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2019年10月 1日 (火)

東海道線の渡り線

東海道線は現在小田原以東で客貨が分離されており、線路別の複々線となっている区間が長く続いています。
京阪神間のように方向別の複々線ですと渡り線ひとつで転線が可能ですが、線路別ですと対向となる線路を横断しなければならずちょっと面倒です。
それでも東海道線には何か所か転線のための渡り線が設けられており、かつそれらが時代によって微妙に変化しています。
今回はそのあたりの変遷を略図として整理してみました。
わかりやすくするために、必要な最小限の線路しか表現していませんのでご承知おき下さい。
もちろん、線路はあるものの信号設備のない渡り線は除外しています。

以下も合わせてご覧ください。
品川配線図
品川配線図 追加
鶴見配線図
鶴見配線図 追加
横浜配線図
戸塚配線図 
大船配線図
藤沢配線図
茅ケ崎配線図
平塚配線図
国府津配線図
小田原配線図

最初に1935年3月。
193503r_20190930192201
・この時代、品川駅にはまだ貨物操車場がありましたが、東京/汐留/操車場←→東海道線/品鶴線のいずれに対しても転線が可能なように渡り線が設けられています。
・鶴見駅では旅客線←→高島線の転線が可能になっています。
・横浜駅の神戸方には絵に描いたような大胆な渡り線がありますね。
・大船駅の東京方には貨物下り→旅客下り、旅客上り→貨物上りの渡り線があります。しかも支障が少なくなるような配慮がなされています。
・藤沢駅の東京方にも同じ機能の渡り線がありますが、こちらは支障に対する配慮はありません。

 

1951年8月
195108r_20190930192201
・品川駅では操車場が廃止されました。でも東京/汐留←→東海道線/品鶴線のいずれに対しても転線が可能なのは変わっていません。
・横浜駅は東京寄りにも渡り線が設けられました。至れり尽くせりですが、意図がよくわかりません(汗)。

 

1957年3月
195703r_20190930192201
・品川駅は渡り線が微妙に変わっています。支障を少なくするためでしょうか。

 

1961年3月
196103r_20190930192201
・藤沢駅では神戸方にも渡り線が設けられました。

 

1967年3月
196703r_20190930192201
・大船駅の渡り線が微妙に変化しています。

 

1977年10月
197710r_20190930192201
・鶴見駅の渡り線はなくなりました。
・大船駅でもなくなっています。

 

1986年3月
198603r_20190930192201
・総武快速地下線が開通して様相がかわりましたが、東京/汐留/総武地下線←→東海道線/品鶴線のいずれに対しても転線が可能なようになっています。
・鶴見駅では神戸方で、大船駅では神戸方で貨物下り→旅客下り、旅客上り→貨物上りの転線が可能な渡り線が設けられました。
・茅ヶ崎駅も大胆に両側に渡り線が設けられました。
・国府津駅では貨物上り→旅客上りの転線が可能なようになっています。

 

2019年9月
201909r
・汐留駅が廃止され、配線の変更が行われて総武地下線←→東海道線の転線は不可能になりました。
・横浜駅でも一部渡り線が廃止されていますが、何とも微妙です。
・藤沢駅の渡り線はなくなりました。
・平塚駅では旅客下り→貨物下り限定の渡り線が新たに設けられています。

 

線路と信号設備といった設備面から見た東海道線の渡り線の変遷は以上の通りです。
しかしながらこれらの渡り線が何の目的で設置されたのか、どのような列車がこの渡り線を通ったのかといった運転面についてはよくわかっていません(汗)。茅ケ崎の渡り線新設はDJ誌に記事があったような気がするぐらいで。お詳しい方の解説をお待ちしています。

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コメント

茅ヶ崎と平塚に関しては湘南新宿ライナー(現ホームライナー小田原)の関連ではないかと思われます。
現在貨物線経由のライナーは何本か設定があり、
一つは茅ヶ崎、藤沢の新設ホームのみの停車するライナー。
それ以外は平塚まで(から)旅客線走行で、茅ケ崎、藤沢の新設ホームに停車し、貨物線~品鶴経由の新宿・品川・東京です。

あとサンライズがそうだったのでは?

