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2020年12月 5日 (土)

天王寺配線図

今回は天王寺駅の配線図のご紹介です。例によってほとんどは過去の記事からの再掲ですが(汗)。

 

一番最初にKASAさんのサイトで公開されている、1955年のものをご紹介しておきます。

http://railwaytrackdiagrams.web.fc2.com/tennouji/tennouji.html

天王寺駅は大阪環状線(城東線)、阪和線、関西線が接続しているため各路線に関係する部分だけが記載されて全体を表現したものが少ないのですが、これは見事に全貌がわかります。
リンク先には阪和鉄道時代の資料もあり、独特の線路配線思想に感動します。

 

1958年4月(※1)
195804_20201130201601
・環状線になる前の城東線の部分のみです。
・阪和線も若干描かれていますがちょっと信用できません(汗)。
・電車が発着するのは2番線と4番線です。なぜか3番線がなく、また1番線の用途がよくわかりません。
・この図からはうかがい知れませんが、この当時は天王寺駅でまだ貨物取り扱いが行われていました。

 

1961年4月(※1)
196104_20201130201601
・これも大阪環状線主体の配線図です。関西線も描かれていますが・・・、信用できません(汗)。
・大阪環状線が路線としては環状になった頃で、湊町方で関西線と大阪環状線が合流します。

 

1970年頃(※1)
197000_20201130201601
・これは関西線の線路図ですので1958年・1961年の図とは左右が逆です。それはいいとしても・・・信用できない(汗)・・・。

 

1975年頃(※2)
197500_20201130201601
・これも関西線の線路図ですが、かなりわかるようになりました。
・名古屋方からの進入の進路は4番線、6番線、7番線、8番線、南海1番線で、4番線/6番線用には誘導信号機もあります。
・名古屋方へ出発できるのは4番線、5番線、6番線、7番線、9番線、南海1番線のほか、中1番線があります。南海線側には本線が2本もあったのですね。
・湊町方からは4番線、5番線、6番線、湊町方へは4番線、7番線、8番線ですが、4番線から出発するための渡り線が描かれていないようです。

 

1976年頃
197600
・これは私が現地で調べたものです。ご参考までに。

 

1979年4月(※1)
197904
・これは阪和線のみです。3~4番間にホームがあると思うのですが。

 

1983年12月(※1)
198312_20201130201601
・阪和線部分については1981年から改良工事が行われ、機回り線がなくなり、連絡線と4番線を結ぶ渡り線もなくなりました。
・F線は延長され、実際の車止めは大阪環状線の上を超えた先です。
・ホーム長も8連に対応するようになっています。

 

1986年頃(※1)
198600_20201130201601
・関西線のみです。
・この図にも4番線から湊町方に出発するための渡り線がありません。
・1977年に南海線との連絡貨物の取り扱いが廃止され、1984年には南海線の一部廃止・単線化・乗り場の移設が行われています。

 

1988年3月(※1)
198803_20201130201601
・大きな変化はありませんが、関西線下り場内の誘導信号機が描かれていません。

 

1992年4月(※1)
199204
・1989年7月に阪和新連絡線(その1)が開通しました。
・関西線名古屋方のシーサスは位置が違うような気がします。
・中2番線は客発線、中1番線は中線と名を変え、客発線が本線となりました。

 

1992年5月
199205
・これも私が現地で調べたものです。ご参考までに。

 

1994年9月(※1)
199409
・阪和線部分のみです。
・微妙に変わっていますね。2番線~3番線を結ぶ渡り線が追加されています。

 

1997年頃(※1)
199700
・大きな変化はないようですが、南海線は1993年4月に廃止されています。

 

2001年1月(※1)
200101_20201130202101
・客発線からの出発進路がなくなり、客発線→中2番線、中線→中1番線と元の名前に戻りました。ただしいずれも側線です。
・関西線下りに第2場内信号機が設けられました。

 

