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2021年12月21日 (火)

長崎本線配線図 その5(西諌早~長崎)

長崎本線の配線図のご紹介の5回目です。
今回は西諌早駅から長崎駅までです。

最初は1976年3月です。(※1)

19760313ntks
・西諌早駅は1985年の開業ですのでこの図には描かれていません。
・諫早~喜々津間は1969年に複線化され、さらに1972年には喜々津~市布~浦上間の新線が開通しています。
・市布駅は1番線が上下本線で、2番線は待避線です。

19760314oejd
現川駅の配線は一風変わっています。待避する上下列車の間を特急が通過していく、といったことがあるのでしょうか。
現川駅の上場はトンネルの中です。

19760315sdnl
・肥前三川(信)はトンネル内にある信号場です。

19760316tgol
・長崎駅は巨大ですね。
・図の左から貨物着発線を含む貨物扱い設備、長崎機関区、長崎客貨車区、そして右上が旅客ホームでしょうか。
・ただ国土地理院の空中写真を見てみましたら、実際の雰囲気はこの図とは異なるように感じましたので、その空中写真を掲げます。CKU7420-C20-8(1975年3月)を加工したものです。
Cku7420c208r
・貨物扱い設備~機関区~客貨車区~旅客ホームはほぼ並列配置ですね。
・一番端の貨20番線(?)は浦上川に接する形です。白く見える貨車はレムとかレサでしょうか。

 

続いてほぼ現時点です。(※2)

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・前述の通り西諌早駅は1985年の開業です。
・新線と旧線は「市布」「長与」という呼び名で区別されているようです。

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・市布駅は一線スルーです。

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・浦上~長崎間は1990年に複線化され、2020年に高架化されました。

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・高架化されて地平時代の趣は消え失せてしまいましたが、切り欠きの4番線や電留線の配置が個性的な配線になりましたね。

 

配線図は
※1印・・・NZさん
※2印・・・キハ65さん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

1976年の図で長崎駅1番線にホームが描かれておらず、空中写真でも無いように見えますが、1996年に私が撮影した写真では片面ホームがあります。後に増設されたのでしょうか。

「長崎港方」の文字が気になります。空中写真ではわかりにくいですが、道路を横切り、建物の間を縫って右の方へひょろっと延びている線路が1本だけあります。
かつて2回ほど廃線跡を辿って歩いたことがあります。
1回目は1990年3月、かなりの区間で線路敷が残っていて、レールや枕木は撤去されていましたが、途中に132km1/2のキロポストが残っていました。
2回目は1996年12月、この時は遊歩道が整備されていました。
長崎港駅の配線図は無いものねだりになるのでしょうね…

連投失礼します。
「5回目」とあって、「最終回」とは言われていませんでしたね…

現在、長崎駅は新幹線の進捗により大規模工事の真っ只中です。
この工事が始まる前の状況では、1番線の場所には、0番のりばと称するホームがありました。国鉄時代と思しき駅名標が残存したのが味わいでした。
また長崎港方が廃止され、頭端ホームになり0番〜4番のりばが跨線橋や地下道なしに平地で歩いていける構造でしたが、4番線は存置されたままでした。ホームがないこの線の不思議でたまらなかった思い出があります。

NZ様ご提供の配線図では1番線にホームがないですね。元々、この線は図の2番線の機回り線だったと記憶しております。後に列車本数の増加対応で鉄骨ホームが増設されたはずです。
機回り線があった時代、NZ様の図の2番線が0番ホームタッチだったような・・・幼い頃の事で確証はないのですが。

皆さまこんばんは。
長崎1番線が着回り線の頃の配線図が、「九州鉄道の記憶Ⅳ 蒸気機関車の勇姿」加地一雄編(西日本新聞社、平成17年)に出ていました。機械連動時代の姿ですが想像するだけでワクワクします。連動図表から出版用に製版されているようで、九州の機関区所在駅の配線図がほぼ網羅されています(SYさんご提供の佐賀駅配線図もこちらでしょうか)。蒸気機関車の写真も素晴らしくおすすめの一冊です。

引き続き貴重な配線略図の公開をありがとうございます。

長崎駅の配線略図ですが、貨13~20番線が一度収束してその先、線路は、長崎漁港・魚市場へと続いていたようなのですが、1976年3月の線路図では省略されているようです。運転用の線路図だからでしょうか。

(記事本文の写真ですと、下の方(浦上川よりは上)右側へ線路が続いているのがわかります。)

例の小学館の本ですと、それらも描かれているようです。

今昔マップ
https://ktgis.net/kjmapw/index.html
で、長崎駅周辺を見てみると、1954年、1970年、1982〜1983年の地理院地図では、この線路図のように4番線の先から、長崎電軌が通る道路に沿って出島〜大浦のあたりまでのびている線路(1)と、KASAさんご指摘の貨物線から旭大橋に向かう道路の下を潜って現在の長崎県庁や長崎県警の庁舎のあたりにのびている線路群(2)が描かれています。

(1)は地理院地図では、出島岸壁で分岐線があり、大浦海岸通電停あたりになる終端部で分岐していたようです。
(2)は、岸壁に沿って建てられた建屋(倉庫?)の裏手に線路が3本描かれています。

元の資料が「架線範囲図 及び 信号機位置図」なので、架線も信号機もない線路は適宜省略したのかもしれませんね。

その代わり、架線のセクションなどは詳しく書かれています。
入換信号機が書かれていないのは、設置されてなかったのか(構内運転はしないで、必ず誘導がつく)、省略したのかはわかりません。凡例にも載っていません。

皆様、コメントありがとうございます。

>0番線
休主さんのコメントの通り、高架化前の前面展望動画を見ますと0番ホームが確認できますね。

>長崎港
大変申し訳ありませんが、長崎港駅の配線図はありません。6回目の最終回は長与経由の旧線になります(汗)。

>九州鉄道の記憶Ⅳ
3RT生さん、情報ありがとうございます。要チェックですね。

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