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2021年5月 9日 (日)

大鰐配線図

今回は大鰐駅です。

1961年1月(※1)
195806wo
・接続する私鉄は、この時代はまだ弘前電気鉄道です。弘南鉄道となるのはこの9年後です。
・上り本線には安全側線がありますが下り本線にはありませんので、この状態では同時進入はできません。ですので上り本線の安全側線にどのような意味があるのかが不思議です。
・青森方の砕石線は、空中写真を見ると本線に沿って駅から1km程度続いているようです。

 

1977年3月(※2)
197703wo
・上り本線が中線となり、上り1番線が上り本線となりました。
・上り本線にしか安全側線がない状態は変わりませんが、下り場内は警戒を現示できますので同時進入は可能ですね。
・図中の〇31R、〇32Rは何でしょう。最初は鎖錠てこかと思ったのですが、いろいろとつじつまの合わないところが・・・。

 

1978100201
・1978年10月2日撮影です。下りホームからです。

19781002b01
・同じく1978年10月2日です。駅本屋です。フローリアンです。

 

配線図は
※1印・・・NZさん
※2印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

上り本線にしかない安全側線ですが、上り線群及び社線の入換作業に際する下り方への防護目的でしょうか。航空写真で見る限り、8ロと11の間にはやや距離がありそうなので、両数を欲張らなければ作業ができそうです。

pogeさん
なるほど、列車同士ではなく列車と入換との競合の防止ですね。それなら納得です。ありがとうございます。

いすゞフローリアンのタクシーとはレアーな写真ですね・・いすゞの乗用車は他社に比べ玄人好みに車種が多かった様に感じます 父親がいすゞに勤めていた関係で良く身内褒めしていました(免許が無いので運転はしてません)
話は変わりますが或る模型屋さんで委託品として弘前電鉄開業記念の生写真アルバムが売りだされていました工事中等の写真が主でしたので余り興味が無く購入しませんでしたが今となっては貴重品だったと思います 弘前電鉄は戦後に開通した私鉄で開通当初秩父鉄道の木造電車を譲り受け運行していた現在は東急ステンレス車が運行してますね 嘗て弘前電鉄でも貨物輸送もしておりました貨物用の電気機関車は用意せず電車が貨車を牽引するミキスト運行でした

その昔は地方の中小私鉄でも貨物営業をしていました。同時に荷物営業も行っており、物品輸送を支えていたようですね。

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