2014年3月(※2)
201403_20201130202101
・阪和線がないのが惜しいです。
・2008年3月に阪和新連絡線(その2)が開通し、旧来の連絡線は廃止されてしまいました。
・4番線は残りました。関西線名古屋方と環状線西九条方への出発が可能ですが、どこからも進入するルートはありません。どのような使い方がされているのでしょう。
・関西線の上り本線と上り副本線が入れ替わりました。
・関西線JR難波方の安全側線や渡り線がなくなっていますが、微妙なところでは環状線の電留線の先端の分岐器がなくなっています。まるで機回り線のようだったこの分岐器、目的は何だったのでしょうか。

 

以下の記事もご覧下さい。
 ・1992天王寺1
 ・1992天王寺2
 ・1992天王寺3
 ・1992天王寺の信号機
 ・大阪環状線配線図 1958年
 ・大阪環状線配線図 1961年
 ・大阪環状線配線図 1979年
 ・大阪環状線 1976~1978、1992


配線図は
※1印・・・T.Mさん
※2印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

>管理人 さま

2014年の4番線へのルートですが、環状線の引上げ線から進出するルートの入信31L、32Lが4つの進路を持っているように書かれていますので、環状線から関西線への転線するルートとしては機能すると思います。

西日本(というより関西支社・大阪・天王寺局)
ってあまり上り本線・下り本線、
上り1番線・・・、下り1番線・・・といった名称を
あまり使いたがらない傾向ですが
最新の図面では使われていますね。
天王寺は例外なのでしょうか?

>1958年4月(※1)
この年以前の空中写真を見ますと、ステーションビルは無く、跨線道路橋の阿倍野橋は出来ています。1,2番線の向こうの橋の西側に貨車が写っていて、橋の下に線路があるように見えます。1,2番線の西側は、壁だったのか、線路があったのか、車止めがあったのか、気になるところです。

>1961年4月(※1)
関西線のDC化は、この年の12月になります。1975年頃の配線図の信号機から、増発後の天王寺~柏原間の区間運転のキハ35系2連は、折返しが出来る6番(7番)線の着発だったようです。

>1975年頃(※2)
天王寺駅をよく利用し始めたのは、もう少し後になります。奈良~大阪(本当は天王寺)間の快速は、2番線で折り返していました。南海天王寺駅は、19,20番のりばで、東口側にも改札があり、レトロな雰囲気だったのを覚えています。

失礼します。2001年の外回り線にある72Lはどのような使い方をされていたのか気になります。

>kiuttsuan さま

現地を見てたわけではないので、図面からの推測ですが…

2001年の配線図と、2014年の配線図とを比較すると、72Lが廃止となるいっぽう、引上線の入信31L、32Lの進路表示機は3進路から4進路へと変更されています。
この廃止と変更は表裏一体のものではないかと思いました。
すなわち、2001年では環状線外回り本線を引上げ線として、本線上でエンド交換し72Lにしたがって4番線(着発線)に転線していた。引上げ線は、環状線の引上げ線なので、3進路は、内回り線、電着発線、外回り線だろうと思います。
この手続きだと、外回り本線を長時間支障してしまうので、環状線外回りから関西本線への転線ルートを、引上げ線で折り返すこととし、31L、32Lを4進路、以前の進路+4番線を追加したのだろうと思います。

関西本線から環状線に乗り入れて、外回りを一周して天王寺終着となった電車を、すぐに関西本線に回送するような列車の設定があったのかと推測しました。
なお、環状線内回りから関西本線へは、新今宮で渡ればいいので、この件にはあまり関係しないと思います。

以上の推測があっているのか?
現地をご存知の方のレポートを待っています。

NZ様

おっしゃるとおり、関西本線から環状線を一周して天王寺止まりになった後、関西本線へ回送になる列車を30年くらい前はよく見ていました。
2001年ですと、西引上線~着発線、4番出発で難波方の渡り線を通ってJR難波まで回送されていました。

