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2021年10月16日 (土)

秋田配線図

阪和線関係を終了して、東北地区に戻ります。
今回は秋田駅です。

 

1958年6月(※1)
195806tka
・旅客駅のほか、貨物駅、貨車操車場、機関区、(多分)客貨車区といった、すべての機能が集中して配置されています。
・機関区には転車台のほか三角線も設けられています。

 

1961年1月(※1)
196101tka
・1960年8月に秋田操車場が設けられ、同時に秋田~秋田操間が複線化されました。
・秋田操車場の開設により秋田駅における貨車操車の役割は軽減されたのではないかと思うのですが、全体としては大きくは変わっていません。
・図の中の表を見てもわかる通り、この時代秋田駅付近には秋田機関区と秋田客貨車区が設けられていたようです。

 

1977年3月(※2)
197703tka
・見づらいので2つに分けます。

1977031tka

1977032tka
・1975年8月に奥羽線福島方が複線化されました。
・表1番線は男鹿線旅客列車発着用に転用されたようです。
・三角線は姿を消しました。

営業範囲や車両基地関係の変遷は以下のようです。
・1964年10月に秋田操車場で貨物の取り扱いが開始され、同時に秋田駅での貨物扱いは小口混載と専用線発着以外は廃止されました(秋田駅の完全旅客駅化は1980年9月です)。
・1968年度までに秋田客貨車区が秋田客車区と秋田貨車区に分離され、貨車区は秋田操付近に移転したようです。
・1971年3月に秋田機関区の気動車部門と秋田客車区が統合されて秋田運転区が発足しました。
・1971年8月に秋田~青森間が、1972年8月には新津~秋田間も電化されました。この頃秋田機関区は秋田操付近に新たに設けられた機関区設備に移転し、従来の秋田機関区は秋田機関区秋田支区となったようです。
・1975年10月には羽前千歳~秋田間が電化され、秋田運転区に電車が配置されることとなりました。
・整理すると、秋田駅の機能は、
  旅客駅→引き続き秋田駅
  貨物駅→秋田操駅に移転
  貨車操車場→秋田操駅に移転
  機関区→機関車は秋田操駅付近に、気動車は秋田運転区に移転
  客貨車区→客車は秋田運転区に、貨車は秋田操駅付近の秋田貨車区に移転
となって、秋田駅は旅客扱いに専念することになったということですね。
(ただ1975年の空中写真を見ますと、旧客車区や表4~12番線あたりに多くの客車が止められている様子が確認できますので、このあたりは秋田運転区の客車派出のような形で存続していたのかもしれません。)  

 

1979年12月(※2)
197912tka
・ホームが1面増設されました。おそらく1978年10月改正時ではないかと思います。
・かつての仕訳線群はまだ残っています。

 

2009年5月
200905tka
・これは以前ご紹介したものです。
・1997年3月に秋田新幹線が開通しています。
・ようやく旅客の取り扱いのみを行う駅の姿になったという感じです。

 

配線図は
※1印・・・NZさん
※2印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

1958年版配線図には構内裏にデルタ線があったのですね 戦時中に転車台が空襲で破壊された時の用心に設けたのでしょうかね 1960年版でも未だ存在していたのですね 1977年版の北部突込み線はデルタ線の残存部分なんでしょうね

空中写真を見てみましたが、おっしゃる通り北部突込線はデルタ線の残骸のようですね。

36-10改正で大阪行き特急白鳥と上野行き特急つばさの秋田駅同時発車が設定されたのですが、配線を見る限り島式ホームでの対面乗り換えにはならないようですね。
白鳥が羽越下り、つばさが羽越上りか奥羽上りから出発でしょうか。

分岐付近で撮影された両列車の画像が上がっているサイトに場内信号機も映り込んでいます。
https://nihonisshyu.blog.fc2.com/blog-entry-640.html

白鳥とつばさの同時発車、さぞかし壮観だったのではないでしょうか。
双方の運転士さんはこれを意識した運転をしていたのかも・・・。

>デルタ線
何となく気になり、国土地理院の空中写真を見ていますと、1962/09/15(昭37) MTO628-C23-7とMTO628-C23-8で、デルタ線の頂点にSLが写っていて、機関区側から煙が上がりバックで入ったように見えます。-7は-8の約13秒後の撮影で、SLが転車台にも載っていて時計方向に回り、デルタ線のSLは機関区側に正面を向けて走行中のようです。
撮影日時の秋田地方気象台の9時の気象データも見てみますと、東南東の風4.8m/sで煙が流れている方向とほぼ一致し、雲量4の為くっきり写っていると思われます。

おっしゃる通り、わずかな時間差での動きが見て取れますね。
南(下)の方でも気動車でしょうか、1両が動いていますし。

配線には直接関係ありませんが、1958年の集結区分を見ると、関西方面が吹田以遠、大阪市場、神戸市場、丹波口と4通りもあります。
北前船からの伝統でしょうか、関西向けの貨物が多かったようですね。

おおやさん
恥ずかしながら集結区分の表の見方をよく知らないのですが(汗)、関西方面との結びつきの強さはなんとなく理解できますね。

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