内子・鳴門配線図
t_yosiさんからご提供いただいた四国総局各駅の連動図表のご紹介です。
(一覧表はこちら)
(路線図はこちら)
今回は、終端駅です。
●内子線 内子駅 1973年1月
・新線開通後の内子駅についてはすでにご紹介しましたが、今回は内子線時代、終端駅の内子駅です。
・機回線や側線が設けられてはいますが転てつ器が常時鎖錠となっており、実質棒線駅状態ですね。
●鳴門線 鳴門駅 1977年3月
・上下本線と着発線という2つの進路がありながら発条転てつ器というのがまず目を引きます。
・1Rでは過走余裕距離内の23まで鎖錠するんですね。
・21の条件が違うにも関わらず2Rで1Lを鎖錠するのもナゾです。
配線図はt_yosiさんよりご提供いただきました。
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偶然なのでしょうが、両駅共に移転したのですね。
また、ネット検索しても古い写真とか、なかなか見当たりませんでした。
幸い、内子駅、鳴門駅、共に LUNさんのサイトで記録されておられ、当時の雰囲気が感じられます。
内子線は新線付け替えや鉱山に地場産業とか、ちょっと興味深い線区ですね。
終端側に、こじんまりとした給水塔のみで、大洲から10数㌔程では給炭の必要は無かったかもしれず、また、意外にも線路の延進も想定されていない行き止まりの終着駅だったようです。
先月、内子町ロケだったNHK鶴瓶の家族に乾杯を偶然見たのですが、内子町も素朴さの残るいい感じで、列車で立ち寄ってみたい良い雰囲気の街ですね。
数年前、車で鳴門の駅前を通り掛かったのですが、南国ムードが漂っていたのが印象的でした。
投稿: E10 | 2019年4月 1日 (月) 23時58分
E10さん、鳴門駅も移転していたんですね、知りませんでした。かなり昔のようですが。
内子線はおっしゃる通り謎めいた路線ですね。
投稿: f54560zg | 2019年4月 9日 (火) 20時21分
鳴門駅
移転は、昭和45年頃です。
国道11号が鳴門駅が邪魔でクランク状になっていたのを、直線化?するのが目的だったのかな。
いずれにせよ、鳴門駅周辺の塩田が、製塩方法の変化で不要になり、市街化していった頃です。
現鳴門駅は塩田跡です。
配線には関係ありませんが、鳴門線は「金比羅前」「教会前」(その昔は「蛭子前」)という、元私鉄らしい駅名があります。
教会前には、天理教の教会があります。
投稿: 徳島の鉄道マニア 60歳代 | 2020年7月26日 (日) 21時22分
徳島の鉄道マニア 60歳代さん
>塩田跡と鳴門駅
いかにもこのあたり特有の組み合わせですね。
投稿: f54560zg | 2020年7月28日 (火) 20時54分