ると下りは「出島(長崎)」が先発、上りは「弓張(佐世保)」が先着ですので、「弓張」が鳥栖寄り、「出島」が長崎・佐世保寄りだと思われます(一部例外がありますが、これについては後述します)。
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流れは「かもめ・みどり」と同じですので説明は省略します。

 

3.出島・西九州
これはちょっとややこしいです。鳥栖駅で「西九州(長崎・佐世保)」と「出島(長崎)」の分割併合が行われますので、鳥栖寄りに「出島」、長崎・佐世保寄りに「西九州」となるのではないかと思います。なおかつ「西九州」には長崎編成と佐世保編成がありますので、編成は鳥栖寄りから「出島(長崎)・西九州(長崎)・西九州(佐世保)」となるのが自然です。「かもめ・みどり」や「出島・弓張」とは逆で、長崎編成が鳥栖寄り、佐世保編成が長崎・佐世保寄りです。
時刻を見ると下りは「西九州(佐世保)」が先発、上りは「西九州(佐世保)」が後着となっていますので多分これで合ってるかな、と。いつもいつも佐世保編成が鳥栖寄り、というわけではなさそうです。

まず鳥栖駅です。
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①11時14分、博多からの「出島2号」が到着します。
②続いて11時23分、別府から久大本線経由で「西九州」が到着します。
③「出島2号」と「西九州」を併合します・・・。と、ここまで書いて鳥栖駅の鹿児島上り場内を見てみたら、誘導信号機が書かれていないことに気づきました(汗)。少なくとも2001年時点では設けられていることを確認していましたのでこの時点でも設けられているものだと思ったのですが。誘導信号機がなければ入換ということになりますが、そうであったとしても門司港寄りが「出島2号」であろうと思います。
④11時32分、「西九州・出島2号」が出発します。

次に肥前山口駅です。
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①「西九州・出島2号」が肥前山口駅に到着します。
②「西九州」の佐世保編成が先発します。
③続いて「西九州」の長崎編成と「出島2号」が出発します。
上りはこの逆になります。

 

4.出島・弓張・ちくご
前回の記事に書きました通り、下りは佐賀駅で分割併合が行われます。博多から来た「出島(長崎)・弓張(佐世保)」に佐賀駅で佐賀線から来る「ちくご(長崎)」を併合し、代わりに「弓張」を分割するという作業が行われます。
1976年3月時点での佐賀駅の配線は以下のようです。
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・肥前山口駅と違って誘導信号機は設けられていません。

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①16時56分、佐賀線から「ちくご」が到着します。多分2番線あたりではないかと思うのですが。
②17時15分、「出島5号・弓張4号」が到着します。多分4番線だと思います。
③「ちくご」が鳥栖方に引き上げます。
④17時20分、分割された「弓張4号」が先に出発します。
⑤引き上げていた「ちくご」がバックしてきて「出島5号」の鳥栖寄りに連結されます。
⑥17時28分、「出島5号・ちくご」が「弓張4号」の後を追って出発します。
「弓張4号」の解放と「ちくご」の連結の前後関係はよくわかりません。上の図では「弓張4号」の解放を先としましたが、「ちくご」の連結が先であれば「ちくご」「出島5号」「弓張4号」が一列に並ぶことになります。

次に上りです。肥前山口駅で「出島(長崎)・ちくご(長崎)」に「弓張(佐世保)」を併合し、代わって「ちくご」を分割するという作業が行われます。6ammayh 
①11時41分、「出島2号・ちくご」が到着します。
②「弓張2号」がやってきて誘導信号機により進入してきます。
③11時45分、「弓張2号」が到着し、「出島2号・ちくご」の佐世保寄りに連結されます。
④「ちくご」が切り離され、11時50分に出発します。
⑤11時54分、残された「出島2号・弓張2号」が出発します。

