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2020年12月20日 (日)

浪速配線図

今回は浪速駅のご紹介です。昔は関西線の支線として今宮駅から分岐していた貨物線にある貨物駅です。
貨物支線はさらに大阪港駅や大阪東港駅にも伸びていたのですが、申し訳ありませんがこちらについては資料がないためご紹介できません(汗)。

 

1986年頃
198600n
・この時点での大阪港駅・大阪東港駅の状況がよくわからないのですが、図の右端に入換標識が描かれていますのでひょっとしたら現役だったのかもしれません。現役だったとすれば操車担当さんによる誘導で運転されていたようですね。
・境川信号場には場内信号機と出発信号機の両方が設けられています。このテの信号場ですと出発と場内が兼用になっているケースが多いと思います。

 

1992年4月
199204n
・全体の雰囲気は大きくは変わっていません。
・その後2006年に浪速駅は廃止されてしまいました。

 

こちらの記事もご覧下さい。
 ・1992浪速
 ・1992桜島ほか

 

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

大阪港、大阪東港駅は廃止後も、浪速駅の
側線扱いでしばらく残っていました。

これは、大阪北港駅(安治川口)や
大阪市場駅(野田)でも同じでした。

平成6年ごろに私家版で出た『桜島線と大阪臨港線』という
資料があり、結構詳細な記録も載っていましたが
入手は困難でしょうね。

北港運河にかかる橋梁の線路も、廃線後の
写真を見た記憶はありますが、今はどうなんでしょうか。

やまとじライナーの記事で掲載されているダイヤを見ると浪速駅発着の貨物のスジが見えますが、浪速駅着となる781レは、百済発だったと思います。

百済駅出発線から平野駅3番線に推進運転で関西本線上り本線を横断して据え付けていたと記憶しています。

そのためだと思うのですが、この列車の最後尾(推進時は先頭)には車掌車が連結されていました。

浪速駅は懐かしく思います。
浪速駅までDD51が牽引して浪速鉄道産業の入れ替え機により行き先別にタンク車は辰巳商会に入り速星の日産化学、伏木の東亞合成からです。レ-ル輸送は新日本製鐵八幡と日本鋼管福山から船積みで到着して関西地区に発送されていました。
速星の日産化学は浪速の辰巳商会宛と対岸の安治川口の液体薬品中継宛に輸送していました。辰巳商会宛が運用終了が決め手になりました。用途廃止になった貨車の解体場となりました。

記憶が曖昧な所がありますので

>大阪港、大阪東港駅
このあたり、現役時代に行ってみたかったなぁ・・・

>781レ
少なくとも1988年3月時点では梅小路発浪速行きで百済駅には立ち寄らないようです。ただし浪速発梅田行きの1782列車というのがあって、これが百済駅に立ち寄るようです。

>浪速駅
貨物の輸送ルートは詳しくないのですが、意外な駅から意外な駅へ、意外な荷物が運ばれていたのですね。

さきに挙げた『桜島線と大阪臨港線』(森口誠之氏の執筆)を
久々に見返してみましたところ、側線扱いとなった貨物駅は
以下のような過程をたどったようです。

・大阪港…昭和61年11月廃止
・大阪東港…同上
・大阪北港…昭和60年3月廃止。ただし大阪ガスの資材輸送のため昭和62年10月の休止までは大阪ガス工場内まで存続。

*大阪市場駅は昭和60年3月まで。

港の3駅は概して到着よりも発送がメインだったようですね。

情報ありがとうございます。
独立した駅であるのと他駅の側線扱いであるのとではどのような違いが出てくるのでしょうか。

森口氏の前掲書132頁には、側線化の事情について
以下のように記されています。

(以下引用)

…開業当初から浪速―大阪港・大阪東港間は運行上、
側線としての扱いになっており、入換作業や小運転列車の
運転も、浪速鉄道産業という国鉄の関連会社に委託して
いたため、浪速駅の構内側線に格下げしても運営面では
さして支障がなかった。しかも貨物駅を廃止できるだけでは
なく、距離程が浪速発着に設定され直されたので、
料金を若干ながらも下げることもできた。
 もっとも、車扱貨物の取扱いが全廃された1986年11月改正で
営業を終了しているのをみると、貨物線の側線化の処置は
非採算貨物の切り捨てのための移行時の暫定的処置で
あったと考えられる。

(引用終了)

港、東港とも、廃線後は大阪市に用地が返却されたそうです。

上で引用した資料の137頁には昭和43年の桜島駅の
配線図もありまして、圧巻です。

なるほど、実務・実作業上はほとんど変わりないものの営業キロが変わるということですね。

浪速貨物駅は我が家の近所で、東港駅へ行く臨港線の横や構内が小学生時代の遊び場だったのでとても懐かしいです。
大阪港駅への3か所あった運河の可動橋も、いつ下がって列車が来るのかも分からずにいつまでも待ってました。
1986年頃の配線図で、0番線の右端から東港駅への分岐していた線路と、入れ替えを受け持っていた浪速鉄道の車庫線があったはずなのですが、記入されていないという事はこの時点では廃止になっていたのでしょうね。
この頃は鉄道趣味から離れていたので、その頃の事情が分かりません。

すいません、よく調べ直したところ1番線の先の点線が浪速鉄道の車庫線で、2番線の先の右下に分岐している線路が東港駅に行く線路でした。
2004年に「なみはや大橋」の上から撮影した構内の写真で、取り外された線路の部分を見落としていたので間違えてしまいました。

駅のはずれの、ほとんど使用されていない側線付近は絶好の遊び場所でしたね。理由はわからないのですが、なぜか線路には子供心を引き付ける魔力があったようで。

ひょんな事から大阪の海遊館に行く事が有りました初めて大阪の此の辺りに来て思いました 確か此の辺りに大阪港の臨港線があったはず もっと早くに来ていれば海遊館の対岸は安治川口や桜島其方は行ったのに何故か浪速駅付近は行かなかったのか交通の便なら大阪市地下鉄線で行けたのに返す返すも残念です・・

yyoshikawaさん
私にも同じような思いがあります。
将来後悔しないように今を記録していきたいですね。

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