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2018年11月18日 (日)

白坂配線図

少しづつ東北線を北上しています。福島県に突入して、今回は白坂駅です。

最初は1958年3月です。

195803r
・単線非電化時代です。島式ホームの両側に上下本線があり、副本線として上下共用の下り1番線が設けられています。ごく普通の配線ですね。

続いて1972年2月です。

197202r
・複線化後も島式ホーム1面という形態に変化はないのですが、本線・副本線の配置はかなり特徴的です。いわゆる「市川配線」とでも言いますか、ホームに面した線路は副本線で、その外側にホームのない主本線が設けられています。
・線路名称も「通過線」「停車線」「待避線」となっていて、一般的な名称とは違っています。
・1964年には白坂駅前後の複線化が完成しているようですが、ひょっとしたらこの配線になる前にもう1段階あったのかもしれませんね。

なお、この後の白坂駅の配線や現在の写真についてはやわやわとまれさんのサイトで紹介されていますので、こちらをご覧いただきたいと思います。

https://ameblo.jp/mitowaki415/entry-12386625813.html?frm=theme

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

f54560zgさん 拙ブログをご紹介いただき、ありがとうございます。
複線化後、通過列車が主体で上りも下りも停車列車は+αのような扱いに感じます。それと下り線で待避線は後付けではないかと思います。
下り線の入標は副本線にもあったのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

東北新幹線開通前の東北本線は、他線にも直通するものも含めて、区間によっては普通列車よりも多くの特急が運転されていました。
追い抜き可能な駅が多いほどダイヤ設定上の自由度は高まりますが、始発終着列車が設定されていない中間駅は、当時の国鉄では一般的に上下本線の間に共通に使える中線を備える2面3線のタイプが多いですね。。多数の追い抜き機会を処理するのに、上下別々に待避線を設けることで、競合を避けてダイヤ上の自由度を高める必要があったのだろうと思われます。岡本、蒲須坂、白坂、南福島などが該当するかとおもいます。特急が無くなってからは、単純化されて棒線駅化されていますね。

やわやわとまれさん、
>下り待避線
私もそう思います。信号機や転てつ器の番号がいかにも、ですね。
>入標
これは何とも言えないですね。何しろどういう作業を想定していたのかがさっぱりわかりません(汗)。

コスモスさん、
蒲須坂や南福島も上下別々の副本線があったのですね。岡本のように中線3線に後からもう1線追加したものなのでしょうか、それとも最初から島式2面だったのでしょうか。

たびたび失礼します。

白坂の配線、これまた懐かしく拝見しました。戻れるものなら、この頃にタイムスリップして最盛期の東北線を撮りまくりたい衝動にかられます。

さて
>下り待避線
実は配線等に興味を持つ前にこの駅を訪れ(小学生の時)、この駅の線路名称を知った時から「通過線(本線)」「停車線」というものだ、と知ってしまったせいか特に疑問に感じていませんでしたが、確かにあまり一般的ではないですね。当時の乗務員用の時刻表(冊子タイプ)にも、この名称が出てきます。

Wikipediaでは詳しくないので、ここで棒線化の頃に関して。無人化(書類上のもの・営業上)は85年3月でしたが、配線そのものは変わりませんでした。その後も運転係員が常駐し、扱いのない時間は待合室で利用客相手に補充券で乗車券発行をするなど長閑な雰囲気。現在の跨線橋部分には警報機のない構内踏切がありました(跨線橋完成は85年5~6月)。撮影で訪れ、移動用の乗車券を作ってもらいながら、運転状況を尋ねると「もっと早く来れば午前にこんな列車が…」とか「午後にはこんなのが…」と駅報を見て教えてもらえたり。待合室にはマンガ雑誌なども置かれ、待ち時間も退屈しませんでした。棒線化は86年11月。下りは停車線で退避する列車がなかったため、一足早く10月頃には現在の下り本線に停車する形に。上りは改正前は退避する列車があったため、改正後の11月2日に現在のような上り本線上のホームに移行しました。

入標は私もまったく気付きませんでした。何度か訪れていながら覚えがありません。ただ85年3月までは豊原の青森方にも渡り線がありましたし、柔軟な運用を想定していた可能性はありますね。

