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2018年4月 7日 (土)

貨物列車ネタ21(重たい列車・長い列車) その2

わけのわからぬタイトル「重たい列車・長い列車」の2回目です。

今回は碓氷峠の貨物列車です。

本やネットなどをいろいろと見ていますと、信越線の貨物列車は横川駅と軽井沢駅とで貨車の解放・連結を行って峠区間を分割して輸送する、といった記述をちらほら見かけます。
補機を連結してもなお重すぎて通過できないので2回に分けて運ぶ、というわけですから、その難所ぶりが改めて感じさせられますね。

下の写真は以前の記事でご紹介した1978年の横川駅の貨物列車です。

1219780324b07w

今まで上の状態からEF63が解放されて下のようになったと思っていたのですが、今回の記事を作成するにあたり改めてよく見てみたら、貨車の並びが違うことに今さらながら気づきました(汗)。
当時のことは全く覚えていないのですが、想像するに、EF63を開放したあとEF62が入換を行い、ヨ×2を開放してワム×3を連結したのでしょうね。
但しこの時点ではまだ横川駅は貨物営業を行っていましたので、別の列車で坂を下ってきたワムなのかどうかはわかりませんが(汗)。

そのようなわけで具体的にどのような作業が行われていたのかはわからないのですが、雰囲気だけでも味わってみようと、貨物時刻表で検証してみました。

下図は1982年11月の貨物時刻表をもとに作成した横川駅~軽井沢駅間の貨物列車ダイヤです。

198211r

この時点ではすでに横川駅も軽井沢駅も貨物営業が廃止されています。にもかかわらずこの両駅を始発・終着とする貨物列車がそこそこ設定されているところがあからさまにアヤシイですね。

少し詳しく見てみます。
まず、4時~10時の間。

198211a1
ここでのポイントは、ともに横川発軽井沢行きとして設定されている5473列車と475列車ですね。

まず5473列車の方ですが、容易に想像できるのは、
1)5361列車が横川駅に到着して、
2)2つに切り離されて、
3)その片方が5473列車として先に軽井沢に向かい、
4)残りが5361列車として後を追いかけ、
5)軽井沢で再度1つにまとめられて5361列車として出発する
といったことではないかと。
加えて5461列車も関係していそうです。軽井沢行きの専貨はあり得ないと思うので、これも軽井沢駅到着後に5473列車・5361列車と一緒になって5361列車として軽井沢駅を出ていくのではないかと思うのですが。

もう一方の475列車も同様に、363列車が峠区間だけ363列車と475列車に分けられているように思います。

但し、仮にそうだとした場合、区間列車である5473列車は先発なのに475列車は後発と、列車番号の付け方に規則性がないような気がします。

次は13時~18時の間。

198211a2
これは難問です。ここでのポイントは横川発軽井沢行きの477列車なのですが、先ほどと違ってこの列車に結び付く列車が見当たらないんですよね。この列車に連結される貨車はどの列車で横川駅にやってきて、軽井沢駅からはどの列車に連結されていくんでしょう。
393列車でやってきて、365列車で出ていく、ということもあるかもしれませんが、それだと4時間半ぐらいのロスが発生しますし。

最後にもう一つ、19時~24時の間。

198211a3
472列車は392列車の、474列車は364列車のそれぞれ分身ではないかと思うのですが、479列車はナゾです。

横川駅や軽井沢駅での入換方法も興味深いですね。

197803r

197803r_2

そういう目で見ると、横川駅の下り1番線はまさに貨物列車の分割のために設けられた線路のような気がしてきます。

以上のように、緩勾配線であれば1両の機関車で済むところが、碓氷峠で2つの列車に分けて輸送しなければならなくなると実に6両もの機関車が必要となるわけで、たとえファンであってもその非効率は残念ながら認めざるを得ません。

1984年2月の改正で碓氷峠を越える貨物列車は廃止されてしまい、同時にこのような貨物列車の分割も姿を消しました。

配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。

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コメント

日本の幹線鉄道の内横軽は開通当時より例外的な区間であったのは間違い無い事実でしょう 世界的に見て幹線鉄道としては例外的な急勾配区間である事です 当時の技術力では粘着式で乗り切れる強力な機関車は軸重の関係で不可能であった為アプト式で乗り切る事となった 然し開通時より連結器強度ブレーキ力等の関係で重量の有る貨物列車は横川駅と軽井沢駅で列車の分割を常時せねば勾配区間を乗り切れなかった 其の後連結器強度強化空気ブレーキ採用後も列車定数の関係で貨物列車の分割は変わらず続いていた
アブト式から粘着式に変更後も急勾配は変わらぬ(多少勾配の緩和は有りました)列車定数の関係で横軽区間貨物廃止迄列車分割は続いたのでしょう


