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2020年8月11日 (火)

荷物列車 その2

荷物列車のお話のその2です。
今回は客扱いをする荷物列車についてです。

時刻表をよくよく見ていますと、前回の荷物列車の記事でご紹介した荷物客車列車と同じ列車番号を持つ旅客列車を見つけることができます。
たとえばこんな感じ。
3
これはすなわち、荷物車だけで編成されている荷物列車の一部区間に旅客車を連結して"ついでに客扱い"を行っているものと思っています。仙台~青森間を直通するローカル客車列車はこの当時下りはこの荷47列車を含めて4本あるのですが、他の3本がこの区間を約9時間で走るのに対し荷47列車だけは10時間30分もかかっているところを見てもそのような雰囲気を感じます。

時刻表1977年3月号からこのような「それらしい」旅客列車と、これに対応すると思われる荷物列車を抜き出してみると以下のようになります(見逃している列車があるかもしれませんが(汗))。
1r_20200810095201
荷物列車は昼夜を問わず長距離を走る場合が多いので、もし利用需要がある区間に限って"ついでに客扱い"を行うのであれば客扱いを行う区間は荷物列車の運転区間全体のごく一部になるのではないかと思うのですが、函館線では全区間にわたって客扱いが行われています。東北線でも先の例のように仙台~青森間という長距離で客扱いが行われているケースがあり、こうなると荷物列車ではなくフツーの旅客列車としてもよいのではないかという気がするのですが。
さらに言うならば、たとえば東北線の油島駅、清水原駅、古館駅、岩手飯岡駅などは1977年3月時点ではすでに荷物営業が廃止されていて荷物列車としては停車する必要のない駅となっています。しかしながら上記の「それらしい」列車はこれらの駅にも停車しており、この点でもなぜ旅客列車ではなく荷物列車なのかという疑問を感じます。

 また旅客車の連結解放については、普通に考えれば客扱いの開始駅で連結して終了駅で解放する、ということになるのでしょうが、例えば上記の函館線の荷41列車は森駅での停車時間が2分しかなく、旅客車は函館駅から連結されていたものと思われます。
つまり荷物列車の形態として、荷物車のみで編成された状態、旅客車が連結されてはいるが客扱いはしていない状態、旅客車を連結していて客扱いも行っている状態、の3パターンがありそうです。
特徴的な例をもう一つ。これは時刻表1968年10月号で見つけたものなのですが、日豊線のページに小倉発(多分東小倉発ではないかと思うのですが)宮崎行きの荷2043列車という列車が掲載されています。
この列車、佐伯~延岡間と南延岡~宮崎間で客扱いが行われるのですが、その間のわずか一駅間の延岡~南延岡間では客扱いが行われないんです。
20432
多分旅客車は連結したままではないかと思うのですが。想像ですが、この荷2043列車は延岡駅で47分、南延岡駅で32分という長時間停車をするため、直通列車とするには無理があったのかもしれません。

さらにもう一つ、東北線宇都宮~上野間の48列車。時刻表には以下のように記載されています。
(必要となる部分を切り貼りしています。)
Fr
仙台~宇都宮間は124列車という定期列車で、これが多客時に上野まで延長され、この場合は宇都宮~上野間が「それらしい」列車番号の48列車となるんです。荷48列車という列車は時刻表には掲載されていません。
この列車については鉄道ピクトリアル2009年5月号27ページに栗橋駅で撮影された写真が紹介されており、説明文をそのまま引用しますと「荷48レ。仙台発の124レが宇都宮から旅客車を回送として、そのまま運転されたもの」となっています。写真を見る限りは編成の状況(荷物車の両数、旅客車の両数)はよくわかりません。
以上のことから、
・124列車には荷物車と旅客車が連結されている。おそらく編成の大半は旅客車ではないかと思います。
・旅客車は上野まで直通するが通常期は客扱いは宇都宮までとし、宇都宮~上野間は回送となる。ただし荷物扱いは行われるため回送列車ではなく荷物列車という扱いとなり宇都宮から先は列車番号が荷48列車に変わる。
・多客時は旅客車の客扱いを上野まで延長する。客扱いはするが列車番号は荷48列車のまま。旅客列車としてみた場合は宇都宮~上野間は臨時列車であるが、列車自体は毎日運転されているので列車番号は臨時列車のもの(8000番台や9000番台)ではない。
ということなのではないかと思います。なんで宇都宮~上野間を通年旅客扱いとしないのかはわかりませんが。

