« 津田沼~千葉間の複々線化 その7 | トップページ | 大館配線図 »

2021年7月 8日 (木)

都賀~成田・八街配線図

津田沼駅~千葉駅の複々線化の記事の延長で、総武本線都賀駅~八街駅及び成田線佐倉駅~成田駅間の配線図をご紹介します。
基本的には1979年10月時点のものです。

28_197910gt

29_197910dk
・四街道駅の東京方には本線上にSSSがあります。幕張駅もそうでしたが、最近は嫌われる設備のような気がします。
・待避線が0番線というのも変わっています。

30_197910im

31_197910ks
・佐倉には機関区と客貨車区があります。機関区は歴史が古く、かつては転車台もありました。
・東京方の「客留線」は何でしょうか。かつての旧線のように見えるのですが。
・それにしても仕訳線群が充実しています。

32_197910kk
・佐倉客貨車区は錦糸町支区の移転のようですので比較的新しい設備です。

33_197910ss
・ここからは上段に成田線、下段に総武本線が並走します。
・本佐倉(信)は複線化の過程で誕生した信号場です。この7年後に複線化の完成により廃止されました。
・このあたりは現在でも成田線が複線であるのに対し総武本線は単線となっており、成田線の方が格上のようです。

34_197910ts
・酒々井駅にはホームのない中線があります。
・榎戸駅は1番線・2番線のどちらとも上下列車の進入・進出が可能ですが、一線スルーのような使い方はしていないようです。

35_197910tn
・並木(信)は本佐倉(信)と開業も廃止も同じです。
・八街駅には本線用の安全側線はありません。

36_197910tn
・成田運転区(旧成田線管理所。さらにそれ以前は別の名前だったと思われます。)が設けられていました。DCとPCが配置されていましたがPCはその後佐倉に集約されたようです。
・転車台があってもよさそうですが、佐倉に近いせいか昔の空中写真を見ても見つけられませんでした。
・燃料輸送の側線が松岸方で分岐していたハズですが、この図ではギリギリ範囲外のようです。

 

ついでに、前面展望動画から見た最近の佐倉駅と成田駅の様子です。

81_201900ks
・機関区は廃止され、客貨車区も廃止されたようですが線路は電留線として残っています。
・ホームも島式2面となって大きく変わりました。

82_201900tn
・成田駅はホーム部分は基本的には変わっていませんが、空港支線が開業して分岐点まで複線になりました(実際には分岐点も成田駅の構内なので複線という表現は適当ではないかもしれませんが、2km程度の長さがあるので実質的には複線ですね)。
・但しこの「複線」区間、単純な「複線」ではありません。上り線に相当する線路を走行できるのは上り列車のみですが、下り線に相当する線路は下り列車だけではなく上り列車の走行も可能になっているんです。実際にそのような(下り線を上り列車が走る)使い方をしているのかどうかはわかりませんが、なんとも微妙な設備です。

 

配線図はNZさんよりご提供いただきました。
ありがとうございます。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。

« 津田沼~千葉間の複々線化 その7 | トップページ | 大館配線図 »

コメント

貴重な線路図をありがとうございます。

特に佐倉や成田は見ごたえがありますね。

四街道駅の千葉寄りのシングルスリップはこの時代すでに設置されていたのですね。

最近の成田駅の空港支線合流部からの複線区間ですが、下り線側(上り副本線)の場内信号機のところにのみ誘導信号機があり、成田で併結があるときに上り列車が下り線を走行するとどこかで読んだ記憶があります。

ただ、現在このような運用があるか否かは不明です。鉄道ピクトリアル2021年3月でも例としてあがっていなかったような・・・。

成田線の久住方面からの列車は併結が無い場合、どちらを走るのでしょうかね。

総武本線物井と佐倉間の寺崎隧道付近に単線時代に別ルートで有ったと思わしき線路跡が複線構造の隧道物井側から左方向へ直線で伸びていた現在線は右へ少しカーブして隧道へ向かっている隧道を抜け直ぐ佐倉駅構内であり旧線路跡は確認できなかった電化複線化でルート変更したのではと思うのです
所用で一時八街迄総武本線をよく利用していた関係でこの沿線は熟知してました唯それでも今から20年位前ですが・・・此の当時既に佐倉駅の貨物施設は廃止され駅舎側の銚子成田よりは広大な空き地が広がつて折最盛期には貨物扱い施設や仕分け群線が有った事は頷けました 今回の配線図で全盛時代の佐倉駅が主力駅で有った事が解りました

今回の配線図は成田線は佐倉から本佐倉迄単線で併設されている今一つは総武本線で有り単線並走区間ですね 後に佐倉本佐倉間が複線かされ総武本線は電留線外れで渡り線と右分岐で別れ南酒々井へ勾配を登って行きます(すいません若しかしたら感違いかもしれません佐倉で分岐してたかもしれません)

