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2020年9月13日 (日)

河内堅上配線図

今回は河内堅上駅です。

1970年頃(※1)
197000_20200910205901
・ホームは描かれていません。分岐器も描かれていないのですが、なぜか場内、出発信号機があります。王寺駅もそうでしたが、この1970年の配線図は側線が省略されているように思います。

 

1975年頃(※2)
197500_20200910205901
・側線が登場しました。これなら信号機の配置も頷けます。ただし、私の記憶ではホームの湊町方に渡り線があったハズなのですが。
・また停車場変遷大事典によれば河内堅上駅は開業以来旅客専用駅となっています。となるとこの側線は? Wikipediaを見ると砕石線らしいのですが、事業用? それにしてもちょっと珍しい配線です。

 

1988年3月(※1)
198803_20200910205901
・側線がなくなりましたが代わって渡り線が登場しました。この渡り線が以前から存在していたのではないかと思うのですが。
・場内・出発信号機が手書きで消されて閉そく信号機化されています。その後この渡り線も撤去されてしまったということなのだと思います。

 

2001年1月(※1)
200101_20200910205901
・閉そく信号機のみの棒線駅といえば棒線駅なのですが、1988年の手書きの内容とは違って閉そく信号機の番号の境界になっています。

 

配線図は
※1印・・・T.Mさん
※2印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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コメント

 運転曲線その2、に出た0閉塞信号機の登場ですね。0閉塞は京阪神の複々線だけかと思ったら、JR西日本は全線に採用するつもりでしょうか。
 前面展望していると駅の接近がわかるのでファンには歓迎されるでしょう。
 少し移動すればホームは直線になるのに、わざわざ曲線部に駅を設置しています。よく考えたらホームの前後に存在する分岐器を直線に持って来るためかと想像しています。

配線図の上(南側)が大和川になり、対岸に採石場がありました。コンクリート支柱の吊り橋が掛かっていて、側線にホッパー車が止まっていたのを覚えています。

配線図の左(東側)が「亀の瀬」になります。
上り列車の左窓に陣取っていますと。鉄橋(第四大和川橋梁)を渡り始めると、旧線跡に立ち並ぶ民家の先に、亀の瀬トンネルが見えるはず。と探すものの、すぐに複線の(明神第三)トンネルに入って出ます。やっぱり見えない?。と、

亀の瀬トンネルの抗口は、とっくの昔に崩落していたのを知ったのは、今世紀になってからでした。

王寺ー河内堅上間の三郷は「さんごう」、武蔵野線の三郷は「みさと」。

二つ先の柏原は「かしわら」、東海道本線の柏原は「かしわばら」、福知山線の柏原は「かいばら」。

同字異音の駅が並びますね。

moni5187さん

亀の瀬トンネルは両抗口とも埋まっていますが、中央部が今も残っていて、予約制で見学できます。
年1回、11月の土木の日周辺の週末に自由見学できるのですが、今年は開催されますでしょうか?

↓昨年のもの
https://www.kkr.mlit.go.jp/yamato/guide/landslide/visit/event3.html

>私の記憶ではホームの湊町方に渡り線
"伊賀号 河内堅上"で、画像検索しますと、キミドリ色のHMの上り伊賀号が2枚出てきます。D51940の方の左隅に、定位のだるま型転てつ機と渡り線が写っていますので、1972年11月の時点では、存在していた様です。

>今年は開催されますでしょうか?
同公式HPによりますと、9月、10月は団体予約の予定が入っていますが、11月はまだのようです。土木の日のイベント、として、亀の瀬見学会が行われるかどうかは、直接問合せされてみては、いかがでしょうか。

>亀の瀬
個人的にはあまり知識がなかったのですが、皆様に教えていただいて理解が進みました。ありがとうございます。

皆様方のコメントを拝見し、改めてご参考になればと思いコメントさせて頂きました。
上記資料の内、1975年頃の配線図の名古屋方に2線の貨物側線が描かれておりますが、moni5187様が言及されている通り、大和川対岸の国道25線沿いにあった採石場からの
積込用ホッパーが設置されていました。
手元の資料によると、側線1線を跨って鉄骨造のホッパー
(推定長さ :ボギー貨車が2〜3両同時積込可能)が設置され、
上部には対岸の採石場からベルトコンベアが伸びて来ており、かなり大規模な設備であった事がうかがえます。
(参照:『レイアウト・モデリング』54ページ下段写真、機芸出版社、発行年:昭和47年(1972)初版)、対岸の採石場の遠景写真もあり、下り本線と側線への渡り線、および、貨車逸走防止用の安全側線も写り込んでおります。
亀の瀬トンネル崩壊に伴う線路付け替えについては、皆様方も大いにご興味があるかと思いますので、概要と共に資料を挙げさせて頂きます。
・明治25年(1892):旧亀の瀬トンネル開通(単線)
・大正13年(1924):トンネル複線化(一部線路変更あり)
・昭和7年(1932)2月4日:大規模地滑りの影響により
            亀の瀬トンネル崩壊
・昭和7年(1932)7月1日:大和川左岸に線路変更工事着工
・昭和7年(1932)12月31日:新路線開通(一部単線区間あり)
・昭和10年(1935)12月29日:複線開通(現状)
特筆すべき点は、新路線への工事着工から完成までの期間が、僅か6ヵ月で行われていることです。何でも昭和8年元旦の伊勢神宮への初詣列車運転を目標として、設計、用地買収、工事に携わられた当時の技術者、工事関係者の方々の並々ならぬ御苦労には、今もって頭が下がります。
この件に関する参考資料は、以下の通りです。
・『地形図でたどる鉄道史 西日本編』72〜75ページ、
  著者:今尾恵介氏、JTBキャンブックス、2000年、  
  ISBN4-533-03533-7 C2026
・『関西鉄道遺産 私鉄と国鉄が競った技術史』157〜 
  161ページ、著者:小野田 滋氏、講談社ブルーバックス
  、2014年、ISBN978-4-06-257886-8 C0265
両資料とも、図説、写真など当時の資料で、大変判り易く説明されております。(鉄道ファンにとって、興味深い他の事例も多く掲載されております。)
前者の資料では、貴重な当時の5万分の1地形図と、現在の
地形図との比較、及び、不通期間中の代替連絡輸送について、当時の時刻表掲載等、詳細な記述がなされております。
また、後者の資料では、路線の変遷図の他、技術的観点からの解説、更に湊町方の第2、3明神山トンネルが複線断面となっているのに、なぜ、名古屋方の第1明神山トンネルが単線並列トンネルとされたのか謎が明かされています。
これとは別に、北東航21様がご紹介されておられます、国土交通省近畿地方整備局 大和川河川事務所のHPに、『亀の瀬』ボタンがあり、その中の「亀の瀬を学ぶ」「亀の瀬を楽しむ」「亀の瀬ライブラリー」に当時の地滑り被害状況と、亀の瀬トンネルの崩壊に関する記述、写真及び詳しい解説等が掲載されておりますので、こちらも是非ご覧下さい。
長文、大変失礼致しました。