>蒲須坂や南福島も上下別々の副本線があったのですね。
南福島も配線が整理され、大雨災害で金谷川との間で単線運転したことも嘘のようです。蒲須坂は新幹線開業前、明け方に上り1番と中線で貨物が退避する中、本線を貨物が追い抜くダイヤが組まれていたことがあり、見てみたいと思っていたものでした。蒲須坂の上り1番も86年11月で使用が停止されました。末期は昼頃の普通列車が「つばさ」の退避をするくらいだったはずです。

また長々失礼しました。

匿名さん
貴重な思い出をありがとうございます。
小学生の時点で「通過線」とか「停車線」といった名前を認識されていたんですね(笑)。
「午前のこんな列車」「午後のこんなの」がどのような列車だったのかが気になります。

南福島駅は信号場として設置されてから、昭和36年に信号場を含めて前後駅間、金谷川から福島までが複線になりました。その翌年の昭和37年に駅に昇格しました。このときから2面4線になっていたのか、その後の特急列車が増えたときになったのか、その発展過程も興味深いところです。また信号場時代の昭和18年から北東2㎞にある日東紡績工場への引込線があり、昭和50年代半ばまで現役だったそうです。貨物列車への対応も含めて2面4線化を図った面もありそうですね。

コスモスさん
南福島駅が2面4線になった過程、大変興味深いですね。

 待避線について。 
 1線を上り下りの共用とするのは蒸機時代の常識となっていました。使用回数が少なかったのでしょう。
 電化前の山陽本線ダイヤによると各駅停車旅客と通過貨物の速度がほぼ等しく、退避の必要性が感じられません。退避は優等列車に譲ることに限定されていたようです。
 新幹線開業直前のダイヤを見ると、列車の速度差が大きくなり、列車本数も増えて退避が日常茶飯事のことになっています。東北本線南部もその典型です。
 退避が増えるに連れて待避線を上下別にしたい需要が増えて、機会あるごとに増設されたと見るのが正当でしょう。
 上下共用の待避線は混乱時したとき指令担当の上り担当と下り担当の取り合いになります。事前調整として、ここは上りのシマ、ここは下りの・・・と割り当てておき、相手のを使用するときは了解を得て、という取扱があったことを経験者から聞きました。
 ダイヤ改正でスジを弾く作業のときも同じ様子だったそうです。
 白坂方式のホームが待避線のみのタイプは、貨物列車が座り込むと旅客列車の運転が不能となるので指令担当から嫌われていました。白坂の下り待避線が増設されたのもこのためと推定します。


 上記はC6217です ごめんなさい

C6217さん、詳細なご教示をいただきありがとうございます。山陽本線筋では「うさぎと亀との運動会」状況は解消されたようですね。
新幹線が並行している在来幹線は優等列車が大幅に減りましたが、それがない地元常磐線では旅客列車同士の追越し退避が頻繁に行われます。ただし、ほとんどの退避可能の駅は2面3線の中線共有の国鉄型です。我孫子、取手、ひたち野うしくが2面4線の上下退避分離型の大手私鉄タイプです。我孫子、取手は折り返し列車などで待避線を塞ぐ場合もあり、若干退避設定上制約があります。北千住、松戸が2面3線型ですが、ここが2面4線ならダイヤ設定上や障害発生時の柔軟性が高まります。松戸が緩行線(2面3線)から1線快速線に転用して、完全な2面4線に改良できればダイヤ設定上余裕ができると思われますが、費用対効果や今後の利用客動向(減少傾向か)も見定める必要があるのでしょうね。

 上記の蛇足。指令の担当範囲について。
 複線区間では、上り下りに分割して長区間を受け持つか、短距離の輪切りにして上下を受け持つか、それぞれ事情が合って興味深いことです。
 長距離列車が多かったときは、区間が長くとも片道のほうが楽だったと聞いています。現在のようにローカル短距離列車ばかりになると、始発終着折り返しのために上下を一緒に担当する方が合理的だそうです。
 大阪の複々線では、内側線と外側線が別だそうです。はっきり別枠にしないのは混乱時に内・外の振り替えを行うからだと説明されています。

C6217さん
混乱時は指令さんの間で激しい攻防戦が繰り広げられそうですね。

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