改めて引上線31L・32Lを見てみました。、97年頃までを見ると、2・3番線への進路も構成でき、表示が共用のタイプようです。4進路への変更は進路表示機が数字を表示するタイプへの変更のように思います。

72Lの件ですが、2001年では外回り線3番の入換信号機38Rは西引上線への進路のみで、入換標識としては使用できないので外回り線へは入換できず。
着発線4番の入換信号機37Rは入換標識として使用できるので外回りのKへ。72Lに従って外回り線3番へ入換していたのではないかと思いました。

ただ、西引上を使用すれば事足りるのですが・・・

皆様
>4番線の使い方
NZさんのおっしゃる通り、4番線に入れるのは31Lと32Lしかないと思います。ただ、どんな車両がこれを使うのか・・・。

>上り本線・下り本線・・・
想像ですが、あくまで線路の用途をわかりやすくするための補助的な目的で記載しているような・・・。昔の配線図でも記載されている例をチラホラ見かけますので。

>72L
72Lは入標ですので誘導が必要になります。ですので日常的な電車の入換に使用するにはちょっと不向きなような気がします。特殊な事態(保守とか)に備えたものではないでしょうか。進路は着発線のみで、K線への進入は85Rになると思います。

関西線〜大阪環状線直通列車は昼間は大和路快速(221系)、夜は区間快速(103系や201系)で、221系は湊町(JR難波)発着の区間快速に夕方以降は入っていました。
このため、大和路快速で環状線一周して天王寺終着となったあと、西引上→4番線に入れ換え、回送で湊町(JR難波)へ向かっていました。

2001年→2014年で4番線への進入が無くなった件ですが、最後まで使用していたのは上り「やまとじライナー」だと思われます。
末期の頃は、日根野(回送/阪和短絡線経由)JR難波(回送)天王寺4番線〜西引上〜環状線内回り(回送)大阪(2号)加茂(回送)天王寺4番線〜西引上〜環状線内回り(回送)大阪(4号)加茂と、1編成で2本こなしていました。
2011年3月改正で廃止になりました。

上の追記です。
1回目の日根野からの送り込み回送は、末期は日根野~阪和短絡線~天王寺~環状線外回り~森ノ宮入区~大阪、だったかもしれません。

>「やまとじライナー」
の設定は、'88/3の加茂電化の際で、阪和新短絡線(その1)の開通は、'89/7ですから、その間は、日根野区の381系が旧阪和短絡線(例のスロープ)を通って、回送されたのでしょうか。

その頃、天王寺で、先発の加茂行き快速の発車の、かなり前に整理券を買って乗ったものの、車両前部の壁の前の席で、ほぼ満席の盛況ぶりでした。

moni5187様

>「やまとじライナー」
列車の設定は'88/3ですが、このときは日根野→杉本町→(貨物線)→久宝寺→柏原(折り返し)→天王寺(4番→西引き上げ→1番)→大阪という経路で遠路回送していた記憶があります。会社退勤時381系が柏原駅で折り返しているのをよく見かけました。

阪和新短絡線が完成した'89/7からは、このような手間のかかる回送をやめたため、列車の向きが逆転してしまい、加茂方が6号車だったものが1号車に変わりました。

>ほぼ満席の盛況ぶりでした。
始発の大阪から加茂まで乗車すると1時間と少しかかりました。着席保証だけでなく喫煙が可能だったということも好評だった一因かもしれません。

先ほどのコメント、一部訂正します。

実は、コメントを記してから押し入れを捜索しますと・・・。昭和63年(1988年)3月改正関西本線・大阪環状線平日列車運行図表という物が発掘されまして・・・。

このときは、やまとじライナー上り加茂行きは大阪発20時40分過ぎと21時30分頃の2列車設定されていました。当然1運用で賄えません。2運用ありました。
先行する8312Mは、19時30分過ぎに王寺を回8313Mで出発し、途中柏原で快速電車を退避しながら天王寺駅に到着、転線していますね。大阪環状線内を回8312Mで大阪まで回送したのち8312Mで加茂まで運行。その後回8315Mで天王寺まで回送しています。
後のライナーは、天王寺から回2314Mで大阪まで回送したのち2314Mで加茂まで運行。その後回2317Mで木津留置し翌日の2311Mで湊町に向かっています。この後王寺に回送しているみたいです。

