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2019年8月26日 (月)

直方配線図

1954年3月の直方駅の配線図です。かなり昔です。石炭輸送華やかなりし頃でしょうか。

R_20190825113901
・大きな駅です。大きいというよりは長い?
・大きすぎてわかりづらいと思いますので3つに分けます。

1r_20190825113901

2r_20190825113901

3r_20190825113901

・転車台は3基も。E10さんのブログでも紹介されています。
・気動車区はまだ開設されていないようです。
・貨車区についてはよくわかりません、1969年時点では若松に客貨車区があるのですが、直方には本区どころか支区もありません。ところが1971年になると直方に貨車区が設けられ、若松は直方の支区になっています。配線図の、将来気動車区になる一角の検修1~5番線は貨車区っぽく見えるのですが。
・このほか、貨物列車の運転ルートなど不思議に感じるところがいろいろあるのですが、わからなさすぎてうまく表現できません(汗)。
・E10さんもおっしゃられている通り、歴代の空中写真を見比べると感慨深いものがあります。

配線図はSYさんよりご提供いただきました。

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コメント

筑前植木の項にでも禁断のコメントをしようと思いましたが、トップ画面のコメント欄が混み合っていましたので我慢したのですが、やはり直方の出現となり感謝致します。

素人目にも、下り線が5線、上り線も5線は凄いですね。ホームも5番ですし。

SL時代に間に合わなかった我々のような世代には、三基目の転車台は気動区のイメージですが、三基共に蒸気機関車がお世話になっていた転車台です。
右往左往の意味は、東海道新幹線上り米原駅手前の、あれです。あの車窓から2秒しか見られないポイント代用桁と同じ動きしかしない転車台に、直方機関区の扇形車庫側の転車台がなっていましたが、ピット内の転車台左右が埋められ、米原のポイント代用桁のピットとは違うとは言え、役目は同じで、扇形庫からDL基地への変身の遂げ方も、解体されゆく扇形庫と建築されゆく矩形庫に転車台が鎮座している姿と、やはり国鉄の転用計画は凄いですね。

おそらく85年秋の直方機関区訪問時は、既にDL基地でホーム寄りの埋められた第二転車台のピット跡だけ見れましたが、事務所の助役さんから古い写真や配線図を進呈して頂いたのですが、それらは一週間前に神戸から母親に連れられて来た中学生が選び残したもので、嬉しさの中にも大人げない悔しさを感じました。

連日の記事の更新に改めて感謝致します。

凄い所ですね。残念ながら蒸機の頃は直方まで行っていないのです・・
興味深く拝見したのは、上り仕分線群からの出発ルートです。乙信号扱い所の出発信号機36(26の誤記?),27A,27Bにより、13線ある仕分線から直接若松、戸畑、門司港に石炭列車を出していたようで、「出発信号機まで540」などと記された有効長からもそれがわかります。その様子を知ったのは「東海道新幹線 安全への道程」(齋藤雅男著、鉄道ジャーナル社 2014)なのですが、ご紹介の配線図で、より具体的に確認できました。仕分線は電空転てつ器だったそうです。
その出発信号機、建植位置が離れている割には列停が見当たらないのですが、それを省略してまでギリギリの有効長を確保していたのでしょうか。
それにしても「スタンダード」「ライジングサン」なる側線とは?

直方機関区と言えば 9600型 なのですが、戦時中の50両体制は宮古の C58 も真っ青です。
戦後は D50 や D60 と交代したり、近隣の機関区に分散したりで、9600 は40両体制から30両体制となりましたが、配線図の頃は C11 や 8620 を含め 機関区全体の配置数は60両体制でした。
機関区側の転車台は大正期の設置。ヤード側は戦時中の設置で、各々は上路式と思われますが、直方機関区の資料は豊富ですので第一次資料でご確認下さい。
空中写真の件ですが、公式サイトに、おそらく1970年代後半頃に直方市街を撮影した写真があり、前記のような光景を発見出来ると思います。

3RT さん

ライジングサンは、のちのシェル石油
スタンダードは、のちのエッソ石油
ではないかと思われます。

皆様
>1970年代後半頃に直方市街を撮影した写真
直方市の公式サイトでしょうか? 探してみたのですがよく分かりませんでした。詳しい情報お願いします(汗)。

>36(26の誤記?),27A,27B
確かにここはよくわかりませんね。これらはどの線路に対する出発信号機なのでしょう。下り側はキレイに信号機が並んでいるのですが・・・。

