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2020年6月 3日 (水)

徳島付近の路線の変遷

徳島駅付近の線路網はいくつもの民営鉄道による開業とこれらの買収によって形成されてきました。
この辺りの歴史を整理してみました。

 

最初に1899年2月。
189902
・徳島鉄道により徳島駅~鴨島駅間が開業しました。

 

次に1913年4月。
191304
・徳島鉄道は順次延伸を繰り返しましたが、まだ全通前の1907年9月に買収されて徳島線となりました。
・1913年4月、阿波国共同汽船により徳島駅~小松島駅間が開業しましたが、開業直後から国が借り上げていたようです。
・小松島駅については3RT生さんのブログが詳しいです。
http://lbxnydr.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/56-c183.html

 

続いて1916年12月。
191612
・1916年7月、阿波電気軌道により古川駅~撫養(むや)駅間が開業しました。吉野川が流れているために徳島駅にたどり着けず、やむなく船による連絡を行ったようです。
・また南の方では1916年12月に阿南鉄道により中田(ちゅうでん)駅~古庄駅間が開業しました。

 

続いて1923年2月。
192302
・1917年9月、阿波国共同汽船が買収されて小松島線になりました。
・1923年2月、阿波電気軌道により池谷駅~阿波大寺駅~鍛冶屋原駅間が開業しました。

 

続いて1935年3月。

1935031 
・1928年1月、阿波電気軌道の撫養駅(初代)がゑびす前駅に改称され、同時にゑびす前駅~撫養駅(2代)が延伸開業しました。
・1933年7月、阿波鉄道(阿波電気軌道から改称)が買収されて阿波線となりました。この時ゑびす前駅が蛭子前駅に、阿波大寺駅が板西(ばんざい)駅に改称されています。
・1935年3月、吉野川の架橋を含めて高徳線が全通しました。これにより板西駅~鍛冶屋原駅間は鍛冶屋原線に、池谷駅~撫養駅間は撫養線に改められ、また古川駅~吉成駅間及び連絡船は廃止となりました。

 

続いて1961年4月。
196104
・1936年7月、阿南鉄道が買収されました。
・1948年8月に蛭子前駅→撫養駅、撫養駅→鳴門駅に改称され、続いて1952年3月に鳴門線に改称されました。
・1956年4月に坂西駅が板野駅に改称されました。
・1961年4月に徳島駅~牟岐駅間が牟岐線となり、小松島線は中田駅~小松島駅間に改められました。

 

最後に1985年3月。
198503
・1972年1月に鍛冶屋原線が廃止されました。
・1985年3月に小松島線が廃止となり、現在の姿になっています。
・結果としては、徳島鉄道→徳島線、阿波国共同汽船→小松島線、阿波電気軌道→高徳線・鳴門線・鍛冶屋原線、阿南鉄道→牟岐線、といった変化を辿ったことになりますね。

 

柘植配線図の記事でNZさんから「建設当時は支線だったのが、今ではこっちが本線」というコメントをいただきましたが、
・高徳線と鍛冶屋原線
・高徳線と鳴門線
・牟岐線と小松島線
はこれに当てはまるかもしれません。

また
・吉成駅~古川駅(阿波線)
・阿波山川駅~船戸駅(徳島線)
・羽ノ浦~古庄駅(阿南鉄道)
の各区間は路線延伸時にルートが変更となって最終的に廃止されたケースです。(仙人峠駅や橋場駅と同様のケースです。)
事情はそれぞれ異なるのかもしれませんが、この付近に3つも集中しているのはおもしろい気がします。

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