貴重な資料やお話をいつもありがとうございます。
楽しく拝見させていただいております。

今回の話題と趣旨がずれてしまうのですが…
連動図表中の1R、1Lといった信号機番号の命名規則がどうにもわかりません。
あるサイトでは「連動図表右方進行(下り列車)用にはR、逆に上り列車にはLを付す」とありますが…
他サイトでは分岐器に対して右折方向への進行用ならR、左折方向ならLという説明もあります。

また、今回の横川駅や過去記事の名古屋駅配線図等をはじめ、多くの場合そもそも規則性がおよそなさそうな気がします。どうにも気になってしまい考えましたが自力では答えを見出せずもやもやしております。


もしよろしければご教授いただければ大変うれしく思います。

配線図には出典により同じ駅の配線図でも真逆になる場合が有ります
此処からの名称は私の個人的命名ですのであしからず願います
配線図には土木配線図 実体配線図 略配線図 信号植事配線図 饋電用配線図 全線配線図 保線配線図等存在してます 
此れ等の配線図の内一番正確なのが土木配線図と実体配線図です 本線が駅に進入するのに直線か曲線かカーブの緩いかきついか 分岐方向が右分岐か左分岐かホームにカーブが有るか無いか等が解るものです 実配線では分岐が右なのに別な配線図では逆に描かれる場合も有ります 分岐の反位が本線の場合もあるが本線を直線で描く配線図では定位に描かれる場合も有るのです
此のサイトの磐田駅の配線図と実際の写真とでは配線図では本線は直線ですが写真では駅の前後で微妙に曲線がはいる此の差が有るのです

信号機の数字は、起点方に建ってる信号機を駅の外側から中心に向かって、1、2…の順に。(仮に、場内が1、出発が中線があって2、3だとすると)終点方に建ってる信号機を駅の外側から中心に向かって、4、5…の順に。(この例だと、場内が4、出発が5、6)

信号扱所の記号は、直線で操作盤を、黒丸で操作者を表します。これで、操作者がどちら向きに向いて操作をするかがわかります。
L、Rは、その信号機を反位にして列車を進入させたり、出発させたりするときに、操作者から見て、列車の進む方向です。

と、何かの本に書いてありました。

上の説明では半端ですね。

列車の進む方向に信号てこを操作して反位にする。ですね。

信号てこというのは、腕木式信号機からの伝統で、継電連動機では、電気のスイッチです。

1LA、1LBのA、Bは、着点ボタンをあらわしています。進路ごとに信号てこをつくると、盤面がてこだらけになるので、1本のてこと、着点ボタンの組み合わせで、進路をとります。駅によっては、線路上に◯で囲まれたAなどが書いてある図がありますので確かめてみてください。進路選別式といいます。
この、A、Bなどのつけ方は、駅ごとにまちまちですね。

以上は原則で、建設や改修の過程などのためか、例外はあるようです。

yyoshikawaさん、多くの特殊な取扱いが行われていた碓氷峠ですが、貨物列車を分割して運転するというのはその中でも比較的地味な部類のようで、余り情報がないですね。
やまだんごさん、NZさん、連動図表については別途記事にしてみますね。


NZさん
ご教授ありがとうございます。
なるほど、信号扱所の記号にそんな意味があったのですね。
私の知る駅にも信号扱所がありますが、なるほど言われてみると連動図表に書かれている通りの向きに信号者は操作しています。
巨大な駅になればなるほどLRやABの判別は難しいですね。

f54560zg さん
私のような初心者のために、わざわざ別記事を仕立ててくださるとは…本当にありがとうございます。
記事心待ちにしております。

1本の貨物列車編成を2本以上に分割して運転する場合、車掌車が必要な数が必要な場所に組み込まれているとは限りません。
加えて横軽は、座屈問題により使用できる車掌車が一段リンク式のヨ3500に限定されていました(ヨ5000/6000/8000は通過不可)。

このため横川軽井沢両駅にはヨ3500がキープされていた、前後に関連のない貨物列車は、武蔵五日市同様、重単に車掌車を連結するために貨物列車として設定していた可能性があります。

1979年に発表された、さだまさしのアルバム「夢供養」のジャケットは軽井沢駅で撮影されています。背景にまさにこの用途で留置されていたとおぼしきヨ3500が1両、留置されています。
http://www15.big.or.jp/~club667/gallery/sam/sam-spl.htm

ヨ3500 がキープされていた、とのことですが、
機関車の方も、
EF62 がキープされていたんでしょうか?
それとも、EF63 が坂上側につく、なんていう場面があったのでしょうか??