>大人げない悔しさ
お気持ち、お察しします。

お騒がせして申し訳ございません。
タイムイズ配線図で、無駄なお時間をお掛けしてしまいお恥ずかしい限りです。
国土地理院の空中写真、《 筑豊 コース番号C4 整理番号CU771 地図番号-52-10-6 》1977年5月18日に撮影された画像です。
二棟に別れてしまった扇形庫と、まだ矩形庫だけの、レールが繋がっていないDL庫が撮影されています。
第三転車台も撮影範囲にあり、過渡期の直方機関区の様子が見て取れます。
私にとって、衝撃的な画像でした。

E10さん
ありがとうございます。扇形庫が分割されてその間に矩形庫、何とも奇怪な風景ですね。

場違い承知で、碩学の皆様に教えを乞いたいと思います。

直方の電略符号を確認したいのです。
資料により「ノウ」と「カタ」の2種類を見かけるのですが、
・途中で変わった
・どちらかが誤り
・駅ノウ、機関区カタ、の住み分け
のいずれか、とは思うものの、確認できません。

実際はどうなのでしょうか?

ねこまる さん

手元の
筑豊・田川線及び同支線列車ダイヤ 昭和五十九年二月一日改正 門司鉄道管理局
には、直方駅の電略は「ノウ」とあります。

変遷まではわかりません。
ご参考まで。

 直方の気動車の所属表記は、1972までノウ、1973からカタ、になっています。
 気動車区として独立(?年)したことと関係があるのでしょうか。
 駅の略号と車両基地の略号は異なる場合があるのですか? 

車体に標記される所属略号は塗色規程に定められています。
その変遷を追ってみました。
ちなみに客車の所属標記は「常備駅名」、電車・気動車の所属標記は「配置箇所名」という違いがありますので、それを踏まえてご覧下さい。

【1】昭和34年6月23日
総裁達第318号 車両塗色及び標記方式規程の制定

別表第3
2 客車の常備駅名略号
 直  方   ノウ
5 気動車の配置箇所名略号
 直方機関区  ノウ

→この時点ではういずれも「ノウ」ですね。
ちなみに戦前は客車常備駅名略号が「ナヲ」だったようですが、いつ変わったのかわかりません。

【2】昭和36年5月13日
総裁達第267号 車両塗色及び標記方式規程の一部改正

別表第3 第5項中「直方気動車区 カタ」を加える。

→気動車区が出来て、おそらく機関区と区別するために異なる電略が設けられたと思われます。
逆に「直方機関区 ノウ」を削除するという達は、手元の資料では見つかりませんでした。
もしかしたら機関区に所属していた気動車が全部一度に気動車区へ移らず、両方に気動車が存在する時期があったのかもしれませんが、そこの真偽はわかりません。

【3】昭和39年7月30日
工達第2号 車両塗色及び標記基準規程の制定
(但し施行されたのは昭和41年4月1日)

別表第5
2 客車の常備駅名を表わす略号
 直  方   ノウ
5 気動車の配置箇所名を表わす略号
 直方気動車区 カタ

→「直方機関区 ノウ」が姿を消しています。遅くともこの時点までに、機関区に気動車がいなくなっていたのでしょう。

【4】昭和53年9月27日
工達第1号 車両塗色及び標記基準規程の全文改正
(但し施行されたのは同年10月2日)

別表第7
2 客車及び貨車の常備駅名を表わす略号
 直  方   ノウ
5 気動車の配置箇所名を表わす略号
 直方気動車区 カタ

なおこれ以降、国鉄最末期の昭和61年3月まで、この部分については改正はありませんでした。

結論として、直方駅の略号は一貫して「ノウ」であり、機関区も同じでしたが、気動車区の開設に伴い昭和36(1961)年5月に「門カタ」という標記が気動車に登場したことになります。
あくまで規程上はそうですが、1972(昭和47)年まで気動車に「門ノウ」と標記されていたのでしょうか?

NZさん、C6217さん、クモイ103さん。皆様、親切かつ丁寧にありがとうございます。
私の手持ちの1976年版車両配置表は直方機関区は「カタ」になってまして、皆様の情報を合わせますと。
・最初は「ノウ」だった。
・いつの頃からか車両基地関係は「カタ」になった。
・駅は「ノウ」を継続。
ように思えます。「イワ一」のような場合は別として、駅と車両基地の電略符号が異なる特殊な事例のようです。

皆様、貴重な情報をありがとうございました。
またブログ主様、勝手に情報集めの場に使わせていただいたこと、深くお詫びします。以後慎みますので何卒お許しください。

ねこまるさん
面白い議題をありがとうございます。これからも日頃の疑問をどしどしお願いします(笑)。

クモイ103さん
所属略号が塗色規程で定められているのですか。意外なところで決められているのですね。

ついでに私も疑問を。
①東唐津は筑肥線管理所時代はヒカラ、気動車区になってラツ?
②その昔、貨車のワフに「長シオ」と書かれていたのを見た記憶があり、その時は「これは塩尻だな」と思ったのですが、その後いろいろ調べても塩尻は「長ホシ」であって「長シオ」は出てきません。単なる見間違いかもしれませんが。