一口に荷物列車といっても客扱いが絡むといろいろややこしいですね。

この次はクモニやキニのお話を。少し先になりますが。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
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コメント

旅客列車を連結する荷物列車と、荷物車を連結する旅客列車の違いは主としてダイヤをどっちが引いてるか、です。

荷物専用列車のダイヤは特急や急行列車同様に本社が引きます。一方、普通列車については、一部を除き、各支社(鉄道管理局)が引きます。
荷物列車の場合、速達性が要求される列車とそうでもない列車があります、前者は最終的に急行荷物列車となり、十の位が3の列車番号を持ちます(例:急荷35列車、急荷2033列車など)。ダイヤ調整の中で、本社が引いた筋に旅客車を繋ぐのが荷物列車の列車番号で運転する客車列車になります。

東北本線124列車は元は仙台発上野行きでしたが、115系の普通電車が設定されたため、宇都宮以南の旅客営業をやめました。荷物列車としては郵便車1輌のみで、荷物車の連結はありません。旅客車は回送で上野まで行きます。EF57やEF58が引いていたので、かなりの枚数の記録が残っています(「国鉄時代vol.16 東北本線」だけでも6枚ほど掲載されていますが、124列車時代も荷48列車も編成に差がありません。

函館本線荷41列車は函館出発の時点で函8運用の客車3輌は繋いでいました。なぜ旅客営業しないのか謎のまま最後までそのままでした。函館を40分後に出る121列車と比較すると、長万部で差が1時間40分、札幌では2時間40分も開きます。53-10時点で、荷41列車は荷物車4輌郵便車1輌を連結していますが、荷物車は全車締切。したがって荷物列車の時刻表としては停車駅がありません。郵便車は取扱便のため、集配局がある駅毎に受け渡しをやっています。

皆さん、こんにちは。

東北本線48列車についてですが、提示していただいた資料より前、昭和50年4月発行の「SLダイヤ情報」(←今の鉄道ダイヤ情報)に、東北本線のL運転列車として時刻表と機関車箱ダイヤが掲載されています。
それによると、荷48列車は、宇都宮14:08発→上野16:38着ですが、8404レ(急行ざおう52号・ばんだい52号)運転の日は、栗橋→上野間時刻変更をして上野16:08着になっています。
この頃は、宇都宮→上野間普通電車で所要時間が約2時間だったのですが、2時間30分かかる荷物列車だと、どこかで後続の普通電車に追い抜かれることが想像できます。そのため、毎日運転されていても乗客案内上手間がかかるので旅客営業をしなかったのではないか?上野先着列車となる日のみを時刻表に掲載したのではないか?と想像します。
でもこの頃は、「荷物列車は隅田川駅貼った下ったはず・・・」。北東航21様が提示された郵便車はどのような運用だったのか非常に気になります。

48列車には、当時引退間近で人気急上昇だったEF57の牽引でお世話になりました。
2018年7月にこちらの記事「栗橋配線図」でコメントしたつながりで、KASAさんの掲示板に「利根川橋梁と栗橋駅 1976年8月」というタイトルで48列車が停車中の画像を投稿させていただき、この列車の運転にまつわる事情もちょっと書きました。(今見返すと、そのスレにf54560zgさんも参加されていますね…)
それと一部重複しますが、KASAさん、なにとぞご容赦ください。

まず480042さんがご心配の点ですが、この当時、この区間の日中の普通列車は1時間に1~2本でしたから、2時間が2時間半になっても後続に抜かれることはないでしょう。