連投すみません。

鶴見の渡りは鎌倉~大宮のホリデー快速ですね。
府中本町を通過した後、武蔵野南線に、鶴見で信号待ち後旅客線に突入し、戸塚で横須賀線に。
115系スカ色6連以降の記憶はありませんが・・・
(一時期ナノ車の6連も充当されてたような。)

東海道線の渡り線、どういう使われ方をしたのか謎ですね。
旅客列車を主体にした渡り線なのか、貨物列車を主体にした渡り線なのか、いまいち見当がつきません。
私が一つ調べた結果は、鶴見駅の1977時点で廃止されている渡り線ですが、この渡り線を通った貨物列車が存在します。どうも京浜地区の貨物が絡んでいるのではないかと思い、43、10貨物時刻表を調べると品川から東海道旅客線を鶴見に向けて走る貨物列車がありました。それは時刻表では京浜線という名称で、当時は蒲田や川崎なども貨物営業をしていたので、列車の設定がありました。その当時で最大で蒲田〜川崎で6本の貨物列車が設定されていました。
しかしこの6本は全て下りのみで上りは1本もないです。これは、貨物駅が全て線路の海側に配されている関係でしょう。
そして行き先が新鶴見操、高島があり、この鶴見駅の渡り線を使って転線していたものだと思います。
そして1977年ごろでは、東京貨物ターミナルからの塩浜操経由の貨物線ができたことで、集約化され、これらの貨物駅、貨物営業も廃止となり渡り線も撤去したのではないでしょうか。
また、その頃廃止された、川崎駅から川崎新町までの短絡線や、小田操車場というのも、情報が少なく、非常に興味があります。

横浜駅の東京方の渡線は、2008年8月に下り富士・はやぶさが機関車故障で立ち往生した時に活きた記憶があります。

たしか品川(旧東京機関区)常駐のEF65PFを回送してきて、後部に連結して編成ごとこの渡線を使って上り線に入って品川まで回送されました。

その後、品川まで戻したPF機が牽引して5時間遅れで再度、西へ向けて出発したと記憶しています。

現在あるいは最近のダイヤで渡り線を使うもので思いつくものを書いていきます。

品川駅(旅客~品鶴)
・横須賀線の上り最終下り始発が9番線発着で使用。

鶴見駅(貨物~旅客)
・武蔵野線~鎌倉直通ホリデー快速

横浜駅東京方(品鶴~旅客)
・新宿方面発着スーパービュー踊り子
・一部の成田エクスプレス(東海道ホーム着)

横浜駅神戸方(東海道~横須賀)
・一部の東海道線経由NEX回送

戸塚駅
(いっぱいあるので省略)

大船駅(横須賀~東海道)
・一部の東海道線回送電車の横須賀線経由運転

茅ヶ崎駅東京方
・上りサンライズ瀬戸・出雲

茅ヶ崎駅神戸方
・茅ヶ崎~小田原間に停車駅がある下り貨物線ライナー

平塚駅
・小田原~平塚間に停車駅がある上り貨物線ライナー

国府津駅
・二宮駅始発となる上り電車

どの渡り線も日常的に使用されているのでした。日常的に使用されているおかげか、以前に比べて迂回運転が増えたと思います。
東海道線電車が品鶴線迂回や保土ケ谷・東戸塚に停車したり、辻堂~小田原ノンストップで貨物線迂回をしたり、異常時には臨機応変な運転がされるようになりました。

鶴見の渡り線は日曜と金曜に上下8本の貨物が鶴見~小田原間旅客線経由で運転するので使用しています。
同じく大船の渡り線も下り2本が大船~小田原間旅客線経由となっていますね。
0時から4時までの出来事なのであまり知られていないようですが。

