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2018年7月22日 (日)

古河配線図

利根川を越えて、今回は古河駅です。
このあたりは埼玉県、茨城県、栃木県と、一駅ごとに所在の県名が変わります。

最初は1958年3月です。

195803r
・中線が設けられていますが上下共用ではなく下り専用です。その代わり上り線用にはホームのない上り1番線が設けられています。このあたりは栗橋駅と同様ですね。
(配線図の上りの「中場」と「中出」はそれぞれ「上1場」と「上1出」の誤記と思われます。)

続いては1972年2月です。

197202r
・栗橋駅と違って、中線が上下共用になりました。
・1958年では「東日本重工線」と書かれていた線路は「自衛隊」に名前が変わっています。

最後は1980年3月です。

198003r
・自衛隊の側線がなくなりました。

この後に高架化という大変貌を遂げることになるわけですが、スミマセン、配線図はありません(汗)。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

ありがとうございます。ずっと見たかった配線図でした。
手持ちの本によると1953年に東口が完成。"当時大宮から青森までの間で東西口のあるのは古河駅だけといわれたものである"と記載。
同年三菱跡地に保安隊補給廠先遣部隊が到着。

陸自の前から引き込み線があったのは知りませんでした。90年代にはすべて市道にかわりました。
高架化で狭い道の開かずの踏切は解消させたものの、戦前からの都市計画道路はいくつも未完成のまま今に至ります。。。

不如帰さん、おっしゃる通り普通の駅はどちらか片側にしか出入り口がありませんでしたので、古河駅は時代を先取りしていたわけですね。

茨城県内の唯一の東北本線の駅です。
高架化が50年代に完成したせいか、あまり地上にあった時代の配線図はお目にかからないのではないでしょうか。私は初めてみました。
思ったのが、上り線側にたくさんの側線がありますが、専用線のための仕訳線とかでしょうかね。
それだけなら、相当貨物を扱っていた駅なのかなぁと思いますが、どういう使われ方をしていたのか気になります。

ASAMA189さん、側線の使われ方はよくわかりませんが、専用線が2つありますので、それなりの貨車が留め置かれていたのでしょうね。それにしても多いかも(汗)。

古河駐屯地のサイトに講演記録として少しでておりました。
http://www.mod.go.jp/gsdf/eae/kogasta/1tyuutonti-4.html
>宇都宮線の盛土用土取り場で、三菱重工が誘致される前から引き込み線は敷かれていました。

>土砂運搬用を経て、三菱重工業・川崎機器製作所から京浜地区まで製品輸送に使われ、
>昭和30年施設補給処が再利用、49年に撤去されたものです。

Twitterに写真がありました。
https://twitter.com/malta_shozo/status/782164513474740225
>1974年に撮影した、陸上自衛隊の鉄道部隊・第101建設隊の専用線跡
>この専用線は、東北線の古河駅付近から分岐して、陸上自衛隊の古河駐屯地まで続いていました。自衛隊所有の9600形蒸気機関車等が行き来していたそうです。

開業間もない頃の古河停車場。スキャンです。
https://i.imgur.com/EkoyyR6.jpg

不如帰さん、貴重な情報ありがとうございます。
利根川橋梁の架け替え工事用の土砂もここから搬出されたということのようですね。
また、自衛隊が9600を所有していたとは知りませんでした。

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