予定臨の急行8404列車の運転日に48列車が時刻を変更していた理由は、おそらく栗橋駅の配線のためだと思います。
荷48列車の所定ダイヤでは、栗橋に40分くらい停車して急行1本と特急3本を退避します。ところがその後半の特急2本の直前に、予定臨8404列車がやってきて、その特急2本を退避するのです。栗橋駅の配線上、上り列車が使用できる本線は2本しかありません。つまり、48列車が退避中のところへ、さらに8404列車が加わることは出来ないのです。そこで48列車は待避線を明け渡すため、8404列車が来る前に出ていかなければならなかった、というわけです。

そのようなダイヤが作られた理由はわかりませんが、何しろ当時の東北本線は某月刊誌で「上野特急エイジ」とも称された時代、特急から貨物まで速度の異なる列車が複雑に入り乱れる過密ダイヤでしたから、予定臨1本入れるにもやりくりが大変だったことは想像に難くありません。もしかしたら、所定より30分も早い変更ダイヤで上野に着いてしまう郵便車に対応して、郵政省職員も作業スケジュールを変更するといった影響があったかもしれません。

クモイ103さん、f54560zgさん、みなさん、こんばんは。

クモイ103さんが投稿して下さったスレッドのURLは以下となります。念のためのCMです(汗)。その節はありがとうございました。私としては、重複は全く気になりませんので、どうぞご心配なくお願いします。

http://senrozu.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7766898#16344462

(時系列を投稿順に戻してあります。)

KASAさん、ありがとうございます。

この48列車というのは極めて特殊な事例です。
「回送する旅客列車用編成に営業中の郵便車が連結されていたため、回送列車でなく荷物列車として扱った。多客期には臨時に客扱いも行った」というものであり、私は他に類似の事例を思いつきません。

 荷物列車の列車番号は旅客列車と重複していません。ならば、頭の「荷」は何のためでしょう? 番号だけでは判別しないというルールがあったのでしょうか。それとも「回」と同じく客扱いしないというマーク? 
 1969年に見た山陽本線の寝台急行「つくし3号」(215・216)も編成の半分が荷物車でした。

列車番号についての規程は、

列車設定基準規程(昭和39.12.10 運達第28号)

です。関係する条文を抜粋します。(※は、引用者による)

第7条 ※お召列車、御乗用臨時列車関係
第8条 ※1列車1番号の原則、1停車場1番号の原則関係
第9条 列車番号は、記号と4けた以下の数字とからなり、下り列車は奇数番号とし、上り列車は偶数番号とするのを原則とし、そのつけ方は、次の各号に定めるところによるものとする。ただし、別表第2に定める線区及び区間を運転する電車列車については、これによらないことができる。
(1) 1位及び10位の数字
    旅客列車及び荷物列車 1〜49(頭又は末尾に記号を附した場合は、これによらないことができる。)
    貨物列車       50〜99
(2) 100位の数字
    線区又は系統を表わす。
(3) 1,000位の数字
    定期列車の予備番号 1,000台〜5,000台
    季節列車      6,000台
    季節列車の予備番号 7,000台
    臨時列車      8,000台
    臨時列車の予備番号 9,000台
(4) 記号使用方
   ア 頭に冠する記号
     荷物列車    荷
     混合列車    混
     回送列車    回
     試運転列車   試
     工事列車    工
     排雪列車    雪
     救援列車    救
     配給列車    配
     単行機関車列車 単
   イ 末尾につける記号
     電車列車    M
     気動車列車   D

別表第2
 列車番号の特例線区及び区間
(1) 新幹線
(2) 大宮・横浜間の京浜東北線電車列車
 ※以下(25)まで東京、大阪、仙台近郊の電車区間各線が並ぶ

*****

というわけで、旅客列車と荷物列車は、規程上は番号を区分していないようです。
ただ、国鉄は動力近代化によって、動力集中方式の列車が減っていき、実務上、旅客列車と荷物列車を番号で区分できるようになったのではないでしょうか。

以下は蛇足です。

旅客、荷物、回送列車の区別
客の身体や財産を運ぶことが使命である輸送機関としては、列車の使命を考えたとき、旅客を運ぶ、旅客は運ばないが客から預かっている荷物を運ぶ、旅客も荷物も運ばない、を区別できた方が便利だったのではないかと思われます。(傍証として、事故の状況報告を見ると、旅客、職員、公衆の死傷を各別に記載してあります)

