花輪線配線図 その8(沢尻~東大館)
花輪線の8回目、最終回です。
1987年3月(※2)
・変化はありません。
2000年7月(※2)
・常時鎖錠の分岐器が撤去されました。
1987年3月(※2)
続いて扇田駅。
1977年4月(※1)
・大きい駅です。専用線が6社もあります。個人名の「工藤米治」さんは何を扱っていたのでしょう。
・本線は上下に分けられていますが、いずれも逆方向の進入・進出が可能です。
1987年3月(※2)
・貨物側線は全滅ですね。
・本線の進路も単純化されました。
2000年7月(※2)
・貨物側線どころか交換設備まで撤去されてしまいました。
最後に東大館駅。
1977年4月(※1)
・交換可能駅です。
・上り本線は下り列車の進入・進出が可能になっています。
1987年3月(※2)
・下り列車に対する上り本線の進路はなくなりました。
配線図は
※1印・・・3RT生さん
※2印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。
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扇田駅の「工藤米治」さん、一体何??と私も気になり検索してみたら、下記のような企業が現地に今でも現存するようですね。
http://www.kudohyoneji.co.jp/
投稿: すみもと | 2020年11月 1日 (日) 17時43分
今から50年ほど前に花輪線で8620を追いかけた世代です。当時を知っている者にとってかなりの駅が棒線駅化されてしまったことは大変ショックです。(特に龍ヶ森駅)。これが地方ローカル線の現状なのでしょうが寂しい限りです。盛岡以北の東北本線が第3セクターになるときに花輪線の列車は好摩で打ち切りになってしまうのかと危惧していたのですが、盛岡直通が継続されたことがせめてもの救いでしょうか。
今年8月にKATOから花輪線8620の模型が発売され、早速購入しそれを眺めながら当時の花輪線を偲んでいます。
投稿: syk | 2020年11月 2日 (月) 16時29分
工藤米治商店のホームページを見てみる限り恐らくプロパンガス若しくは石油関係の荷物の授受当然ですがタンク車で運ばれて来た積み荷をガスタンクか石油タンクに移した後タンクローリーに積んで系列のガソリンスタンドに配送 プロパンガスはガスタンクからボンベに充填して各家庭に配送する地元企業と想像出来ます
投稿: yyoshikawa | 2020年11月 2日 (月) 16時56分
山手線池袋駅に嘗て存在した栃木屋側線も銘々がユニークな側線でした東口のパルコの北隅に存在した側線で確か竹を扱う側線だったと思います 東海道本線藤枝駅の志太米穀側線も其の範疇でしょう 側線に付ける名称は其々の企業等の名前を冠するので場合によっては個人商店の名称が付けられる事でしょう探せばもっと出てくるでしょう
投稿: yyoshikawa | 2020年11月 2日 (月) 17時28分
すみもとさん、yyoshikawaさん
情報ありがとうございます。現在でも営業されているんですね。
投稿: f54560zg | 2020年11月 3日 (火) 19時27分