ポリポリ(恐縮して頭掻いてます)。

ホントですね。私の手持ちでも東唐津「駅ラツ」「気動車区ヒカラ」です。
これは私が勝手に「駅=車両基地」と勘違いしてただけのようです。
実際は各々が独自に決めたなかで、同一の場合も異なる場合もあったのでしょう。

塩尻に関しては推測ですがシホジリの旧カナ由来でしょうから、歴史は古いと思います。
で、シオは?ズバリ「記入者のチョンボ?」に思えるのですが・・・。まったく根拠はありません。

 ノウ→カタの移行が1973年というのは聞き書きなので引っ込めます。でもノウ→カタは事実なのですね。
 変更するには何かの理由があると思うのに、ノウで不都合があったのでしょうか。 旧カナづかいの個所は沢山あります。それとも機関区と気動車区の並立時代があったのか?
 お騒がせしました。

f54560zg さん
“塗色規程”と気軽に省略していますが、より正確には“塗色と標記の規程”です。
昭和の初期には、塗色なんか「第一條 蒸気機關車ノ外部ハ黑色トス」とか「第七條 客車ノ車體外部ハ深褐色、臺枠以下ハ黑色トス」といった具合で簡単に片付いていました。
あとは標記、標示、札差などの事項がこまごまと書かれており、そちらが主体だったんです。
時代が下って車両がカラフルになり、塗色の部分が目立ってそればかり注目されがちですが、あくまで標記類も一体の規程でした。

さて①の東唐津ですが、手元の情報が不完全でよくわかりません。
◆「車両塗色及び標記方式規程」が施行された昭和41年4月1日時点では、気動車の所属略号を定めた別表第6第5項に「筑肥線管理所 カラ」と記載されていました。
◆昭和44年9月20日工達第19号による一部改正では、変化がありました。
「『筑肥線管理所 カラ』を『東唐津気動車区 カラ』に改める。」
◆昭和53年9月27日工達第1号による全文改正では、「東唐津気動車区 ヒカラ」となりました。
◆ところがそれ以前の「国鉄車両配置表」(昭和50年3月31日現在 鉄道図書刊行会)では「東唐津気動車区 ラツ」となっており、44年から50年までの間に変更があったことになります。
◆しかし44年から53年までの間、少なくとも公報本文での変更はありません。公報には後日訂正が出ることもありますので、どこかに変更が出ている可能性も考えられますが、それを探すのはけっこう骨が折れます。

というわけで、明確なお答えにならず申し訳ありません。
②の塩尻についても、気が向いたら…ということにさせて下さい(汗)。

皆様
情報をありがとうございます。
正確かどうかはわかりませんが、鉄ピクの車両配置表を再度見てみましたが、
・1969-4 筑肥線管理所 ヒカラ
・1971-4 東唐津気動車区 カラ
・1972-4 東唐津気動車区 カラ
・1973-4 東唐津気動車区 カラ
・1974-4 東唐津気動車区 ラツ
・1975-4 東唐津気動車区 ラツ
・1976-4 東唐津気動車区 ヒカラ
以降1982-4までヒカラ(以後廃止?)
と、結構こまめに変わってるんですね。

皆様、お騒がせして申し訳ありません。

「情報が集まると疑問が深まる」というカオスになりつつあるようで・・・。

東唐津の例は特異でしょうが、駅や車両基地の電略符号は、時々に応じて「変化する」ことがわかっただけでも貴重な情報でした。

余談ですが、私の好きな電略符号は小樽築港のタコ(駅機関区とも)でしょうか。最初は?と思いましたが、オ「タ」ルチク「コ」ウのようですね。

ねこまるさん
>駅や車両基地の電略符号は、時々に応じて変化する
そういうものなんですね。何で変わるんでしょう?

ブログ主様
少し言葉が足りてなかったようです。
今回、皆様に情報いただくまで、固有名詞の電略符号はそもそもの駅名変更などが伴わない限り、固定的なモノと思っていました。

ですが、今回頻繁に変わる事例を拝見して戸惑っているところです。

ふと、思い至ったのですが、特に、符号が駅と車両基地で異なる場合に、人為的な「勘違い」も有り得るのかな?とも。
現場の標記担当者には考えにくいですが、外部による諸資料の採録者には、あるいは・・・とも思えてきます。


ねこまるさん
>固定的なモノ
私も同じでした(汗)。
>勘違い
それもあるでしょうね。人間のやることですから。

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