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2021年6月23日 (水)

津田沼~千葉間の複々線化 その4

引き続き津田沼~千葉間の複々線化の過程のご紹介です。今回は1981年7月頃です。

51_198107dt
・複々線化が完成しました。
※切換によって信号機の名称が変わるようすがわかります。

52_198107hm
※乗務員の線見用の図面なので、快速線の幕張駅停目が詳細に書かれています。
※第二木下街道踏切は、アンダーパスになって廃止されました。
・幕張駅快速線の中線の千葉方には機待線と思われる側線があります。燃料輸送列車を快速線走行に移行させるための対応だと思います。
・待合線というのも変わっています。ここから入区するパターンもあるのでしょうか。
・幕張駅付近にBrMがありそうです。わずか2m程度ですが。

53_198107ik
※稲毛駅に快速が停車するようになるのは、56年10月1日からです。
・新検見川~稲毛間にもBrMがありそうです。7m程度ですが。

54_198107bs
※黒砂信号所の停目が書かれています。
※千葉駅の第1場内は、西千葉駅より東京寄りにあります。
※房総方面下り線が、総武方面上り線を乗り越す立体化が完成するのは、56年12月です。
※快下第3場内から登戸Boの手前までは総武上り列車、房総上下列車が共用する、輸送上の隘路です。
・千葉駅のキロ程も600mぐらい変わっています。これは大きい数字ですね。

 

※印はNZさんからいただいたコメントです。

 

配線図はNZさんよりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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コメント

複々線化の切替工事は大規模なもので、前日の午後から津田沼~千葉間を全面運休して行われました。
沿線の某大学鉄研の有志数名で足かけ2日間にわたる密着取材を敢行したのを懐かしく思い出します。

工事後、燃料輸送列車の幕張折返しは快速中線で行われるようになりましたから、機待線も緩行中線と同様に作られました。
3か月後の1981年10月1日に開業する幕張本郷駅のホームが既に描かれていますね。

補足です。複々線化工事は昭和56(1981)年7月5日~6日に行われました。
なお、複線時代は内房線と外房線から朝に1本ずつ、上りの113系普通列車が千葉で終着とならず幕張まで各駅停車で直通運転し、電車区へ入庫していました。幕張で下車せずそのまま乗っていく人がちらほらいたので、職員輸送を兼ねていたのでしょう。

津田沼~千葉間の複々線化は結構大きな注目イベントだったのですね。

クモイ103様

内房線・外房線方面からの幕張(電車区)行き列車の話は、石野哲著「時刻表名探偵」に出ていました。一般客は幕張駅までで、そこから電車区まで職員専用になる、と紹介されていました。

こまがね伊那天竜さま
情報ありがとうございました。やはり職員輸送が関係していたのですね。

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