>レイアウト・モデリング
見ました! かなり立派な設備ですね。配線図からはショボめな設備を想像していたのですが、とんでもないです。

Oldman阪急さん。詳しい解説ありがとうございます。
>第1明神山トンネルが単線並列トンネルとされたのか謎

おそらく、この付近では、亀の瀬の地滑り面が国道25号を含む大和川左岸まで延びている可能性があり、地質調査を兼ねて、川側の上りトンネルが先に建設されたのだと、思われます。

突貫工事で建設された現行ルートですが、時の流れには勝てず、昭和61年に、第三大和川橋梁の大和川右岸の複数連のガーター橋部分が、王寺から高井田間を終日運休にして、トラス橋に架け替えられました。当日は土曜日で、休日出勤を命ぜられた当方は、それを理由に拒否ってしまいました。

その頃、王寺駅の一番のりばの旧駅舎部には、ホームからも、元駅玄関側からも入れる「ドムドム」がありました。ハンバーガーも何だしと、右隣の「だるま軒」で、にしんそばを食べました。店のおばちゃんが、レトルトパックのにしんを載せてくれ、教習所(法隆寺の)行ってんのと、声をかけてくれたのを覚えています。

「ドムドム」「だるま軒」「店のおばちゃん」・・・、何ともいい雰囲気でしたね。

f54560zg様
当スレッドの管理人さまでしょうか。
柏原駅より初めて乗車!させて頂いております。
皆様のコメントのレベルが非常に高く、また、知らない事も多く、大変勉強になります。
さて、早速『レイアウト・モデリング』をご覧になられたとの事ですが、なかなかお早いですね。(笑)
同じ機芸出版社から『シーナリイ・ガイド』著者:河田耕一様、初版発行:昭和49年(1974)、その続編ともいうべき『鉄道風景30題ー過ぎ去ったときを再現するー』著者:河田耕一様、初版:2008年11月、ISBN978-4-905659-16-7 C1072 が発行されており、こちらの内容は昭和30年〜40年代の駅施設や設備、風景等を豊富な写真とイラスト、著者の軽妙な筆致で活写しており、趣味的な昭和の鉄道風景を知るには絶好の資料かと思います。
本来の線路配線図から些か脱線致しましたが、皆様のご参考になればと思い、追加でご紹介させて頂きました。
それでは失礼致します。

moni5187様

第一明神山トンネル建設について、ご教示ありがとうございました。
小生は、今年春まで亀の瀬地区の大和川の右岸(北側)に残された開業後単線時代の線路の路盤跡を見ながら奈良〜大阪間を通勤しておりました。
その際、第三大和川橋梁のトラス橋に新旧2タイプある事に
気付き、疑問に思っておりましたが、書店で入手した『関西本線ー1960年代〜90年代の思い出アルバム』(著者:牧野和人氏、出版社:アルファベータブックス、初版:2020年1月、ISBN978-4-86598-856-7 C0026)の106〜107ページに第三大和川橋梁上をC58が牽引する旧型客車列車の写真(昭和46年(1971)撮影)があり、右岸側は上路式プレートガーダーが曲線を描いて連続架設されていた事を知り、疑問が解けました。橋梁の架け替え工事に際しmoni5187様が関与されていたとのお話をお聞きし、思いを新たにさせて頂きました。
小生も数十年前、北摂の某電鉄に勤務していた事があり、
土日曜の勤務は当たり前の様に思っていましたが、既婚者
の先輩方は土日曜の休日を強く希望されていた事が思い出されます。
また、王寺駅構内の店舗は残念ながら詳しくありませんが
、下りプラットホーム上に今でも「だるま軒」さんの売店があり、昭和の時代ならば汽車旅用に駅弁やお茶、みかんの袋、ゆで卵などが販売されていてもおかしくない雰囲気を漂わせております。
長文、失礼致しました。

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