« 野辺地配線図 | トップページ | 東京の配給電車 その1 »

2021年2月12日 (金)

桜島線配線図

今回は桜島線の配線図のご紹介です。

こちらの記事もご覧下さい。
 1992西九条
 1992安治川口
 1992桜島ほか

 

最初は1958年6月の安治川口駅と桜島駅です。
02195806(※1)
・大きな駅です。安治川に接し、なおかつ船渠が入り込んでいて、海運との強い結びつきが感じられます。
・桜島方は単線です。
・ところで、今さらといえば今さらなのですが(汗)、「用品庫」ってどんなところ?

04195806(※1)
・桜島駅も同じ雰囲気です。
・川岸線と名付けられた線路のあたりに転車台らしきものが描かれているのですが、これは貨車用でしょうか。

 

続いて1961年4月です。
01196104jk(※2)
・この時点での環状線は、地図の上では環状ですが線路としては環状にはなっていない頃です。桜島線列車はすべて大阪駅方面に直通していたものと思われます。

02196104ga(※2)
・上の方に転車台らしきものが登場しました。やはり貨車用ではないかと思うのですが、この時期に新設されたわけではないような気がします。
・西九条方への出発が可能なのは1~3番線と貨物1~3番線の6線ですが、西九条方から進入できるのは2番線と3番線の2線のみで、ちょっとアンバランスな感じがします。

03196104ko(※2)
・大阪北港駅の配線図は掲載されているのですが、不思議なことに安治川口駅には大阪北港駅につながる線路が描かれていません。

04196104js(※2)
・とにかく大きい駅です。

 

続いて1969年4月です。
02196904ga(※2)
・ほとんど変化はないのですが、安治川口~桜島間は1966年に複線化されているハズですので、ちょっと怪しい図かもしれません。
・3番線に下り出発信号機が設けられています。

03196904ko(※2)
・変化はありません。

04196904js(※2)
・変化があってもよさそうですが、変化はありませんね。

 

続いて1988年3月です。
01198803jk(※2)
・梅田貨物線~環状線間の渡り線が設けられています。

02198803ga (※2)
・全体的な雰囲気は変わっていませんが、西九条方から貨物2番線への進路が新たに設けられました。
・桜島方が複線になっています。

 

最後に1997年10月です。
01197910jk(※2)
・変化はなさそうです。

02197910ga(※2)
・残念ながら電車線関係しか描かれていません。

04197910js(※2)
・桜島駅は貨物関係がバッサリ切られてしまいました。
・可動橋の手前で単線になりますが、ここは桜島駅の構内ですので「安治川口~桜島間は複線」との表現に間違いはないと思います。

 

桜島線らしさは全くないのですが(汗)、北港貨物線の途中にあった入換合図器の制御盤です。
19920509d7

 

配線図は
※1印・・・NZさん
※2印・・・T.Mさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。

« 野辺地配線図 | トップページ | 東京の配給電車 その1 »

コメント

桜島駅は今やかの有名なUSJ(ユニバーサルスタジオジャパーンのお膝元ですね 以前は辺り一帯は倉庫や工場等が林立していた其れ等全てを撤去し再開発でUSJが開業した 倉庫や工場があった頃は昼間は乗降客は少なかったが今はそこそこの乗客が訪れて賑やかになったのでしょうね

>続いて1961年4月です。
環状運転される前の西九条駅ですが、若干イメージし難いところがありました。方位関係、地上と高架の位置関係など。

この年の配線図での西九条駅は、かつての西成線の地上駅のようです。"大阪環状線配線図 1961年"を見ますと、地上ホームの右下に、弁天町側から延伸された環状線の高架ホームと車止めがありました。旧西九条駅は、現在駅の内回り側の地上にあったことが分かりました。

もっと古くは、古地図や戦後まもなくの空中写真を見ますと、旧々(初代?)西九条駅は、現在駅のもう少し安治川口駅寄りの阪神なんば線の西側にあり、時代と共に変遷があったようです。

今の桜島駅からはかつての貨物でにぎわった姿は想像できないですね。対岸にも大阪港や大阪東港といった大きな貨物駅があったのですが。

貨物輸送末期の頃、桜島駅周辺の撮影に行きました。桜島駅西側のヤード入換や専用線運行は、下請け会社の「関西フレートサービス」の機関車で行われてました。旧桜島駅は、完全にUSJに飲み込まれています。「用品庫」・・国鉄の業務用品の倉庫です。大阪周辺では、他に梅田駅、放出駅に存在しました。

国鉄時代の末期、一度だけ桜島まで行ったことがあれります。既に当時、桜島駅の貨物はなくなっており、都会なのに寂れた雰囲気でした。
現在の桜島線は安治川口の貨物扱いこそ残っているものの、USJが出来たり(行ったことはありません)で沿線は当時の面影がかなりなくなってしまったように思います。将来、桜島から舞洲、咲州(万博予定地)への延伸も計画されているようですが、実現するのかどうなのか・・・

安治川口から先の現在の桜島線は、全く別線が建設されたと言えるものなのですね。過去と現在の空中写真を見比べるとよくわかります。
つだ・なおきさんのご指摘のように旧桜島駅の場所はUSJの敷地内で、しかも「水没」しています。有名な可動橋があった場所は円形の大きな施設に呑み込まれています。
私はたしかUSJ開業の前後に乗車経験があったと思いますが(「後」があやふや)、乗っているだけではわかりませんでした。

もともと桜島線は貨物主体だっただけに、貨物の衰退で寂れてしまうところがUSJで活況を呈しているのはハッピーなことですね。

>用品庫
ということは配給車の出入りもあったのでしょうか。

昭和53年10月改正の桜島線の機関車運用図表を、ご参考に、ブログ「鉄道資料箱」にアップしました。

NZさん
貴重な資料ありがとうございます。じっくり拝見させていただきます。

私の住まいは対岸に在った大阪東港駅の近所で、此花区と港区の天保山を結んでいる渡し船の此花区側の乗船場が、1958年6月桜島駅の桜島1号桟橋にある引き込み1番線先の岸壁に在るのですが、つい4~5年前まで倉庫の門柱に「列車に注意」の看板が掲げられていましたが知らない間に撤去されてしまいました。
よくぞ今まで残っているもんだと驚きましたが、写真を1枚も撮っていないのが悔やまれます。

床屋のシンサンさん
このあたり、昔はよい雰囲気だったのでしょうね。
渡し船には乗船した記憶があります。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 野辺地配線図 | トップページ | 東京の配給電車 その1 »

過去の記事

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