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2020年7月18日 (土)

田沢湖線配線図 その1(大釜~雫石)

今回からは田沢湖線の各駅の配線図のご紹介となります(但し志度内信号場までですが(汗))。
その第1回目です。

田沢湖線の主要なイベントとしては、
・1922年7月 橋場線全通
・1923年8月 生保内線全通
・1944年10月 雫石駅~橋場駅間休止
・1966年10月 田沢湖線全通
・1981年12月 自動閉そく化
・1982年11月 電化
・1997年3月 改軌、「こまち」運転開始
といったことが挙げられるかと思います。
末端部とは言え一時は一部区間が休止されるようなありさまだったわけですが、その後の発展は目を見張るものがありますね。

 

それでは最初は大釜駅。
1977年4月(※1)
01197704r_20200713194101
・交換可能駅です。

1987年3月(※2)
01198703r
・電化され、自動化もされて近代的になりました。安全側線も設けられています。

2000年7月(※2)
01200007r
・改軌され、新幹線が通るようになりました。
・一線スルーとなり、ATS-Pになって安全側線もなくなっています。

 

続いて小岩井駅。
1977年4月(※1)
02197704r_20200713194101
・一見交換可能駅ですが、下り2番線は側線です。昔は交換可能駅だったのかもしれません。
・当然転てつ器の鎖錠が気になるのですが、この図からはよくわかりません(汗)。

1987年3月(※2)
02198703r
・列車交換が可能になりました。

2000年7月(※2)

02200007r
・大釜駅と違って一線スルーではありませんね。

 

最後に雫石駅。
1977年4月(※1)
03197704r_20200713194101
・交換可能駅です。
・下り列車は上本に到着できますので折り返しが可能になっています。

1987年3月(※2)
03198703r
・下り1番線が本線になりました。これももともとは本線だったのかも知れません。

2000年7月(※2)
03200007r
・一線スルーになりました。副本線が2線ある一線スルーは珍しいかも。
・上下とも、いずれの本線にも進入できますし、いずれの本線からも出発できます。

 

ところで、前述の通りいったんは橋場駅まで開通した橋場線ですが、その後戦時中に雫石駅~橋場駅間が不要不急路線として休止されてしまいます。休止により終端駅となっている頃の雫石駅の様子を昔の空中写真で見てみます。
Usar142812119480515
・国土地理院地図・空中写真閲覧サービスのUSA-R1428-121(1948/5/15)を加工したものです。
・中央やや右が雫石駅で、左側が休止中の橋場駅方です。
・オドロキなのは橋場駅に通じる本線上に転車台らしきものが設けられていることですね(青矢印部)。結構大胆。

終端となった雫石駅にわざわざ転車台が設けられたということは、当然橋場駅にも転車台は設けられていたハズ、ということで、橋場駅の付近も見てみます。
Usar142810919480515
・国土地理院地図・空中写真閲覧サービスのUSA-R1428-109(1948/5/15)を加工したものです。
・若干わかりづらいですが、おそらく青矢印部が転車台ではないかと。

 

配線図は
※1印・・・3RT生さん
※2印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

小岩井駅は一度だけ来た事がありますと言っても小岩井の近所のつなぎ温泉に行った帰りに小岩井牧場に行く為田沢湖線を横断しただけです(一連の冬の三陸旅行の最終日でした)盛岡では雪はありませんでしたが小岩井では雪が積もっており小岩井牧場の入口迄行き中へは入らず戻りバスで盛岡へ行き特急(列車名忘却)で上野へ戻りました距離的には東京大阪間と略同じでしたので東海道本線の特急こだま・つばめ・はとが走っていた時はこんなだったんだなと思いました 小岩井の駅前は閑散としていた印象です
小岩井駅から小岩井牧場迄嘗て簡易なトロッコ線路が有ったそうですが跡形もありませんでした

yyoshikawaさん
懐かしいお話をありがとうございます。

先日コメントさせてもらった勢いで知っている駅が出てきたので投稿します。

橋場駅について跡地を探索された方のレポートがあります。

http://yamaiga.com/rail/hasiba/main.html
と続きの
http://yamaiga.com/rail/hasiba/main2.html
で続きの方には転車台についても詳細に書かれています。

しかし雫石駅の転車台はスゴいですね、跡地はきれいに埋めたのでしょうか。

JR世代さん
情報ありがとうございます。結構面影が残っているんですね。それにしても詳しく調べている方には脱帽です。

JR世代さん
情報ありがとうございます。結構面影が残っているんですね。それにしても詳しく調べている方には脱帽です。

橋場駅のレポートを読む限り、2番線に渡るこ線橋の跡や線路を横断するための切欠き(大社駅にある)は発見できなかったようです。

当時の運転本数だと1番線だけで十分で島式ホームは全通時のための準備だったのではと思われ。

太田拓也さん
そうかもしれませんね。

はじめまして。いつも拝見させております。

さて、小岩井駅ですが、下記の動画を見つけました。
https://www.youtube.com/watch?v=yPEEiWZBSOo
どうも貨物取扱駅で立番の駅員(駅長?)も居たようですね。
但し、場内・出発信号機が確認出来ないので、停留所ということになるのでしょうか?

名無しさん、はじめまして。情報ありがとうございます。
駅員さん、貨車、お客さん、そしてキハ。昔懐かしい雰囲気ですね。

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