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2020年4月26日 (日)

山田線配線図 その6(磯鶏~豊間根)

ようやく山田線に戻りまして、その第6回目です。

まず磯鶏(いそけい)駅と津軽石駅です。
1977年4月(※1)
1819197704r
・1968年10月では朝方に宮古方からの磯鶏駅折り返し列車の設定があります。さらに1977年3月では同じ時間帯の列車が津軽石駅折り返しになっています。
・磯鶏駅には分岐器がありますが信号機が描かれていません。通票鎖錠装置? でも連査閉そくですよね? 誤記? 貨物営業は1981年ですので、この時点では側線は使用されていたハズです。
・津軽石駅の下本には6Lが設けられていますので、これで折り返しが可能になっています。

1987年3月(※2)
1819198703r
・磯鶏駅は棒線化されてしまいました。
・津軽石駅の6Lも撤去されてしまいました。

2000年7月(※2)
1819200007r
・特殊自動閉そく化されたようです。

 

続いて豊間根駅です。
1977年4月(※1)
20197704r
・普通の交換可能駅です。

1987年3月(※2)
20198703r
・棒線化されてしまいました。

2000年7月(※2)
20200007r
・変化はありません。

 

配線図は
※1印・・・3RT生さん
※2印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

磯鶏駅

手元の昭和54年10月1日改正「岩泉線・宮古線・田沢湖線・山田線・釜石線 列車ダイヤ」(盛岡鉄道管理局)によると

駅名にKが付いているので、この時点では貨物扱い駅です。
貨物列車のダイヤを見てみると、1日に上下各2本を設定しています。
上り
690列車 (始発)宮古910発(上2)→磯鶏914:30秒通過→陸中山田950:30秒着 1002発→釜石1049着(終着)

698列車 (始発)宮古1635発→磯鶏1640着 1656発→津軽石1708着<635D交換>1713発→陸中山田1742着 1817発→釜石1926着(終着)

下り
693列車 (始発)釜石1050発(中)→陸中山田1127着<1614Dそとやま交換>1212発→磯鶏1251通過→宮古1256着(上本) 1459発→盛岡1916着(上1)(終着)

673列車 (始発)釜石1327発(釜2)→陸中山田1421着<1638列車交換>1433発→磯鶏1512:30秒着 1521発→1528着(終着)

なお、690列車、698列車、693列車の列車線は混合列車です。

磯鶏駅には本線有効長の記載がありません。連査閉塞の閉塞区間は宮古津軽石間。なお早朝深夜は宮古陸中山田間で閉塞が併合されます。

***

推測ですが、貨物扱いといっても、貨車の解結をするわけではなく、ワフに積載した荷物を積み下ろすといったことをしていたのではないでしょうか。

昭和も50年代になって、本州内の山田線、釜石線には何本も混合列車が設定されているのですが、そんなものだったのでしょうか?

> 貨物扱いといっても、貨車の解結をするわけではなく、ワフに積載した荷物を積み下ろすといったこと

山田線ではありませんが、そんな場面をカメラに収めています。
昭和56(1981)年3月24日、五能線1730レ(弘前→東能代)に乗車したところ、五所川原で機次位にワム60000が連結されました。途中の追良瀬駅で停車中にホームに出て前方を撮った写真に、ワムの扉が開け放たれ、駅員が貨物扱いを行っている場面が写っています。
貨物といっても片手で持てる程度のもので、もう片方の手には合図用の赤旗を持ったまま、傍らに停めたリヤカーに積もうと(又はワムへ積もうと?)しています。
その後ろに連結されたオハユニ61の郵便室扉の落とし窓から、郵政職員が顔を出してその様子を眺めています。背景の裏山の斜面には残雪がちらほら見られますが、良く晴れた早春ののどかな光景でした。

ちょっと、線区が異なりますが…

>クモイ103 さん

手元の、昭和53年10月2日改正 昭和54年10月1日訂補「黒石線・五能線・阿仁合線 男鹿線・矢島線 列車ダイヤ」(秋田鉄道管理局)によると、

追良瀬駅は貨物扱い駅ではありません。
荷物は、事業用のものだったかもしれませんね。
運転時刻は、1129:15秒着 1130:15秒発と1分停車です。
また、この駅を通る貨物列車は、いずれも混合列車で上下2本ずつ設定されていますが、他の3本もいずれも1分停車です。

とはいえ、わずかな停車時間の間に、貨車から直接荷物の積み下ろしをすることがあるのですね。

NZさん

追良瀬駅は貨物扱い駅ではなかったとのこと、ご教示ありがとうございます。
スレ違いで恐縮ですが、もう一つ補足させていただきます。
その後改めて写真を見返していたところ、ひとつ前のコマが引っ掛かりました。
昨日述べた写真よりも数十メートル後方にある客車3両目の後方デッキあたりから撮影しているので遠いですが、くだんのリヤカーには、この時点では荷が満載のようです。ということは、これらの荷物は停車時間中にワムへ積み込まれ、約1分後?である昨日述べた写真で駅員が片手でぶら下げているのは、最後の1個だった事になります。
なお、そのすぐ後ろにはオハユニの荷物室がありますが、両コマ共にワムの扉が開いており、一方オハユニの前には人がいませんので(郵便室から顔を出している人はいますが…)、やはりワムへの積み込みだったと思われます。
荷の外観は、白っぽい箱あるいは包みのようなもの、という事しかわかりません。業務用品だとしたら何でしょうね?

山田線で行われていた貨物扱いと全く関係が無ければ、スレ違いの点を重ねてお詫びいたします。

NZさん、クモイ103さん
興味深い情報ありがとうございます。
基本的には「荷物は駅の停車中に積み下ろしをするが、貨物は扉に封印をするので停車中の積み下ろしはしない」というものだと思ってきたのですが・・・。
拙ブログの東能代駅の記事にもワムの扉を開けて荷物を取り出している写真をご紹介しているのですが、「荷物車の代用では?」と思っていました。
「貨物の積み下ろし」に関しては、長い間モヤモヤしているところがあり、一度整理して疑問を投げかけさせていただこうかと思います。

f54560zg さん
記事「東能代 1978/10/4」に掲載された写真は、私が乗ったのと同じ1730レですね。
「貨物の積み下ろし」について今後新しく記事を起こされるのであれば、私の追良瀬駅での写真もご提供したく存じます。
別途のルートからメッセージをお送りしましたので、ご連絡先をお教え頂けませんか?

クモイ103さん
ありがとうございます。ご連絡させていただきます。

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