初めて投稿いたします。

毎日、先輩方の投稿を楽しく読ませて貰っています。

無我さんの投稿についてなのですが、
私も不思議に思っていました。
私なりに考えた結果、そもそも分割する下り列車が横川に到着する時点で
EF62の重連だったのではないかと思っています。
重連で到着したEF62を分割して登坂したのではないのでしょうか。

昭和51年の話ですが西上田駅を11時過ぎに通過する上り貨物列車がEF62重連でした。2両目は前パンタを下げた状態でしたので力行はせずに回送扱いであると想像できます。たぶん軽井沢で2つの列車に分離するためと思われます。
 その列車を撮影した白黒のネガがあったはずですが見当たりません。

ヨ3500の件ですが、横軽通過専用の車両にはデッキの4隅の柱が白色に塗装されていて、車両側面には「直江津繰-高崎繰」限定運用の趣旨のパネルが掲示されていた記憶があります。昔のことなのでうろ覚えで申し訳選りません。

碓氷峠を通過した貨物列車の横川・軽井沢での入れ換えに関しては、たしかに、あまり情報がないですね。

イカロス出版からでている「jtrain特別編集 あの日から30年 59-2ダイヤ改正 国鉄貨物列車大変革期」の中の渡辺一策さんの記事「碓氷峠と石油パイプライン輸送」(67ページ)によれば、59-2改正前で、(一般貨物も含めて)「下りの場合、高崎(操)から10本の列車できた貨物を横川で14本に分割、軽井沢で7本に併合」と書かれており、石油専用列車では、「高崎(操)~横川間でタキ9両編成2本の列車が、横川~軽井沢間では6両編成3本とされた。」とあるので、かなり複雑で面倒な、趣味的には好奇心をそそられる、入換、分割、併合が行われていたようですね。

また、横川~軽井沢間を通過する列車の組成に関しては、高崎鉄道管理局の「横川~軽井沢間運転取扱基準規程」に規定されていて、貨物列車に関しては、

下り列車

EF63(本務)+EF63(第一補機)+貨車+EF62(第2補機)(→軽井沢方)

上り列車

(←横川方)EF63(本務)+EF63(第一補機)+EF62(第二補機)+貨車

と指定されており、例外として、局長の指示により、上り貨物列車に対しては、第2補機の連結を省略することができるとあります。

皆様
貴重な情報ありがとうございます。
・ナゾの貨物列車について
TKSYさんのおっしゃる通り、五日市線同様車掌車のみを連結した列車かもしれませんね。この記事の冒頭の写真でもヨが2両横川で切り離されているようですし。
・EF62について
拙ブログの
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-bcd8.html
の記事に写真を掲げましたが、横川駅でヨをつなげて休むEF62を目撃しています。
また同様に拙ブログの
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/1977-7292.html
の記事に大屋駅での下り石油列車の写真を掲げましたが、これは単機牽引ですね。
ですので横軽以外をEF62重連という可能性もありますが、どちらかといえば横川または軽井沢でキープされていたケースの方が多かったよう思います。
・第二補機の省略
実際に見たことはないのですが、EF62が省略されることもありうるというのはちょっとびっくりです。

興味深い資料を見つけました。

https://blogs.yahoo.co.jp/ef62_shinonoi/56954616.html

ここに掲載されている高崎第二機関区のEF62の運用によると

昭和51年10月1日改正の資料ですが、

高崎操 → 5461列車 → 軽井沢
軽井沢 → 単機 → 横川
横川 → 475列車 → 軽井沢
軽井沢 → 単機 → 横川
横川 → 477列車 → 軽井沢
軽井沢 → 474列車 → 横川

の運用が記載されています。

現場で見たかったです。

横軽の上り貨物列車に対する第二補機(EF62)省略はやはり車掌車が絡むケースを想定したのかもしれません。
横軽のEF63運用は貨物旅客区別なしで組まれていたと思いますが、例えば石油輸送は季節流動が大きく夏場は運休が増えます。
63の運用をそこだけウヤにはできない上に、そのスジで車掌車を横軽間で移動させる場合は、本来の貨物列車が運休だとEF62もいないわけで、上りは急場凌ぎでEF63x2+ヨという列車が走る想定です。ヨを連結している以上、これは貨物列車になります。

グラスモンキー様 掲載サイトを見てみました 確かに機関車運用表を見ると横川で分割した貨物列車を牽引して軽井沢へ上った後単機回送で横川に戻るそうすれば横川で分割されて残った貨車を再び牽引して軽井沢へ送る事も可能だったのでは
信越本線の横軽間牽引定数は500tであったので分割運用で峠越えしたのでしょう 
粘着運用になっても横軽区間は輸送上のネックとなっていたので比較的勾配の緩い中央東線篠ノ井線経由と上越線信越本線経由で貨物列車を送り込む方が得策となり輸送方式の変更で横軽区間貨物輸送廃止其の後北陸新幹線開業で碓氷峠越え区間其の物の廃止で過去帳入りして仕舞いました

グラスモンキーさん、ありがとうございます。貨物列車の分割のために動き回るEF62がよくわかりますね。
TKSYさん、EF63の運用がわかれば実際にそのような運転が行われていたのかどうかがわかるのですが(汗)。
yyoshikawaさん、補機を連結するとはいえ12両編成の電車が上り下りしていましたので、廃止されてしまうほどのネックだとは、正直思っていなかったのですが・・・。大変残念でした。

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