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2020年2月13日 (木)

盛岡貨物ターミナル配線図

盛岡貨物ターミナル駅の配線図のご紹介です。

最初は1977年4月。(※※)
197704r_20200205204301
・開業から約3年が経過した頃ですね。
宇都宮貨物ターミナルとよく似た配線ですが、下1、下2からの出発が高架線を通らず貨物基地への通路線と平面交差する点が異なります。
・細かいので2つに分けます。

197704r1
・機留線らしきものが見当たりませんね。すぐに盛岡駅に回送してしまうからでしょうか。宇都宮貨タの場合は青森方に機留設備が設けられていたのですが、すぐに宇都宮駅に回送してしまうためせっかくの設備が使用されたことはなかったのかもしれません。

197704r2
・青森方にライナー着発線と本線とを結ぶ破線の線路が描かれており、またライナー着発線の東京方には列停の記号が。いずれライナー着発線に直接列車を発着させようとしていたのでしょうか。でもライナー着発線がライナーホームに面していないのは?です。
・よく見るとライナー着発線の青森方に車停が確認できます。ということはどこかに入信が・・・探すと下1と下2に見つけました(21Rと22R)。またライナー着発線の東京方には入信23Rが、上1、上2の東京方には車停があります。直接列車の発着はできないものの他の線路と違ってここだけは構内運転が可能な特別扱いされた線路になっていますね。
・中央付近にセメント通路と書かれていながら行き止まりになっている線路があります。これについては後程。

続いて1987年3月。
198703r_20200205204301
・同様に2つに分けます。

198703r1_20200205204301
・下1、下2の入信は、記号は描かれていますが21R、22Rの文字がなくなっています。

198703r2
・ライナー着発線と本線とを結ぶ破線はなくなりました。計画中止でしょうか。結果、ライナー着発線の東京方の列停と上り第1場内12LVと下り第2出発10Rは梯子を外された格好になってしまいましたね。
・23Rは記号は消えましたが文字だけ残っています。構内運転はとりやめになったのでしょうか、それとも誤記でしょうか。
・貨物基地の最上部(西側)に油1、油2番線が新たに設けられました。オイルターミナルですね。先の「セメント通路」は「油通路」の間違いだったのかも。

最後に2000年7月。(※※※)
200007r_20200205204301
・同様に2つに分けます。

200007r1
・下1と下2の入信、上1と上2の車停は姿を消しました。

200007r2
・ライナー着発線の入信と車停もなくなりましたね。実際に構内運転が行われたのか、それとも計画だけで終わったのか・・・。
・計重台って今でもあるのでしょうか? 使用されることはないかと思いますが。
・盛岡機関区の車両配置がなくなり、機関車を盛岡駅に回送する意味がなくなってしまいましたので機関車が盛岡貨タで滞泊するようなったはずですが、これに対応した設備は設けられたのでしょうか。宇都宮貨タでも同様に宇都宮駅への回送が取りやめとなりましたが、こちらの場合は長い間使用されていなかった機留線を活用しているようです。

ところで配線図上に見られる「ライナー着発線」や「ライナーホーム」の「ライナー」の文字。おそらくフレートライナーのことだと思います。フレートライナーという言葉は一時期もてはやされましたがその後はあまり聞きませんね。
そもそもフレートライナーとは何なんでしょう、恥ずかしながら(汗)。現在のコンテナ専用列車と何が違うんでしょうか。昔は一般の貨物列車にコンテナ車が連結されるケースがあったので、コンテナ専用列車を特にフレートライナーと呼んで区別したのでしょうか。もっとも今ではほとんど(すべて?)がコンテナ専用列車になってしまい、逆にフレートライナーという言葉があまり使われなくなった、とか? 
初めてフレートライナーという言葉を知ったのは小学生の頃鉄道模型のコキ19000の商品説明に使用されているのを見た時で、当時は「コンテナが大きいのがフレートライナー」と勝手に理解していたのですが(汗)。
詳しい方、お教えください。

配線図は
※※印・・・3RT生さん
※※※印・・・KASAさん
よりご提供いただきました。
ありがとうございます。

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コメント

まず、
東青森、盛岡タ、新座タ、梶ヶ谷タ、新南陽にこのライナーホームないし、ライナー線があります。

逆に言うとこれ以外は見つけられませんでした。

不思議なのは、
武蔵野線上にありながら、
越谷タにはライナーホーム、ライナー線はありません。梶ヶ谷タより先の開業なのに…。

高速貨物列車であるコキ10000やコキ50000主体の編成で時速95キロ以上の列車をフレートライナーと呼んでいたように思います。
昭和43年頃のようです。

この時同時に設立されたのが日本フレートライナーです。


 フレートライナーとは、停車駅で敏速な解放連結を行って所要時間を短縮する列車だと理解しています。細部はともかく大まかにはこれで正解だ思います。
 作業としては、到着→引き上げ→押し込んで到着車を解放する→引き上げ→押し込んで発貨車を連結→引き上げ→列車に連結→ブレーキ試験→発車、の手順によります。配線がよければこの作業を15分で済ませていました。まさに神業です。
 入換機がいれば入換を任せますが、牽引機との交代時間が加わって時間短縮では不利です。ただし入換のプロが行うので牽引機が行うよりもスピーディな作業が可能です。
 大ヤードではこの配線がありません。配線改良するか、別途ライナーの着発線を設ける(実例:岡山操車場)かの方法となります。
 越ヶ谷は駅の新設のとき、この作業を見込んだ配線とされたので、別のライナー設備が不要だったのでは? と推定します。
 最終的には最近の着発線でのコンテナ積卸しに収束するわけですが、この盛岡タのような近代的配線の駅が一番困りそうです。大幅な配線改良を行った実例が有るのでしょうか。

C6217様ありがとうございます。

改良例があるのかわかりませんが、
東広島(新幹線の駅じゃないほう)は怪しい気がします。
現在は広島タになりESに変わってますが、
管理人さんのおっしゃる
19000とかは汐留~東広島運用が多かったですし。

>越谷貨タ
手元には11番線と15番線の間のホームに「ライナーホーム」と記載された資料(1983年)があります。時とともに名前も変わっていくのかもしれませんね。

フレートライナーは国鉄貨物輸送改革の柱として制定された列車でした 国鉄時代ヤード系輸送における貨物滞留時間問題の解決の為地域間をヤードパスネットワークで結ぶ高速貨物列車構想を立ち上げた 大幹線の東海道筋ではEF66牽引によるコキ10000系高速コンテナ貨車で100km/h運行 東北筋や北陸筋ではコキ50000系高速コンテナ貨車で85km/h運行何れもヤードパスの直送系輸送による到達時間短縮を目的とした列車であった 国鉄では此の高速速達貨物列車にフレートライナーと命名し顧客である通運会社や荷主にPRした 時代が移り国鉄末期にヤード系貨物輸送廃止への試金石となり現在のコンテナネットワーク輸送方式へ繋がる貨物列車でした

yyoshikawaさん
今走っているコンテナ列車はフレートライナーということなのですよね。

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