KASAさん
成田駅は、下り線の上り使用がないとすれば、松岸方からは1・2番線にしか到着できないという、妙に制約が多い配線ですね。松岸方の曲線がその原因なのでしょうか。

yyoshikawaさん
昔はトンネルを避けて迂回していたように見えますね。

快速停車駅の停目が13両まであるように、この時期の快速列車の最大両数は13両でした。しかし目前に迫った「SF直通」による15両化に備えてホームは15両分の300m以上が確保されているのがわかります。四街道駅のシングルスリップは、1番線(上り本線)の15両対応化で用地捻出のため設けられたのではないでしょうか。

>f54560zgさん、

たいへん失礼しました。たしかに下り線からですと1,2番線にしか到着できないのですね。

今回拝見させていただいた線路図で松岸方の曲線の状況がよくわかりますね。79年10月当時はなかった松岸方から1番線への分岐も随分ギリギリにつけた感じがします。

>クモイ103さん、

四街道駅のシングルスリップ設置は、15両化対応のためだったのですね。ご教示ありがとうございます。

>KASA さん
私のは全くの推測ですから。でも現地を見れば、用地ぎりぎりの苦しい配線状況から、いかにもそういう経緯だった様に感じられます。
なお「用地捻出」と書いてしまいましたが、正確には「用地節約」でしょうね。

1941年の映画「指導物語」は陸軍鉄道連隊の若い兵士がベテラン機関士の指導を受け、一人前の機関士となり中国へ出征するまでの物語ですが、鉄道省の全面協力の元、千葉周辺で撮影されました。
冒頭で2両のC58が並走するシーンがあるのですが、佐倉駅の総武本線と成田線の合流部で撮影されてます。
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Film-Shidou_Monogatari.jpg
他にも千葉機関区で撮られたシーンもあります。戦前の貴重な映像なのですが、VHSでは発売されたことがありますが、DVD化はされてません。

KASAさん
私の方こそ失礼しました。誘導信号機を見落としていました(汗)。前面展望動画からですとなかなか難しいところがあります。

クモイ103さん
スリップスイッチは用地の節約に有効ですが、近年は新宿とか小山とかで撤去されるなど嫌われ者の感が強いですね。

北東航21さん、情報ありがとうございます。
総武線と成田線は結構長い距離を並走していますので迫力あるシーンが撮れそうです。


成田線の、成田駅構内の下り線を上り線として使う列車は、それなりにあり、2021年ダイヤなら(全部把握してませんので)、例えば、
3622F(15両)が3番線に入る、428M(8両)は2番線に入る。
普通の人なら逆で良くない?、と思われるでしょうが、成田駅の着発線ホーム有効長の都合で、
1,3番線が15両対応、2番線は11両まで、5,6は10両まで。
または、2434M→2433Mの列車が5番線使用、2446M→2447Mや2450M→2453Mも同じく。
3960Fや4618Fも3番線使用。←このうち3960Fは、おそらく、銚子運輸区or佐倉運輸区以外の仕業で、松側から3番線へのルートを忘れないようにする為の訓練を兼ねているような気がします。
4618Fは成田接続の佐原行き1463Mが2番線からなので対面乗り換え対応しているかと。

あっ、鹿島貨物を忘れちゃいけない。
下りの鹿島貨物は成田4番線を通過していく、一方、上りは、14時位の上りが1or2(忘れた)番線、17時位の上りが4番線(運転停車有り)。つまり、松(上り福本線)→4番線のルートも使われる。

多少追加

松・空から1,2番線を使うのは上りNEXは全部(成田停車列車は1番線を通過は2番線固定だったのが2番線から佐倉へのルートと佐倉から3番線へのルートが平面交差して同時に使えないので1番線通過ルートも出来た)、空からの快速の大部分、松からの千葉方面行き一部普通(例、426M)。

松・空から第二場内信号機で1,2番線ルートを作製出来なくはない、だって我孫子方面から(または我孫子方面への)1,2番線ルートがあるからポイントは存在していますから。

あとは、手品列車を。
1455Mで成田5番線に到着した列車は、END変えして、入れ換え信号機の現示(0と表示)に従い佐倉側引き上げ線へ、10~15分後2457Mとして5番線に現れる列車は同じ編成。つまり、なんだかの臨時列車が走っても構わないようにホームを開ける仕業になってる。

成田駅の構造的な問題は先に上げたとうりなんですが、理想は、
1,2番線からの我・松への出発信号機を過ぎたらポイントで収束し、また、分岐する、ので、
2番線ホームの終点側を削り1,2番線からの線路が並べるようにし、2番線が15両対応ホームにしてそれより末端側に出発信号機やその先にシーサースを置けば・・・。まあ、エレベーターを移設っていう難問がありますが。