ただ、これだと毎日天王寺の旧阪和短絡線を使っていたことになりますが、貨物線を使った編成の逆転があった記憶もあり、多少混乱している現状です。平成元年の春改正がどうっだったのかと思っています。

管理人様 平野・百済の件

この列車運行図表も八尾ー竜操(久宝寺)ー加美ー百済(第一信)ー平野ー百済ー天王寺の順で書かれています。
メールで画像をお送りしましょうか?

「やまとじライナー」に絡んで、本文の最後でf54560zgさんが触れられた「環状線の電留線の先端の分岐器」が2014年にはなくなっている件について。
この分岐器の元々の用途はわかりませんが、その撤去はもしかして「やまとじライナー」の廃止と関係があるのではないでしょうか?
現地をよく知らない者の勝手な憶測ですが、この電留線(西引上線)の有効長は本来8両分ではないかと思います。
ところが「やまとじライナー」が9両のため、この分岐器の所まで進入せざるを得なかった、それが2011年のライナー廃止で不要になり撤去された、と考えてみました。
見当違いでしたらごめんなさい。

>480042さん
そうでした、最初の頃は2本の間隔が詰まっていて、別運用でした。

>クモイ103さん
やまとじライナーは、最初から日根野のグリーン車なし6両でしたので、分岐器撤去とは残念ながら無関係だと思われます。

ところで、あとから設置された、関西線~阪和線を直接接続する線路ですが、1992年の路線図には「阪和連絡線」と書かれていますが、これは誤記と思われます。配線図の出発信号機一覧には、8LAの進路として、(6番線-阪和短絡)となっているように、阪和短絡線が正しい呼び方です。その後の配線図では地味に訂正されています。

もともとあった環状線と阪和線の間の急勾配の方を「阪和連絡線」、あとから出来た方を「阪和短絡線」と部内の人が言っていた記憶があります。

>クモイ103さん
すいません。どうも89年3月改正から7月まで、2号に9両編成を使ったようです。

運用は臨時が設定されると、天王寺1814着~大阪2053発で回送になるようです。加茂着後はそのまま日根野に戻したようですが、急勾配の連絡線を使うと、編成の向きが逆転してしまうので、天王寺から鳳あたりへ回送して、杉本町から阪和貨物線経由で王寺か柏原で折り返して、天王寺の4番線に戻ってくることになるようです。

皆様
やまとじライナーについての多くの情報ありがとうございます。
結局のところ381系は天王寺駅の「阪和連絡線」は通っておらず、阪和貨物線を使っての回送という理解でよろしいのでしょうか。
客車以外で定期的にこの連絡線を通っていた車両があったとすれば感動ものなのですが。ネットを探してみてもそのような画像が発見できなかったもので。(阪和貨物線を回送される画像も発見できていませんが(汗)。)

480042さん
よろしくお願いします。

下記のサイトに2005年から2008年の天王寺駅配線変更工事の進捗状況が掲載されているのを見つけました。

http://www.railway-enjoy.net/topics/tennoji/index.html

また、「天王寺駅 配給列車」として検索すると、4番線に停車中のクモヤ90+381系の写真にたどり着くことができました。

https://blog.goo.ne.jp/kohicyan/e/566c0981fae656982e20574b64377fdb

撮影時期はわかりませんが、103系電車に「JR」マークがないので、国鉄時代みたいですね。
この写真、ホームの時計を見ると14時少し前になっています。どうやらこの時間帯に急勾配の連絡線を下りて来たようです。
手元にある昭和55年10月改正大阪環状線・桜島線・片町線・城東貨物線ダイヤを見ると、環状内回りに天王寺発14:11の回6457淀川行きが設定されています。これが日根野から吹田への配給列車だと考えられます。淀川から先は、城東貨物線を14:52発の配7994で吹田六まで運行されています。

