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2021年3月14日 (日)

片町線配線図 その2(松井山手~忍ケ丘)

片町線の配線図のご紹介の2回目です。
今回は松井山手駅~忍ケ丘駅です。

長尾駅についてはこちらの記事もご覧下さい。
 長尾 1980/2/26

 

最初は1955年1月。(※1)
19550102onog
・中間駅である長尾駅は40年近く電化非電化の境界でした。4扉の通勤型電車が走る線区としては長尾駅のようなケースは珍しい気がします。
・長尾駅の1番線は木津方で途切れています。電車は1番線、気動車は2番線でしょうか。
・津田駅と星田駅には祝園駅・田辺駅と同様ホームのない中線が設けられています。それほど貨物輸送が重要だったのでしょうか。
・同じく津田駅と星田駅には軍事関係の側線があります。津田駅の方は場内信号機らしきものも描かれていますが、出発信号機は見当たりません。
国土地理院地図の空中写真で見るとこんな感じです。
02196105mkk612c18248
・津田駅付近です。MKK612-C18-248(1961年5月)を加工したものです。

03196105mkk612c2174
・星田駅付近です。MKK612-C21-74(1961年5月)を加工したものです。
・側線の終端が気になる方は国土地理院地図の空中写真閲覧サービスをご覧下さいませ(汗)。

 

続いて1959年1月。(※1)
19590102onog
・ちょっとわかりづらいのですが、長尾駅の1番線はやっぱり木津方が途切れているような気がします。

 

続いて1976年3月。
19760002onog
・前回同様これは私が現地調査したものですのでちょっと怪しいかも(汗)。
・長尾駅はあたかもスイッチバック駅のようです。
・津田駅は島式ホームに変わっています。
・河内磐船駅のホームも線路の反対側に移ったようです。

 

続いて2002年3月。(※1)
20020302ogty
・1979年10月、長尾~四条畷間が複線化され、同時に藤阪駅、東寝屋川駅が開業しました。
・1989年3月、木津~長尾間が電化、松井山手駅が開業、松井山手~長尾間が複線化されました。
・2002年3月、松井山手駅での付属編成の解結が廃止されました。
・松井山手駅の下り場内信号機は付属編成増結の名残ですね。
・長尾駅には電留線があり、入信も設備されています。
・長尾駅以西は棒線駅が続きますが、閉そく信号機の番号は駅を境にリセットされて連続していません。津田駅を例に取れば下りは場内に相当するものが下り第ゼロ閉そくで、出発に相当するものが下り第4閉そく、上りは場内相当が上り第ゼロ閉そく、出発相当が上り第2閉そくとなっています。

 

最後に2020年頃。
20200002ogty
・前回同様これはYoutubeの前面展望動画から私が作成したものです。
・駅の新設に複線化で見違えるほど変わりました。
・棒線駅が増えて趣味的には面白味が欠けてしまいましたが(汗)。

 

2021年3月23日、2002年3月の配線図と文を追加しました。

 

配線図は
※1印・・・T.Mさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

1973年頃、まだ小学生でしたが、「乗り鉄」として片町線京橋→木津間をに乗車しています。
長尾駅での気動車の折り返しの際、駅員氏が「奈良~長尾」のサボを裏返して「木津~長尾」に変えようとしていました。ホーム側はすぐに裏返すことができたのですが、反対側には客室から手が届かず、「田辺駅に電話をして裏返してもらおう」という会話がありました。
木津行きでは、長尾駅では右側扉 田辺駅では左側扉が開いていたことになりますね。ですから、1976年の長尾駅の配線はこんな感じだったと思います。

平成9年に長尾で週一回仕事をする機会があり、
学研都市線を利用していましたが、その年の
秋頃までは、昔のDC用ホームがまだ残っていまして、
ホームへ向かう階段のみがふさがれていました。

暮れでしたか、年明けでしたか記憶にはありませんが、
そのあたりに旧ホームは撤去されましたね。

あと、昭和62年3月に高校を卒業した同級生たちの
中には、同志社へ通うようになった者も
結構いたのですが、長尾から同志社前までの移動で驚きと難儀を覚えたという声を
よく聞きました。

2両のディーゼルカーで、冷房もありませんでしたから、
知らないと驚くでしょうね。

忍ケ丘(しのぶがおか)界隈を庭にしていた時期があります。行きつけの駅前会館で初のヨヨヨが表示されました(^^;)。東寝屋川(現 寝屋川公園)から乗った記憶はありますが、近代的で平凡すぎたのか、鉄趣味的な要素はあまり覚えてないのです。

懐かし的には、長尾以東が気動車だった頃や、四條畷以北が単線だった頃のように思います。

手元にある唯一の時刻表1973/3を見てみますと、当然のごとく長尾~片町間は初電終電、奈良~長尾間は全列車が掲載されています。木津~長尾間折り返しだけでなく、奈良発着があったのを何となく覚えていまして、数本設定されていました。祝園折り返しの927D、928Dは休日運休です。おそらく通学用だと思います。

皆様それぞれの片町線の思い出をありがとうございます。私も気動車時代に乗車しているのですが、「ホントにローカル線」というかすかな記憶しかありません(汗)。

私は子どもの頃に枚方市の京阪本線沿線に住んでいましたので片町線沿線にはあまり詳しくありません。ただ、交野山に登った時に見えた津田駅でC11が煙を吐きながら貨車の入れ替えをしていた光景を思い出しました。沿線には軍事施設がいくつかあり、城東貨物線や都島、蒲生のデルタ地帯を通して大阪砲兵工廠とも結びついていたかと想像がつきます。津田からの引き込み線の行き着く先は大規模な弾薬庫と工廠でした。戦後の払い下げ後の小松製作所大阪工場周辺と公団住宅として再開発される前の廃墟(一時、阪大工学部)は子どもの頃の生活圏、遊び場でした。香里団地も以前は弾薬庫だったので星田駅から引込線が出ていたと聞いています。

弾薬庫では爆発事故もあったようで。そのようなことを知っている人も少なくなったのではないでしょうか。

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