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2020年3月 1日 (日)

高崎 1979/7/15 その2

1979年7月の高崎駅の写真は以前ご紹介しているのですが、今回は未公開写真を。

以前の記事も合わせてご覧下さい。
 高崎配線図
 高崎 1977/3/23
 高崎 1978/3/24
 高崎 1979/7/15
 高崎 2010/6/6 その1
 高崎 2010/6/6 その2

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・新幹線の高架下となった8番線の大宮方です。正面は高崎客車区です。

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・跨線橋から新潟方を望みます。1番線・中線・2番線です。
・先日のクモイ103さんのコメントの通り、1番線→上越線へのクネクネがよくわかります。

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・同じく、6番線・7番線です。

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・4番線の新潟寄りです。

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・2番線です。

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・振り返ります。まだ貨車がいっぱいいた頃です。

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コメント

2枚目の写真で先の方の分岐器の配置を見ると、左端の貨車が停まっている線路が本線みたいですね。その右隣りが実は下り本線だとは、にわかに信じられない光景です。

どうしてこのようなくねくね配線が出来たのか、興味が沸きます。
元々上野~高崎間は日本鉄道、その先は両毛鉄道として開業したため…でしょうか? しかしネット上で軽く検索したところ、両毛鉄道は初めから日本鉄道の支線として建設・運営された、との話もあります。
古い時代の配線図があれば分かるのかもしれませんが。

>クモイ103 さん

貨車が停まっている線路は、機待線ではないでしょうか?

> NZさん
その通りですね。
もしかして、両毛鉄道開業時にはここが本線だったとか?

重箱隅つつきで恐縮。
日本鉄道は前橋(現前橋ではなく、現新前橋のちょっと北寄り、利根川鉄橋手前)まで開通しています。

ご参考まで。

皆様
このような形態になった経緯を探るのは難しそうですね(汗)。

高崎~前橋間は日本鉄道による開業だったのですね。
情報を読み違えており、失礼しました。

クネクネ配線の理由解明が遠のきました…

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