貨物列車は、所定の時刻より早発が認められていた時代がありました。
救援列車が走るときは、閉そく方式の変更が見込まれます。
工事列車が走るときは、線路閉鎖が見込まれます。また、積み荷の会計が一般の貨物列車とは異なり荷主が鉄道会社自身になる。
試運転列車が走るときは、通常の運転取扱の規定を適用しないことも見込まれます。

単行機関車列車は、昔、列車分離事故がままあって客車や貨車を置いてきぼりで機関車だけ走って行ってしまうことがあったようで、機関車だけで走っていても事故ではないことを明らかにするために単行機関車列車という区分を作ったと読んだことがあります。(出典は忘れました)

同一線区を走る旅客列車と荷物列車で、列車番号の重複はありましたよ。
1971年11月の交通公社時刻表によると、東京発11:10の西鹿児島(鹿児島本線経由)・西鹿児島(日豊本線経由)行き31列車急行「桜島・高千穂」と、汐留発12:39の熊本行き急荷31列車が共存しています。また東京発19:30の出雲市行き33列車急行「出雲」と汐留発19:18の京都行き急荷33列車があり、おそらく深夜の尾張一宮で、33レ「出雲」(通過)が荷33レ(2:05発)を抜き去るシーンが毎日繰り返されていたようです。

f54560zgさん、皆さん、こんばんは。
混合列車に似た、ご紹介の様な荷物列車も大好き?で、九州の例は親しみがありました。東北、北海道の方が多くあったのですね。

1980年代に愛用していたのは、川内ー八代の2038列車です。1977年の1042列車として紹介されています。ED76牽引で、機関車の次位にスハフ42が1両、鹿児島ー熊本間に連結されていました。
夜行列車で折り返して宿代を浮かすことは常套手段でしたが、ここでは少し異なりました。いつものパターンですと川内駅近くの銭湯を利用した後、駅前の一杯飲み屋?で食事して21:25発の2038列車に乗車。これは終列車で乗客は少なく、暫くするとほとんど貸し切り状態になります。
吊り掛け音と、冬ならSGの湯気に包まれた至福の仮眠タイムです。夏なら、網戸から涼しい風が入ります。八代で客扱いは終了し1:15の発車を見送りますと、6分後に「かいもん」がやってきます。座れなかったとしても30数分で熊本です。
暫くすると、下り「かいもん」が到着。降車客が結構あるのでここから座れなかったことはなく、伊集院から鹿児島交通線に乗り換えることもできました。

日豊本線の1031(1977年の1043)列車にも乗ってみましたが、こちらは、大分ー宮崎間にオハフ50が連結され佐伯から客扱いしておりました。1968年の2043列車の流れを組む列車ですね。この列車も、南延岡ー宮崎間の(優等列車を除く)終列車になります。
どちらの列車も、終列車を設定する代わりにその時間帯の荷物列車で客扱いをしたものと思います。

「急行荷物列車」欄の通過駅は、荷扱いを行わない駅がそのように表記されているようです。郵便扱いのみの時も「通過」表記だそうです。荷主向けの記事だからでしょうか。

 みなさま、ありがとうございます。(恥)

皆様、コメントありがとうございます。
>旅客列車を連結する荷物列車と、荷物車を連結する旅客列車の違い
ありがとうございます。全国規模の輸送なのか地域レベルの輸送なのかの違い、ということでしょうか。

>48列車
宇都宮以南で旅客営業をすることのデメリッは思っているよりも大きいということなんですね。それにしても特殊な列車です。

>上野と隅田川
東京と汐留もそうですが、このあたりの役割分担が興味深いです。

>KASAさんの掲示板
クモイ103さん、大変失礼しました。完全に忘れておりました(汗)。

>列車番号
規定をありがとうございます。
貨物列車の場合は、仮に空車だけの編成だったとしても「回送」にはならないんですよね、きっと。ヨを1両連結していただけで貨物列車という扱いだったようですし。

