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2021年3月11日 (木)

片町線配線図 その1(木津~大住)

今回からは片町線の配線図のご紹介です。
第1回目は木津駅~大住駅です。

 

最初は1955年1月。(※1)
19550101knso
・西木津・下狛・上田辺・大住の各駅はこの2年ほど前に開業したばかりです。
・祝園駅といい田辺駅といい、ホームのない中線が特徴的です。
・上田辺駅のホームが描かれていませんね。
・片町線沿線には軍事施設が多く、下狛駅付近からそのうちの一つである祝園弾薬庫に至る側線が分岐しています。
下は国土地理院地図空中写真閲覧サービスのMKK612-C20-306(1961年5月)を加工したものです。01196105mkk612c20306
Wikipediaを見るとこの側線が廃止されたのは1972年だそうです。停車場変遷大事典には「三山木連絡所」という停車場は記載されておらず、このあたりがどのような扱いになっていたのか興味が湧きます。

 

続いて1959年1月。(※1)
19590101knso
・この図には祝園弾薬庫側線は描かれていません。

 

続いて1976年3月。
19760001sofi2
・これは私が現地調査したものですのでちょっと怪しいかも(汗)。

 

続いて2002年3月。(※1)
20020301sodk
・1986年4月に同志社前駅が開業しました。
・1989年3月、木津~長尾間が電化されました。同志社前駅に折り返し用の2番線が増設されました。
・1997年3月、田辺駅が京田辺駅に、上田辺駅がJR三山木駅に改称されました。
・2002年3月、JR三山木駅が移転高架化され交換設備が設けられました。大住にも交換設備が設けられました。付属編成の解結が京田辺駅で行われるようになりました。
京田辺駅の配線を見ますと下り第2場内信号機と誘導信号機が目につきます。入信や入標は見当たりませんので、付属編成はホームに置きっぱなしということでしょうか。

 

最後に2020年頃。
20200001sodk
・これはYoutubeの前面展望動画から私が作成したものです。
・駅が新設されたり改称されたり、線路配線も変わって同じ区間とは思えないくらい変化しています。
・西木津駅は移転しており、その際にホームが線路の反対側に移動したようです。
・JR三山木駅の京橋方が微妙に複線区間のようになってるのが不思議です。

 

2021年3月23日、2002年3月の配線図と文を追加しました。

 

配線図は
※1印・・・T.Mさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

ブログ「鉄道資料箱」に、昭和53年10月の、片町線の気動車の運用表をアップしました。


1980年前後、関西線に乗って木津に着く頃には「西木津、祝園、田辺、片町線の長尾行きは、地下道を通って1番のりば○時○分の発車です」の車内放送が流れていました。

1番のりばを見ると、1両の気動車がポツンと止まっていて、片町線って…。と思いつつ、数年後、京橋経由より格段に早いことが分かり、長尾行きに乗ることにしました。

並走する近鉄京都線を右手に見ながら、貸切列車に近いディーゼルカー(おそらくキハ20)は、長尾に着いて、片町行きの103系(101系?)に乗換えて、四條畷(ナワテ)で降りました。

管理人様
ご無沙汰しております。数年間ROM専でした。
下狛の構外分岐興味津々で、配線図見ているだけでワクワクです。
列車が走るときは軍部の一声で旅客車はウヤにしたりて、安全を確保していたのかなぁ等と妄想しています。

>「三山木連絡所」
戦後間もなくの空中写真、USA-M27-2-8(昭和23年3月19日)では、配線図の11ロの下側になる地点に連絡所の詰所らしき建物が写っています。現在の第三菱田踏切の北120m付近。

精華町の公式サイト>
町政情報>観光・文化・スポーツ>文化・歴史>募集情報>
ふるさと案内人の会 「ふるさと発見の旅」>
15.平成26年4月:【菱田~僧坊~谷集落を辿る旅】7ページ
<旧陸軍軍用鉄道・川西側線/片町線との分岐点>
によりますと。

昭和35年2月撮影の添付写真には、下狛に向かって左手に連絡所の詰所らしき建物があり、11ロと11イをつなぐロッドと定位の分岐器(通票鎖錠装置付き?)と側線側の砂利盛りの車止めが写っています。

随筆の筆者は、昭和18年の晩秋、京都から奈良電の急行に乗り臨時停車した狛田で降りて祝園部隊に向かう途中、川西側線のC11牽引の(軍用?)貨物列車に出会ったようです。

NZさん
ありがとうございます。

moni5187さん
1980年前後の長尾駅というと、以前の記事でご紹介した頃ですね。長尾駅の前後で雰囲気ががらりと変わっていたという印象です。
>精華町の公式サイト
貴重な写真の情報ありがとうございます。分岐点はれっきとした信号場のようですね。

ヘッポコ出戻りモデラーさん
お久しぶりです。こちらもいつも貴ブログを拝見するばかりで(汗)。
軍が絡むと何でもアリかも。

>・JR三山木駅の京橋方が微妙に複線区間のようになってるのが不思議です。

Googleマップで、三山木駅周辺を見ると、駅の前後が高架になっていて、遠い将来を見越してか高架橋は複線で作ってあるので、高架の区間だけ複線になっていますね。
手元の資料では、複線区間の両端にある場内信号機間の距離が1K060Mあります。
三山木駅の時刻表をおでかけネットで見ると、
宝塚行き 15時40分発
木津行き 15時41分発
というパターンがありますので、木津行きが複線区間に入って、宝塚行きの出発信号が開き次第発車し、走行中にすれ違うという光景が見られるのかもしれません。ただ、三山木駅の構内でのことではあります。

なお、三山木から木津方は遠方信号機があるので、自動Bか特殊自動閉そくですが、三山木から松井山手方は自動Aのようです。

京田辺、大住各駅の上下場内信号機、松井山手駅の上り場内信号機は警戒信号を現示できるので、同時進入が可能です。

配線図の1976年から2020年の間の変遷は以下のようになります。

1986年4月
同志社前駅開業(棒線駅)

1988年3月
木津ー長尾間電化
松井山手駅開業、長尾駅1番のりば使用停止
旅客列車が気動車2両から電車4両となり各駅のホーム延伸
西木津駅が踏切挟んで木津方に移転

1989年3月
同志社前駅に折り返し専用の2番のりば新設

1997年3月
田辺駅が京田辺駅に、上田辺駅がJR三山木駅に改称

2002年3月
松井山手ー京田辺間が7両編成化
大住駅に交換設備設置
JR三山木駅高架化、交換設備設置

2010年3月
木津まで全列車7両化、途中駅での増解結解消
同志社前ー西木津駅間各駅ホーム延伸
祝園駅は中線の残骸を上り線に整備して、旧上り線跡地に7両ホーム設置
同志社前駅は2番のりばを廃止して棒線化

2度に渡ってホーム延伸した各駅は色々大変だったようです。特にJR三山木駅は高架時点では4両対応だったのに、8年後に延伸しています。

NZさん
>警戒信号
前面展望動画を見ていますと、たとえば京田辺駅で場内注意での同時進入を見ることができます。最初は「アレ?」と思ったのですが、ATS-Pが関係しているのかもしれません。

北東航21さん
電化に複線化に編成長大化など、片町線は目を見張るほどの勢いで成長してきたわけですね。

手元の資料が10年ほど前のものなので、改良されているのでしょうね。
Pでガッチリ守っていれば、場内で確実に45km/hに減速され、出発のパターンで冒進しないようにできるので、高密度運転が可能になりますね。
信号関係は、どんどん進歩しているので、ブラッシュアップが必要ですね(苦笑)

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