« 上野 2012/3/31 その2 | トップページ | 上野 2012/3/31 その4 »

2019年10月 5日 (土)

上野 2012/3/31 その3

2012年3月の上野駅の様子のその3です。
今回は高架ホームの東京寄りの部分を中心に。
上野東京ライン開通前です。

こちらの記事も合わせてご覧ください。

1975 上野
上野配線図 1967/3
上野配線図
上野配線図 追加

01p1050356
・5番線です。この先、線路はサビサビですね。

02p1050355
・6番線です。

03p1050358
・8番線です。

04p1050359
・その先の方です。

06p1050352
・9番線です。この辺りは昔懐かしい雰囲気が感じられます。

07p1050353
・その先の方です。

08p1050354
・振り返ります。

09p1050348
・10番線と11番線の車止めです。

10p1050351

11p1050345
・12番線です。

12p1050349
・12番線の終端部です。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
バックナンバーはこちらからどうぞ。

« 上野 2012/3/31 その2 | トップページ | 上野 2012/3/31 その4 »

コメント

上野駅旅客線東京側は昔から意外に単純な配線でした線路が三線に集約され内外側一線が引き上げ留置線兼用で秋葉原直前辺りで車止めとなっており反対側は秋葉原駅入れ替え用引き上げ線になっていた線路は繋がっていますが間に山型車止めが二つ背中合わせに設置されて少し変わった風景でした
三線区間には三線を結ぶ片渡り線があり中間線にはダブルスリップもあり何と無くアメリカ辺りの幹線の三線区間的配線が好きでした 上野東京ライン開業で此の区間の配線も整理されました

yyoshikawaさん
上野駅東京側は不思議な配線ですよね。その昔は回送線複線+秋葉原貨物線単線の3線だったわけですが、貨物線廃止後も3線という形態が続いていて。
上野東京ライン開通時にもっと単純化されるのかと思っていたのですが思ったほど変わらなかった、という印象です。

f54560zgさん。
私はその区間の配線に不思議さは感じたことはないのですが、理由として、3線で残っていたのは、高架線であるので、手をつけることができないのでそのまま放置して、また上野からの回送も多かったし、引き上げ線として少しでも多く残したかったのではないでしょうか。
私はむしろ、新幹線を建設するために上野〜東京回送線を取り壊してしまったことの方が不思議ですね。はじめから上野東京ラインのように直通していた方がよほど便利であったのかなと思います。新幹線の方は新宿を基点にするとか、別のルートで建設するとかした方が良かったと思います。上野始発に比べて便利になっているのはもちろんありますが、東京駅に無理して新幹線を引き込んで来たというイメージがありますね。

ASAMA189さん
御徒町のホーム付近にある渡り線、電留線側が分岐器の直線側になっている(7~9番線出発の場合に分岐側を通過することになる)のが気になります(汗)。

f54560zgさん。
後者の質問は私も少し不思議に思ったことはあります。私の場合は分岐の曲線側というより、5、6番線から東京方にはそれぞれ線路が直進しているのに、7から9番線までが1本に集約されていることがなんか変わっていると思いました。ただ実際行ってみると、ホームから上野広小路の架道橋までほとんど距離がないので、ポイントの敷設が難しかったのではないかと思います。いずれにせよ、東京までの列車はほとんどなく、電留線行きが主なのでシンプルに本線でも分岐側にしたのではないでしょうか。その地点は配線にあまりこだわりがなかったような感じがしますね。
前者の質問は不思議なところかも知れないです。7番線から続く線路の終点が南部機待線ですが、なんのための機待線なのでしょうね。だいたい推進運転でしょうしね。

f54560zgさん。
回答が履き違えていたらすいません。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 上野 2012/3/31 その2 | トップページ | 上野 2012/3/31 その4 »

過去の記事

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