>宿代を浮かすことの常套手段
寝過ごしは要注意でした。

こちらの話題とちょうどよいタイミングで、Jトレイン誌79号(8月21日発売)で「資料で見る荷物列車Ⅱ」が特集されます。東北・日本海縦貫・北海道の急行荷物列車が対象です。既に77号(2月21日発売)の「資料で見る荷物列車Ⅰ」で東海道・山陽筋の荷物列車が特集されていて、それに続くものです。48列車についても載っているのか気になります。

480042さん
いろいろ探し回った挙句、1975年の郵便車の運用をなんとか拾いました。荷48列車に連結されている郵便車は、北オク配置の北東郵2の運用で、以下の列車に連結されています。

上野1101レ新星〜郡山525レ〜青森1542レ〜仙台124レ〜宇都宮荷48レ〜上野

1976年10月改正で急行新星が20系化された際にオユ10は連結されなくなり、どれか別の列車に変わったと思われますが、発見できていません。

北東航21様 コスモス様

御教示ありがとうございます。

>48列車
てっきり隅田川発着だと思っていました。
上野到着後、どうやって隅田川まで行くのか(帰るのか?)と思っていましたが、北オク配置だとそのまま尾久に帰ればよいだけですね。

>Jトレイン誌
情報ありがとうございます。今週末の発売が楽しみですね。


上野発着の荷物車と隅田川発着の荷物車の所属も気になりますね。上野発着は尾久、隅田川は墨田川限定でしょうか。南局の場合はほとんどが汐留配置なのですが、1977/3で品川に配置されていた2両のスユ13は何に使用されていたんだろう・・・。

Jトレイン誌に昭和60年3月現在の状況が、詳細な資料とともに載っていましたね。

さて、「昭和45年 北海道地区 客車運用表」(2016年 disorderly crowd・刊)という当時の国鉄の資料を復刻したものから、青函航路で航送される荷物車の分を抜粋してみます。J誌がお手元にあれば、比較してみてください。

原資料は表組みですが、適宜組み直します。
継走列車が同じ場合、同一となる車両群の最下段の車両に記載してあります。

*****
連絡船荷物車搭載順序(下り)
便別 1便
搭載線 3番 船首寄から
大航22(オユ) 501〜121
北東航21(オユ) 荷47〜荷41
両数 2両
搭載線 2番
北東航7(マニ) 荷47〜荷41
大航2(マニ)
大航1(マニ)
金航1(マニ) 荷2047〜荷41
新航1(マニ) 荷2047〜125
両数 5両

便別 37便
搭載線 3番
北東航1(マニ)
北東航2(マニ) ○船
盛航21(オユ)
北東航3(マニ) 荷33〜103
両数 4両
搭載線 2番
北東航4(マニ) 荷33〜荷43
北東航5(マニ)
北東航6(マニ) 荷47〜荷43
仙航1(マニ)  荷47〜121
貨車
両数 4両

便別 25便
搭載線 3番
旭航21(オユ) 207〜荷43
貨車
両数 1両

備考 ○船 船内整理

連絡船荷物車搭載順序(上り)
便別 12便
搭載線 3番
金航1(マニ) 荷42〜422
北東航2(マニ) ○船
北東航3(マニ) 荷42〜荷44
北東航5(マニ) 124〜荷44
両数 4両
搭載線 2番
仙航1(マニ) 122〜荷44
大航22(オユ) 122〜502
貨車
両数 2両

便別 16便
搭載線 3番
北東航7(マニ) 130〜荷48
北東航1(マニ)
北東航6(マニ)
北東航4(マニ) 荷44〜荷48
両数 4両
搭載線 2番
旭航21(オユ) 荷44〜204
北東航21(スユ) 104〜荷46
貨車
両数 2両

便別 4便
盛航21(オユ) 104〜102
大航1(マニ) 1218〜荷2048
大航2(マニ)
新航1(マニ) 240〜荷2048
両数 4両

備考 ○船 船内整理

*****
北東航21の荷物車の車種は資料ママ。なお、他ページの北東航21の運用表には、
附属編成 スユ(護送)
と記載されています。

NZさん、貴重な資料ありがとうございます。
J誌では搭載線はすべて2番、ユ3両ニ8両となっていますが、昭和45年当時はユ4両ニ12両、しかも搭載線が2番と3番が使われていたんですね。

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