一方、阪和貨物線を走行する電車の写真としては、鉄道ファン1999年6月号61ページに103系電車が走行している様子が掲載されています。

手元の平成18年(2006)3月改正のダイヤで、大和路ライナーの運転線路を追ってみます。

◯2311M関係
木津(八)ー奈良(三)ー王寺(六)ー湊町(4)ー(引上2)ー
ー湊町(4)ー回2322Mー天王寺(6)ー日根野

◯2312M・2314M関係
日根野ー回2324Mー天王寺(4)ー回2312M(内回り)ー大阪
大阪ー2312M(内回り)ー天王寺(5)ー加茂
加茂ー回2325Mー奈良(二)ー天王寺(4)ー回2314M(内回り)ー大阪
大阪ー2314M(内回り)ー天王寺(5)ー加茂
加茂ー回2327Mー木津

※関西線内の着発線は漢数字とアラビア数字とが併用されているので、ダイヤ面の記載のママとしました。
※実際の運用は、午後日根野を出区して2312M、2314Mの2本を稼いで、木津に滞泊。翌朝、2311Mで一稼ぎして日根野へ戻るパターンだと考えられます。

>配給列車
確かに配給列車はあの坂道を通りそうですね。

>日根野ー回2324Mー天王寺(4)
日根野から阪和短絡線経由では天王寺駅関西4番線には進入できませんので、この「天王寺(4)」は阪和4番線でしょうか? ということは、連絡線(坂道)を通る???

日根野ー回2324Mー天王寺(4)
の部分を、阪和線のダイヤを引っ張り出して追ってみます。

回2323M関係
日根野 17:32    ー回2323Mー 天王寺 18:11(8) 
天王寺 18:17(8) ー回2323Mー 湊町  18:23(2)
湊町  18:33(2) ー回2324Mー 天王寺 18:39(4)
天王寺 19:00(4) ー(環状線引上線)ー
天王寺 19:24(2) ー回2312Mー 大阪 19:43

※一旦、湊町に引き上げて、4番線から環状線の引上線に転線しているようです。ダイヤ上では、環状線の引上線は上下2段に書かれていて、この列車は下段で折り返すように書いてあります。
19:00までは4番線に、19:00以降は環状線の引上線に書かれています。

※天王寺駅の阪和線ダイヤでの着発線は、阪和1番線〜阪和5番線、引上線(F)、6番線、8番線です。
関西線のダイヤでの着発線は4番〜8番です。4番にはホームがありません。

回2324Mは湊町発なんですね。それなら納得です。ちょっとドキドキしました(汗)。

ツイッターですが、興味深い画像を見つけました。
https://twitter.com/senshuliner/status/920646792538181632/photo/2
記述によれば、撮影日は1987年3月31日です。

・地平2番線(環状線の電着発線)から進出
・クモル尾灯が点灯しているので、後追い?
・進出先は環状内回り方面

とうことから、この配給電車+381系は、
日根野-天王寺(阪和1番線~電発着線)-環状内回り経由安治川口-梅田-吹田
と回送されるようです。

阪和連絡線で地平の寺田町寄りの引上線に降りた後、直接環状外回り線か電着発線に入れるようになっていますが、地平4番線~西引上線~電着発線の可能性もあります。

北東航21さん
貴重な情報ありがとうございます。
なかなかすごい回送ルートですね。
多分地平4番線~西引上線だと思うのですが、もしかしたら湊町折り返しとか?
なお出発しているのは内回り本線だと思います。左の線路は手前が車止めの三枝分岐の根元の側線だと思います。

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