佐倉客貨区

先代のNEXの車両配属になった大船に253系3両21本=63両増えたが納める所が無い→佐倉客貨区跡地を再整備して60両は納める所を作った(実際にはNEXが使うんじゃなくてNEXに押し出された当時の113系が使う形になりましたが)。
千葉支社は、15両×4本の外泊を上手く使って、佐倉始発を増強してたり。

四街道のシングルスリップ、確かに嫌われ者ですが、前後の曲線や踏切都合で普通分岐にお取り替えは不可能に近い。
今更、内方分岐や外方分岐ってわけにもいかないですし(これはカントとか平面以上に保守が難しい)。

なので、上り列車は90の制限を受ける(もっとも、その先が曲線なんで減速は必要ですけど)。

成田駅

成田駅構内の、松・空分岐点までは、ダイヤ乱れ時には効果ありまして、昼間時間帯の下り快速と上りNEX、ダイヤどうりなら、成田駅の平面交差していた場所付近、つまり、上りNEXが1番線通過ルートを下り快速は3番線をの辺りですれ違いますが、NEXが遅れると、それが、だんだん末端側に近くなり、最後は、下り快速が第三出発信号機の直下ATS-P地上子手前で停車で、上りNEXが上り本線を走って行く。

成田線の松方面も、成田分断がなければ、同じような光景が見られましたが、今は・・・。

成田駅

我孫子方面から(または我孫子方面へ)のルートが1~5番線に入る為の片渡りがある付近は、曲線では無い普通レールですから、あの辺りなら、空・松側から3~5番線の分岐(ポイント)をいれられなくはないです。

LとR(総武本線と成田線)

今でもそうですが、総武本線と成田線はLとRの向きが逆です。

今だったら椎柴~松岸とか、ATS-Pの地上子を見ていったら、途中でLとRが替わるから、設計する信号区の人とか頭の中混乱しそうで大変そう。

ちなみに、鹿島線のLとRは成田線とそろっていたり。

通過せんさん
成田駅の松岸方の曲線がいろいろな制約を生み出しているのでしょうか。下り線の逆走も苦肉の策なんでしょうね。

成田駅は、我・松側の曲線が完全に曲者で、今でこそ大部分が整理されていますが、こちらの資料のとうり昔は内方分岐、外方分岐が・・・、そこに入れ換え標識の進路が絡んで・・・。
空港方面ルートが出来るまではほぼこのままの構内で、空港方面ルートを作るときこのままでは3番線しか空・松方面ルートの15両が扱えない(略図に有るように2番線の酒々井側に変な切り欠きあるとおり2番線は切り欠きホームだったそうです)ので2番線の線路有効長やホーム有効長の末端側を短くしてまで、空・松から1番線のルートを作ったまでは良かったが、こんどは1,3番線しか15両が扱えないという・・・。

成田駅は正直、空港建設絡みで西口が開発されたわけですが、その際に、京成交差部~我孫子方面から場内位の間を一直線に高架橋を建ててしまう発想は無かったのかと・・・(旧駅部分は電留線として使う)、東口側は空港連絡バスの着発場としても広く使えますし・・・。

ちなみに、今の成田駅の末端側は、こちらの作者の略図どうり、我・松・空、と3つの方向テコがありますし、松・空は上り複本線になる下り線が絡んで、ダイヤ乱れ時は運転順序とホーム有効長考えて扱わないと、詰み、になってしまう(故障したNEXをホーム収容した場合とか!)。

あっ、空港方面が出来た後の松側つまり久住との方向テコ絡みで上り第一閉塞信号機が注意現示ばっかりで、松方面からの上りが遅れまくったり。今は、問題の上り第一閉塞信号機が成田駅よりにかなり移設されたのであまり遅れなくなりました。これも空港方面ルートが出来てからの長い顛末が・・・。

成田駅は各ホームの有効長による制約も大きいのですね。空港最寄り駅ゆえの悩みでしょうか。
松岸寄りの1番線~2番線間の渡り線もかなり窮屈な感じです。

今更ですが四街道0番線
今は71分岐機は保守用車が分岐側に通るだけ、ですから、71が定位の時はホーム下から稼働式ステップを張り出しておいて、15両が扱える面にしてしまえば、運転整理が楽になるかも?。
71を反位にしたときに、ステップが収納。
当然、稼働式ステップが張り出して無いのに0番線進入されては困りますから、ステップに回路遮断器組み込んで・・・。

東急の梶が谷4番線(外方分岐機を付けた為に客扱い出来なくなり固定柵で封鎖中を客扱い面に戻すとか)に応用出来そうですが。

通過せんさん
それって特許モノかも。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 津田沼~千葉間の複々線化 その7 | トップページ | 大館配線図 »

過去の記事

2021年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