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2020年2月25日 (火)

高崎 1977/3/23

1977年3月に高崎駅付近で撮影した写真です。
すでにご紹介済みのものもいくつかありますがご容赦下さい(汗)。

以前の記事も合わせてご覧下さい。
 高崎配線図
 高崎 1979/7/15
 高崎 2010/6/6 その1
 高崎 2010/6/6 その2

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・上野6時20分発の高崎行き2321列車の窓からの撮影です。北藤岡~倉賀野間の烏川橋梁付近です。

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・高崎操車場の脇を駆け抜けて、

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・県道12号線をくぐって、

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・74キロポストを過ぎると高崎駅はもうすぐです。高崎駅到着は8時57分です。

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・終点のハズの高崎駅では機関車がEF62に交換され、9時36分発の321列車として長野を目指すことになります。このとき列車後部では高崎回転車の切り離しが行われています。

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・9時20分発の上野発上越線経由金沢行き3001Mはくたかです。渡り線をクネクネと渡っていきます。

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バックナンバーはこちらからどうぞ。

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コメント

烏川橋梁は、1972年から75年までの間に下り線が移設され、上下線が大きく離れた現在の姿になりました。
写真1枚目では上下線間が微妙に離れかけていますから、ここから離れていく旧線との分岐点付近でしょうか。
上り線に隣接していた旧下り線の跡は、半世紀近くを経た今でもはっきり残っているようですね。

「はくたか」は随分くねっていますね。
そういえば確かに、下り本線(1番線)から出発する上越線列車はくねっていた記憶がよみがえりました。
記事「高崎配線図」所載の1978年の配線図だけ見ているとダマされますね。

高崎駅到着の直前、画像左側のクラシカルな製粉会社(確か日本製粉だったような。違うかも)が懐かしいですね。
この当時は専用側線も現役だったはずです。国鉄線と上信電鉄線に挟まれた三角地帯のようなところに建っていました。
高崎駅にはもう一つ、長野方にも別の製粉会社の専用線があって、小麦産地の上州らしい光景でした。

クモイ103さん
おっしゃる通り、配線図は分岐器の直線側・分岐側が正確に表現されていない場合があるので誤解することがありますね。

刻苦七十年さん
日本製粉の専用線は下り本線からいきなり分岐する、ちょっと変わったカタチでしたね。

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