前述の2.では「弓張(佐世保)」が鳥栖寄り、「出島(長崎)」でしたが、同じ「出島」と「弓張」の併結列車であってもこのケースでは連結順序が逆になります。

 

このほかのローカルDC・ECも肥前山口駅の発着時刻を見る限り基本的には下りは長崎編成先発・佐世保編成後発、上りは佐世保編成先着・長崎編成後着なので、佐世保編成が鳥栖寄り、長崎編成が長崎・佐世保寄りと思われます。
例外は339Dと1359Mと342Dで、339Dと1359Mは佐世保編成が先発、342Dは長崎編成が先着です。

機関車けん引列車は次回に。

 

配線図はNZさんよりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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コメント

f54560zgさん、こんばんは。今回も興味深く拝読しました。
「出島・西九州」ですが、竹下気動車区で頂いた昭和53年の気動車運用表にありました。鳥栖-肥前山口間は13両編成で、全て大分運転所の車両です。
「出島」は第4仕業で、門司方から《58,キロ28、28、58、65、58〉の編成、鳥栖-肥前山口では8~13両目。
「西九州」は11仕業の《58,キロ28,65,28,58〉は1-5両目と、21仕業の《28,58〉は6-7両目で、ご考察の通りと思います。
鳥栖の入換は先着の「出島」が一旦引き上げていたのでしょうか?乗務員運用表があればわかりそうですが、竹下区の乗務員ではなかったようです。

かもめ+みどり、出島+弓張のいずれも、下りは本線の5番より4番使用が多かったように記憶していますが、記憶違いですかね?
昔はこのホームに手押しワゴンのうどん屋がいました。麺と具材の入った容器ごと蒸されて保温してあり、売る時は取り出してワゴンのコックを捻ると蛇口からスープが出てくるという仕組みでした。
列車の分割併合で相応の時間があり、それなりに売れていたようでしたが、現在はかもめ・みどりが独立運行。うどん屋はもちろんなく、通学時間帯以外はガランとして寂しい駅になってしまいました。

連張りご容赦下さい。
私が乗った折は、上りかもめ・出島が先に肥前山口に接近して場内信号で停止。その脇をみどりや弓張が慌てて駅に滑り込み、その後誘導信号で場内進入〜併結というパターンばかりでした。

3RT生さん
>鳥栖-肥前山口間は13両編成
13両編成の気動車急行、今では考えられないですね。壮観であったろうと思います。

キハ65さん
>手押しワゴンのうどん屋
ホームにある立ち食いのそば・うどん屋さんは珍しくありませんが、移動式とは変わっていますね。

>かもめ・出島が場内信号で停止
佐世保編成到着から長崎編成到着までの時間が意外なほど短いので、先に長崎編成をスタンバイさせていたのですね。

管理人様皆様こんばんは。
この記事の時代には有りませんが、みどりと併結する上りかもめの誘導信号機による低速運転の距離を縮める為に第2場内(?)を設け、そこに誘導信号機を設置したんですよね。そのおかげで1分半程度時間短縮出来たらしいです。
今ではその誘導信号機も使われる事は殆どなく、更には肥前山口の駅名も変わってしまう予定だとか。
なんとも寂しい限りです。

しげぞう@さん、こんにちは。
>第2場内
おっしゃる通りです。
「長崎本線配線図 その2(鍋島~肥前山口) 追加」の記事の「長3第二場」がそれですね。
かつては車両と人が賑やかに動き回っていたことを思うと寂しいです。

皆さま、こんばんは。
13両の「出島・西九州」の編成を先月コメントさせていただきましたが、55年当時のメモを見ると少し違っていました(一部の向きが逆)ので、訂正がてら拙ブログに記事を書いております(佐賀駅での画像が発掘されました)。「ちくご」の併結編成、49年頃は16両分あったようです。ご笑覧いただければ幸いです。

3RT生さんのブログ、このところご無沙汰してしまって申し訳ありません(汗)。じっくり拝見させていただいてこめんとさせていただきますね。

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