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2020年1月 7日 (火)

八田配線図

関西線の八田駅の配線図のご紹介です。

最初は1983年4月。
198304
・単線区間ですが、複線区間によく見られる上下共用の中線を備えたタイプの配線です。名古屋駅~亀山駅間では、ホームの配置を考えなければ蟹江駅、永和駅、弥富駅河原田駅が同様の配線です(でした)。ちょっと特徴的な区間ですね。
・名古屋駅~亀山駅間は1982年5月に電化されているのですが、名古屋駅~八田駅間はそれより先行して1979年8月に電化が完成しています。鉄ピク1979年11月号トピックフォトによれば名古屋工場での電車検修開始に伴う試運転線として使用するためだったようです。

続いて1990年8月。
199008
・一部専用線がなくなっていますが、大きくは変わっていません。
・1983年の配線図には描かれていなかった入換標識が見受けられますが、これは記載モレではないかと。

この後2002年に高架化されたわけですが、本線の配線は地平時代と同じ形態のままのようです。高架化を機にシンプルな配線に変更されるケースが多いと思うのですが、八田駅の場合は昔と同じですね。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

八田駅の小野田専用線は八田駅貨物扱い側行き止まり線に接続してます専用線向けホキを送り込むにはスイッチバックになりますね 多分小野田専用線には貨車移動機が存在していたのでしょう

グーグルマップで見ると八田駅から西名古屋港線(おおなみ線)への連絡線があった様に見えますね。

yyoshikawaさん
駅に接続する専用線の中には「これ、どうやって貨車を出し入れするの?」と感じてしまうものを見かけることがありますね。
グラスモンキーさん
北方貨物線の「開業することのなかった遺構=未成線」ですね。1972~1973年頃に建設されたものではないかと思います。

はじめまして。
小野田セメントの専用線には、汽車製で元北陸鉄道〜三岐鉄道のDC301と、日立製のDB25の2輌のDLがおりました。昭和50年代にはDC301は休車状態で、DB25が走り回っていました。専用線廃止後、DC301は解体された様ですが、DB25は三岐鉄道西藤原駅に保存されています。
専用線の西端(亀山方)にはドラバーサーもありました。

管理人様 皆様 こんにちは。
>単線区間ですが、複線区間によく見られる上下共用の中線を備えたタイプの配線です。
このタイプの配線は、関西本線を建設した関西鉄道の特徴的な配線だと読んだ記憶が有ります。中線にはホームがない駅が多いので、貨物列車の退避用に作られたのでしょうね。
>高架化を機にシンプルな配線に変更されるケースが多いと思うのですが、八田駅の場合は昔と同じですね。
ご存知のように関西本線は今でも貨物列車の本数が多く、且つ単線区間も有るので、ダイヤの作成にはかなり苦労してるようです。そのため貨物列車の退避する中線を無くすことは出来なかったのかと思います。
因みに、八田駅高架工事中は件の中線が使えなくなるため、八田~春田間に伏屋信号場を設けて代用していました。(現在伏屋信号場は廃止)
また宜しくお願いいたします。

ぷっちさん、初めまして。
個人的にはトラバーサーが気になります(汗)。

当方のブログ「八田駅のDD51」で更新しました。地平駅時代の1976年7月の撮影です。
https://ict.easymyweb.jp/member/moni5187/default.asp?c_id=49626

改めて、1983年4月の配線図からDD51の走行位置を確認しますと。手前に写っているのが、上本と上1との分岐の52イ。その上が中線。その上が下本。その上が72と71間の貨物側線。右中隅に写っている分岐が71。だと思われます。
運転士が貨物ホームを向いているので、DD51は73と71間の貨物側線を推進で下4と下3間を入換中。だと思われます。

moni5187さん
懐かしい写真をありがとうございます。

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