皆様
多数の「転線列車」情報ありがとうございます。
コメントを拝見して、多種多様な列車の存在に驚いております。それぞれの渡り線が有効に活用されていることが理解できました。
その中で一点だけ。
>二宮始発
国府津電車区から出庫し、国府津駅のホームのない8番線から件の渡り線を通って二宮まで回送、ということでしょうか。なぜ国府津始発でないのかが不思議です。

>管理人さん

2019年3月16日「ダイヤ改正」の
市販時刻表 には、

「地図」のところ に

「JR
    = 旅客列車が走る貨物線」が、あります。

「=貨物線を走る、旅客列車」で、
東海道貨物線・山手貨物線・
武蔵野貨線・東北貨物線 など、あります。


>管理人さん

国府津→二宮は、回送扱い。

で、二宮から、客扱い。

理由は、国府津のホーム状況を見る と、わかる。

朝のラッシュ ですし、
東京に近いほど、お客さんはいます から、
「東京起点、二宮=73.1km/国府津77.7km」で、
国府津から よりも、
二宮まで回送 のほうが、時間的にも早いし、
お客さんも「始発から 乗車できる」です。

名無しさん
二宮駅での着席確保、ということでしょうか。

現在、東海道線東京口(藤沢~戸塚間)では21本/h設定しており限界ギリギリです。15両編成で3分間隔を切るのはあまりないのではないかと思います。
そして、二宮駅時点では正直言って着席サービスをわざわざ設定するほど混んでなかったかと。
二宮駅始発が存在する理由は国府津駅ホーム不足にあります。上りに直接出庫するものや、下りに出庫するものもあり、増結する列車もあります。その中で19本/hから21本/hに増発する苦肉の策として国府津駅の貨物線側から貨物線を横切って出庫するようになりました。
ちなみに昔から存在する藤沢始発ですが、現在ではこのスジの平塚以西の隙間を平塚から貨物線に移るライナーが使っており、この列車をさらに平塚以遠始発に延長するのは不可能だったはずです。

KJさん
ありがとうございます。いろいろと隠れた苦労があるんですね。

線増計画
鉄ピク1973年11月号の記事によると、大船-平塚間は旅客は複々線にする計画でした。(現在はこの計画は放棄されています。)予定配線図も掲載されています。なかなか興味深いです。
大船は山側の複線は現1-4番線、海側の複線は下りは現7番線から今も残るルートですが、上りは現5番線に入りその関係で横須賀線上りが現6番線に入ります。現状を見ると築堤を作り替えないと線形が無理なように見えます。 
藤沢から茅ケ崎は旅客は2面4線です。
平塚は旅客は3面6線です。平塚以西に直通するのは山側の2線が主体のような配線です。
二宮は、旅客複線ですが、旅客が2面3線で、現上り線が中線、上りホームが貨物下り線との間に入る計画であったようです。現状でも構内は広めですね。
 
藤沢駅の大船側に存在した大踏切の跡地に作られた地下道は、線増予定部分と思われる部分の天井が、当初は鉄板製で、他の部分と異なっていた記憶があります。
現在の地下道天井は改修されて痕跡は見えません。駅ビルが建設されて、線増は永久に不可能になってしまいました。
旧湘南貨物駅付近の跨線橋は海側に複線分と思われる余裕を持った幅で作られていますので、計画の名残と思われます。

AMさん
>線増計画
私もその記事は大変興味を持って読みました。横須賀線電車が大船で横須賀方面と平塚方面に分かれる形態ですね。線路配線に興味を持つきっかけの一つでした。

>管理人さん。

2020年1月時点 で、
『「鶴見」付近 は、こうなっている 』そう。

「相模鉄道 海老名から→西谷まで既存路線 で、
→西谷からは→トンネルでの新線経由→
→地下=羽沢横浜国大駅→JR線路へ乗り入れ→
→『鶴見駅構内、経由=ホームなし』→
→貨物線=新川崎駅の横をかすめ→武蔵小杉へ→
→西大井→「旧 信号場」→大崎→
→恵比寿→渋谷→新宿=着」で、JR乗り入れ中。

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